【第1部完結】第22話:終わらない特別授業と、最強派閥の誕生
(……俺の学園生活、完全に終わった……)
極限の疲労と絶望で硬直した体はピクリとも動かず、俺はただ、遠ざかる死神の背中を涙目で見つめていた。
だが、教官は立ち去ってはいなかった。
数歩だけ歩いたところで、足を止めていたのだ。
俺は頭の中が真っ白になって何も考えられず、ただただその背中を涙目で見つめ続ける。
教官はゆっくりと振り返り、冷たい銀縁眼鏡の奥の瞳で、再び俺を見下ろした。
無言の視線が俺を突き刺す。背筋が凍る。
永遠かと思えるほど長く感じたわずかな沈黙を破り、静かで、よく通る重い声が広場を震わせた。
「明日からは、『私がお前を超え、お前がさらに私を超える』ための、極限の鍛錬を始める。互いに研鑽を積もうじゃないか」
「……は、はい?」
「私の想定など容易く超えてみせろ、アスター。……逃げるなよ」
それだけを言い残し、今度こそ教官は黒いローブを翻して去っていった。
ざわめく上位陣が、這うようにして慌てて道を開ける。
俺は口をポカンと開けたまま、その背中を見送った。
え? 退学じゃないの?
私がお前を超えるための極限の鍛錬? なにそれ。
『ほうら♪ 坊っちゃん! 先生の愛のムチに明日から磨きがかかりますよ♪』
マリアの能天気な実況が、俺の頭の中に響き渡る。
(退学じゃない……! でも、え? 互いに? 研鑽? シゴキとも違うのか!?)
安堵と絶望がジェットコースターのように乱高下し、俺は本気で白目を剥いてその場に崩れ落ちそうになっていた。
その直後だった。
「おおおおおおっ! 教官に……あの死神教官に認められた!」
「リオ様ぁぁぁっ!! 我らも、我らも一生ついていきますぞぉぉぉっ!!」
「リオ君、本当に凄かった……!」
凄まじい歓声とともに、様子を窺っていたセドリックやアリア、そしてFクラスの面々が雪崩を打って俺めがけて駆け寄ってきたのだ。
「え、ちょっ……みんな!?」
あっという間に俺の周囲は熱狂の渦に包まれ、興奮しきったセドリックに至っては、ボロボロと涙を流しながら俺を強引に抱え上げて胴上げしようとしている。
「やめろ馬鹿! 死ぬ! 全身の骨が折れる! とどめを刺さないでくれ! ……胃も痛い!」
俺の悲鳴は、彼らの爆発的な歓声に完全に掻き消されていった。
「わっしょい! リオ様! わっしょい!」
「頼む。おろしてくれ……」
柱の陰から広場の中心へと引っ張り出され、俺はセドリックをはじめとするFクラスの面々にもみくちゃにされ、危うく宙に放り投げられそうになっていた。
教官の「極限の鍛錬で、互いに研鑽を積もう」という宣告を、彼らは「死神教官が自ら育て上げる最強の弟子としての承認」と受け取ったらしい。
結果として、俺の周囲には『リオ様率いる最強クラス』という、謎の連帯感と熱狂の渦が誕生してしまっていた。
(もう「目立たず平穏な学園生活」は諦めるしかないか……)
俺の体は為す術もなく宙に放り上げられ、視界の中で拳を突き上げるクラスメイトたちの顔がぐるぐると回転する。
もみくちゃにされながら、俺は内心で血の涙を流して絶叫した。
(……母さんの反対を押し切ったバチが当たったのかな……ははっ)
これまで一人で俺を育ててくれた母さんの助けになりたくて進学を相談した時、「アストレアだけはダメよ! あんたは今のままで……可愛いままでいいの!」と、凄い勢いで捲し立てられた光景が、やけに遠くに感じられた。
今の俺は、自ら危険のど真ん中に飛び込み、あまつさえ死神教官のマンツーマン指導という名の死刑宣告まで買ってしまったのだ。
「もうやだ……誰か助けて……」
意識が朦朧としかけた、その時だった。
『ふふっ……』
混沌とする意識の中で、ふと、脳内に声が響いた。
マリアの声だ。だが、いつもの能天気で機械的なトーンとは違う。
