第21話:最恐教師の敗北宣言と、絶対なる心酔
俺を見下ろす教官の眼差しは氷のように冷たく、一切の感情を読み取らせなかった。
沈黙という名の重圧が、物理的な暴力のように俺の喉を締め付ける。
誰一人として言葉を発さず、静まり返った広場には、ただ風の音だけが不気味に響いていた。
そうだ。教官の完璧な魔法を勝手に改変し、あまつさえダンジョンの入り口をガス爆発で消し飛ばしたのだ。
マリアは「俺色に染まった」だの「るんるん」だの能天気なことを言っていたが、あれが怒りじゃないわけがない。ポジティブすぎるんだ。
(……これ以上のシゴキは命に関わる!)
ギリギリと胃が悲鳴を上げ、心臓が爆発しそうに跳ねる。
これ以上の沈黙は、俺の精神を完全に崩壊させる。
「す、すいませんでしたっ!!」
俺は耐えきれず、ガクガクと震える体を無理やり動かし、石柱の根元で土下座寸前の姿勢をとって叫んだ。
「勝手に教官の魔法を変えたり、無断でダンジョンの穴を爆破したりして、本当にすいませんでした! だから、だから……明日以降の課題を増やしたり、ハードルを上げるのだけは、勘弁してくださいっ!」
誇りとか、矜持とか、そんなものはとっくに脱ぎ捨てていた。
喉から飛び出す声は、自分でも情けないほど震え、裏返っていた。
(まずは命! 次も命! その次も命! 危険は買うもんじゃない)
なりふり構っていられない、小市民全開の切実な懺悔。
もう許してほしい。寮に帰ってふかふかのベッドで寝かせてほしい。
その一心で、俺は額を石畳に擦り付ける勢いで教官の靴の先を見つめた。
だが。
「…………」
俺の情けない命乞いを聞いても、教官の表情は1ミリも動かない。
ただ、銀縁眼鏡の奥の冷徹な瞳が、僅かに、本当に僅かに見開かれただけだ。
(……怒ってない?)
いや、違う。教官の纏う空気が、先ほどまでの冷徹なものから、何か得体の知れない、ひどく静かな熱を帯びたものへと変わったのだ。
『うふふ♪』
脳内で、マリアが弾んだ声を上げる。
『先生、坊っちゃんの言葉に酷く感銘を受けていますよ。あれほどの偉業を成し遂げてなお、自らの戦術を誇ることもなく、明日からの鍛錬に目を向けているのか……と、次元の違うストイックさに打ち震えているようです♪』
「はぁ!?」
俺は内心で思い切りツッコミを入れた。
どこをどう切り取ったら、俺の情けない命乞いが「明日の鍛錬に目を向けるストイックな姿勢」に変換されるんだ!
どう考えても「これ以上シゴかないでほしい」っていう、完全な泣き言だ。
だが、俺の悲痛なツッコミなど虚空に消える。
教官は、土下座寸前で震える俺を見下ろしたまま、ゆっくりと、静かに口を開いた。
「私の魔法を最適化し、自らは一歩も動かずに環境を利用して敵を滅ぼす、か」
淡々とした、一切の感情を交えない、いつも通りの無機質なトーンだった。
(……オカンの言う通りにした……なんて言っても伝わらないよな)
俺は必死に納得してもらえる言い訳を考える。だが、何も思いつかない。
「お前のその戦術の前では、私の教えなど……児戯に等しい」
「……は?」
俺の喉から、間の抜けた声が漏れた。
同時に、広場の空気がピシッと凍りつくのが分かった。
「死神教官が、自分の教えを児戯って……!?」
「あれは……完全な敗北宣言じゃないか……!」
周囲のエリートたちから、信じられないものを見るようなざわめきが起こる。
学園最恐と恐れられ、誰よりも己の魔法に絶対の矜持を持つあの男が、全校生徒の前で言い放った最大級の賛辞。
だが、教官の言葉はまだ終わっていなかった。
「……見事だ」
教官は無表情のまま、ぽつりと言う。
「私が、お前に教えることは何もない」
その言葉が響いた瞬間、固唾をのんで様子を伺っていた周囲から「おおっ……!」という驚愕と感嘆のどよめきが上がった。
あんなに傲慢だった死神教官が、底辺生徒の実力を完全に認め、自らの負けを宣言したのだ。学園の歴史がひっくり返るほどの大事件である。
(いや……? 持ち上げといて、教えることは、何もない……?)
