第25話:全解放されるS級トラップと、泥のように眠る指揮官
「まぐれだ! 偶然だ! 全てはただのまぐれに決まっている!」
長兄は狂乱したように叫びながら立ち上がり、壁際に設置された環境制御盤へ向かって飛びついた。
エリートとしてのプライドを粉々にされた恐怖を、無理やり怒りで塗り潰そうとしている。
「ならば、リミッターを全て外す! この演習場のS級トラップを最大レベルで叩き起こして、その化けの皮ごと焼き尽くしてやる!」
男がレバーを引くと、重々しい金属音が響き渡った。
ゴゴゴゴゴ、と演習場の底から地鳴りが響く。
床が不自然に隆起し、壁の隙間から無数の刃や鉄球が殺意を剥き出しにしてせり出してきた。
砲口が赤黒い光を放ち、空気が一気に焦げ臭くなる。
最悪のデスマッチ空間が、俺たちの周囲に完成しようとしていた。
「この魔力の密度、さっきまでの比じゃない……! リオ君、逃げて!」
「リオ様、どうかご指示を!」
障壁の解けた向こう側で、アリアの震える声とセドリックの叫びが重なる。
だが、俺の心は完全に冷え切っていた。
手の中には、銀貨1枚の価値がある古いしおり。
命の危機と生活費の危機をどうにか乗り越えた反動で、凄まじい徒労感と眠気が全身を襲ってきている。
もう朝練は終わっただろ。しの先生のパンも完全に冷めきっている。
ご褒美が消滅したことで思考も停止し、頭の中は、今すぐふかふかのベッドに飛び込んで泥のように眠ることで一杯になった。
『坊っちゃん、試練です! みんなと一緒に頑張りましょう♪ これぞ青春ですよ♪』
(もう無理……一休みさせて……)
マリアの能天気な声に、俺は心底うんざりして深いため息を吐いた。
魔力値2で疲労困憊、巨大な異形との戦闘から一晩しか経っていない。
今の俺が、最大レベルのS級トラップを相手に指揮をとれるわけがない。このままここに突っ立っていても、足手まといになって全員を巻き込んでしまうだけだ。
『坊っちゃん……しょうがないですね。あちらで少し休みましょう』
珍しく心配そうな声とともに、絶対安全ゾーンへの光のルートが示された。
「……ごめん。少しだけ休ませて……」
俺は彼らにその場を託し、ふらつく足取りでくるりと背を向けた。
「えっ……?」
「リオ様! 大丈夫ですか!?」
戸惑うFクラスの面々を背に、俺は歩き出す。
(俺が足手まといになるよりマシだ! なんとか持ち堪えてくれ……!)
心の中で必死に手を合わせながら、俺はマリアのナビに従い、迫り来るトラップなど一切見ずに安全圏へ向かった。
『あんよが上手♪ あんよが上手♪ 可愛い坊っちゃん。あの石段なら安全です! あと少しですよ♪』
ありがたい。ベッドの代わりに、あそこで膝を抱えよう。
「はははっ、逃げたぞ! 指揮すらできずに逃げ出した! 見ろ、やはりあいつは環境に便乗しただけの無能だ!」
背後から、長兄の勝ち誇ったような高笑いが突き刺さってくる。
うるさい男だ。どうでもいいから少し静かにしてくれないか。
俺は降り注ぐ刃の合間を無心で縫いながら、深い徒労感に支配された無表情の裏で、欠伸を一つ噛み殺した。
『ゴールできまちたね♪ ここなら安全です。ゆっくり休みましょう♪』
石段に背中を預けて腰を下ろした瞬間、マリアの幼児あつかいへツッコむ余裕もなく、俺の中で張り詰めていた糸がプツリと音を立てて切れた。
魔力値2の貧弱な体で、昨日から規格外の戦闘と死神教官のシゴキに巻き込まれ続けているのだ。
おまけに、先ほどは銀貨1枚の価値があるしおりを紛失しかけ、寿命が縮む思いをしたばかりだ。
肉体的な限界と、金銭的な恐怖から解放された安堵感。
その二つが混ざり合い、抗いようのない強烈な睡魔となって、俺の意識を真っ白に塗り潰していく。
(……ごめん、みんな。少しだけ休むね……)
俺は心の中で必死に祈りながら、石段の上で膝を抱えた無防備な姿勢のまま、一瞬で泥のような深い眠りに落ちてしまった。
気絶に近い、完全な爆睡だった。
★★★ 全知の聖母あとがきシステム ★★★
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入学早々ハードモード続きで坊ちゃんの体力が限界突破しちゃいました!?
体力皆無な坊っちゃん!ヴァルター先生に基礎体力からご指導いただきたいものですね♪
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