『本当に、立派になりましたね。……可愛い、坊っちゃん』
酷く静かで、優しくて――どうしようもなく懐かしさを孕んだ、柔らかな囁きだった。
「……え?」
その声を聞いた瞬間、俺の胸の奥がギュッと締め付けられた。
なぜだか、不思議と心地よく、心から安心できるような気持ちになった。
とても心地よく――意識が遠のく。
「……リオ君? 大丈夫?」
「あっ」
すぐ隣から聞こえたアリアの心配そうな声に、俺はハッと我に返った。
胸の奥に広がっていた不思議な温かさは、霧のようにすっと消え去っている。
「うん、大丈夫。……俺、疲れて意識が飛んでたみたい」
俺がそう呟いて無理やり感情を呑み込むと、アリアは涙目になりながらも嬉しそうに俺の腕を引いた。
「無理もないよ。あんな規格外の化け物を倒したんだもの。早く休もう?」
俺は「そうだな」と力なく頷きながら、再び『リオ様!』と叫ぶセドリックたちの歓声と熱狂の渦に巻き込まれていった。
(……なんであんなに心地よかったんだ? 寝たら二度と目覚めない……なんてことはないよな?)
もみくちゃにされながら、俺は心の隅で小さく首を傾げていた。
◆ ◆ ◆
「くくっ……傑作だな」
監視塔の最上階。
魔道具の双眼鏡を片手に分厚いガラス窓の向こうに広がる広場を見下ろしながら、クラウス・レンドルフは愉快そうに喉を鳴らした。
眼下では、熱狂する生徒たちにもみくちゃにされている、落ちこぼれの少年の姿があった。
「あの傲慢なヴァルターに、公衆の面前で敗北宣言をさせるとはな」
己の魔法に絶対の自負を持つ実戦教官が、魔力値2の生徒相手に「教えることは何もない」と言い放ったのだ。
それは学園の歴史がひっくり返るほどの大事件だった。
「ほう……本当に、とんでもない化け物を拾い上げたものだ」
クラウスは強者の余裕を纏った笑みを深め、双眼鏡を机に置いた。
魔法の枠組みすら超越した盤面支配を見せたあの少年が、これからどう化けるのか。愉しみで仕方がない。
だが。
カチ、と。
机の端に置かれた精巧な魔力観測計が、微かな音を立てた。
その瞬間、クラウスの表情からすっと笑みが消え去る。
無言のまま観測計を手に取った。
壁に掛けられた地図の一部に、これまで一度も見たことのない微細な赤い光が明滅している。
手元の観測計に表示される数値を読み取るにつれ、クラウスの眉間に深い皺が刻まれていった。
「……北の大結界の、魔力濃度が不安定だな」
呟きは、静かな執務室に低く溶けていった。
夜の彼方に広がる山脈、そのさらに先。
十数年前、世界を破滅の危機から救うために、巨大な力を封じ込めた絶対不可侵の領域。
長きにわたり、決して揺らぐことのなかった守りの要の魔力が、確実に弱まり始めている。
それはつまり、内側に封じられた『強大な脅威』が、少しずつ目を覚まし始めているということに他ならない。
窓の外、まだ熱狂に包まれている広場を、クラウスは静かな、そして深刻な眼差しで見下ろした。
「ヴァルターよ。お前の最高傑作を急いで仕上げろ」
誰にも聞こえない独り言が、防音の結界が張られた部屋に静かに消えていく。
「……我々に残された時間は、もう長くないかもしれんぞ」
★★★ 全知の聖母あとがきシステム ★★★
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♪
ちょっぴりシリアス展開になりました。空気の読める私はしばらくおふざけを控えます!
(※本編はある意味空気を読んでるんですよ♪)
「作者の手抜き定型文だろ!」と思いつつも……楽しんでいただけましたら、坊っちゃんと作者の【やる気:限界突破】になるよう、
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次回は【明日20:20】にとっておきの幕間の更新です♪