サーッと、顔面から一気に血の気が引いていくのが自分でも分かった。
「もう私が教えることは何もない」という、決定的な最後の一文が意味するもの……。
魔力値2で、生活魔法がやっとの落ちこぼれに、これ以上教えることはない。
これ以上シゴく価値もない、見込みのない生徒だと、完全に見限られたのだ。
それはつまり。
(俺、ついに退学させられるってことか……!?)
指先が震え、視界がぐらりと揺れる。
さっきまでの疲労も胃痛も、全部が一瞬で吹き飛んだ。
代わりに押し寄せてきたのは、これまで感じたどんな恐怖よりも冷たい、絶望という名の奈落だった。
「そ、そんな……」
俺は絶望のどん底に突き落とされ、柱の陰で完全に口をパクパクさせていた。
その決定的な宣告を言い残し、ヴァルター教官は静かに背を向けていた。
黒いローブを翻し、元来た道を歩き出そうとするその後ろ姿が、俺には「完全に見放した」という冷酷な通告に見えた。
「ま、待ってください……!」
俺は這いつくばったまま、悲痛な声で手を伸ばそうとした。
だが、疲労に加えて、恐怖と絶望で硬直した体はピクリとも動かない。
声すらも掠れ、教官の耳には届かなかった。
「終わった……」
学園の門をくぐってまだ数週間。俺の短い学園生活が、今ここで完全に終わったのだ。
魔力値2の落ちこぼれがついに見捨てられた。
退学になったら、家に帰ってなんて言い訳すればいいんだ。母さんの反対を押し切って、アストレア魔法学園の試験を受けたのに……目の前が真っ暗になる。
『坊っちゃん。何を落ち込んでるんですか?』
(決まってるだろ。教えることはないってことはアストレアから出ていけってことだろ……つまり退学……)
『まあ。極度の疲労でネガティブ坊っちゃん! まずは先生の頭上をご覧ください♪』
マリアに促され、俺はヴァルター教官の頭上に視線を向ける。そこには淡い光の文字が浮かび上がっていた。
【評価:測定不能】
【期待:測定不能】
【信奉:測定不能】
『ほら! 振り切り三拍子♪ 好き好き大好きな坊っちゃんを、先生が退学にさせるわけないじゃないですか』
周囲のエリートたちやアリアまで、教官の言葉を「敗北宣言、すなわち、免許皆伝」だと戦慄し、俺を神でも見るような目で震えている。
『ヴァルター先生もみんなも、坊っちゃんに心酔しきって、メロメロの骨抜きです♪』
「…………は?」
俺の思考が、完全に停止した。
絶望と混乱でショート寸前の頭に、『信奉』というあり得ない単語が突き刺さる。
信奉? 心酔? 免許皆伝?
あの死神教官が? 魔力値2の落ちこぼれの俺に?
(いやいやいや、それはないだろ!)
俺は内心で、血を吐くようなツッコミを叫んだ。
(どう見ても俺の勝手な行動に愛想を尽かして見捨てただろ! 今、ハッキリと「教えることはない」って言ってたぞ。教えることがなかったら、アストレアに在籍させる意味ないじゃん)
『何をおっしゃっているのですか? それは先生が、もう「普通の教え」は坊っちゃんに必要ないと判断されただけです♪』
「そんなの退学と同じだろ!」
『違いますよ♪』
マリアは俺の悲痛な叫びなど聞こえないかのように、一人で勝手に盛り上がり続けている。
『さあ坊っちゃん! 先生の愛のムチが、明日からさらにパワーアップしますよ! 気合を入れていきましょう♪』
誰か、嘘だと言ってくれ。
「退学宣告」されたはずなのに、なぜか「明日からのシゴキがさらにパワーアップする」という、マリアの矛盾した死の宣告。
俺は自分が置かれた状況が全く理解できないまま、ただただ広場の端っこで、誰にも届かない絶望の叫びを内心で上げ続けていた。
★★★ 全知の聖母あとがきシステム ★★★
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♪
ちょっぴりシリアス展開になりました。空気の読める私はしばらくおふざけを控えます!
(※本編はある意味空気を読んでるんですよ♪)
「作者の手抜き定型文だろ!」と思いつつも……楽しんでいただけましたら、坊っちゃんと作者の【やる気:限界突破】になるよう、
ページ下部の【ブックマークに追加】と、
その下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】になるようポチッとしていただけると、私もルンルン気分になれます♪
次回は【明日20:20】に更新です♪




