第20話:崩壊する絶望と、測定不能の評価値
ドドドドドォォォッ……と、広場を揺るがせた大爆発の残響が、遠い空の彼方へと消えていく。
超巨大な炎の柱が収まった後。
広場には、耳鳴りがするほどの不気味な静寂が降りていた。
黒焦げにひび割れた縦穴の底からは、怨念の集合体の悍ましい気配は一切感じられず、ただチリチリとくすぶる煙だけが立ち上っている。
俺は崩れかけた石柱の根元に背中を預けながら、荒い息を吐き出してズルズルと座り込んだ。
(終わった……ようやく、終わったんだ……)
極限の緊張の糸がプツリと切れ、全身から一気に力が抜けていく。
すりむいた肘も、土煙で汚れた制服も、限界まで酷使した心臓の痛みも、今はどうでもよかった。
ただ、早く帰りたい。
しの先生の作る噂の超絶美味な保健室メシを、食べてみたい。
腹いっぱいで、ふかふかなベッドに倒れ込みたい。
そんな小市民的で切実な願いだけを支えに、俺はガクガクと震える両足に鞭打って立ち上がろうとする。
「くそ……立てよ、俺の足……!」
歯を食いしばって、震える膝に無理やり力を入れる。
だが結局、疲労と極度のストレスに耐えきれず、再びドサッとその場にへたり込んでしまった。
「……あ、あの落ちこぼれが倒した……?」
ふと、静まり返った広場のあちこちから、震える声が聞こえてきた。
俺がゆっくりと顔を上げると、広場の真ん中で腰を抜かしている上位陣のエリートたちや、両手で口元を覆ってこちらを見つめるアリア、そして杖を掲げたまま感動の涙を流し続けているセドリックの姿があった。
彼らの視線は、一寸の狂いもなく、柱の陰でへたり込んでいる俺一人に集中している。
いつもなら俺を蔑む視線を向けてくる連中が、今は誰一人として俺を笑っていない。
その目にあるのは、底知れぬ狂信と、人知を超えた怪物に対する本能的な戦慄が入り混じった、異様でねっとりとした感情だった。
(うわぁ……絶対、「なんだあのイカれた環境破壊」ってドン引きされてるのかな……)
俺は痛む胃を擦りながら、逃げ場のない視線の集中砲火に耐え、ズタボロの体でどうにかその場から逃げ出そうと足掻いていた。
へたり込んで足掻く俺の脳内に、マリアの能天気で誇らしげな声が響き渡った。
『先生の魔法を進化させ、敵の攻撃を利用して地形を崩し、セド君に的確な指示を出した完璧な盤面支配です! ママも鼻が高いです♪』
(ただ小石を蹴って、柱の陰に隠れて……俺はただ、オカンの言う通りにして、ライトを点けただけだ!)
俺は痛む胃を押さえながら、内心で激しくツッコミを入れた。
どう贔屓目に見ても、奇跡的な偶然とマリアのおかげに過ぎない。
俺自身の実力なんて、微塵も介在していないのだ。
それなのに、こんな規格外の大爆発の主犯格にされるなんて冗談じゃない。
『坊っちゃん。結果良ければすべて良し♪』
悪びれもせず、マリアは俺の悲痛なツッコミをあっさりと切り捨てた。
『ほら。先生も坊っちゃんに、とっても熱い視線を向けていますよ』
――先生。
その単語に、俺の心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
熱い視線なんて生易しい言葉で片付けられる状況じゃないのは、これまでの経験でよく知っている。
恐る恐る、俺は柱に寄りかかったまま顔を上げた。
広場の反対側。
土煙が少しずつ晴れていく中、銀縁眼鏡を光らせたヴァルター教官が、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
完全に、目が合った。
遠目からでもはっきりと分かる。
あの無機質な瞳は、出来の悪い生徒を蔑むものではない。
完全に『規格外の化け物を品定めする目』だった。
(終わった……これ以上、過大評価されて課題の難易度が上がったら……)
教官からの「期待」という名の「殺意」が、またしても限界突破してしまった現実。
俺は逃げ場のない小市民的絶望に苛まれ、ただ頭を抱えることしかできなかった。
コツ……、コツ……。
不意に、耳鳴りのする静寂の広場へ、硬い靴音が響き渡った。
ビクッと肩を跳ねさせ、頭を抱えていた腕の隙間からそっと視線を向ける。
土煙の向こうから、黒いローブを揺らしたヴァルター教官が、真っ直ぐに俺のいる崩れかけた柱へと歩みを進めてくるところだった。
「……ッ、ついに死神教官が動いたぞ」
「あ、あの規格外の化け物を、粛清するのか……?」
「たまたま倒せたとはいえ、俺たちが爆発に巻き込まれる可能性もあったんだしな」
エリートたちの戦慄のざわめきが、波紋のように広がっていく。
腰を抜かしていた生徒たちですら息を呑み、教官の進む先から這うようにして慌てて道を開けた。
誰もが、学園最恐の教師と、すべてを盤面支配したと勘違いされている底辺生徒の接触に、固唾を呑んで見入っている。
コツ……、コツ……。
一切の表情を変えずに迫ってくる無機質な足音が、俺の心臓を直接握り潰しにかかってくる。
そのタイミングで、脳内に無情な実況が響き渡った。
『坊っちゃん、先生の期待値と評価値が、振り切れてびくともしません♪ 俺色に染めちゃいましたね♪』
「え?……俺色って何……?」
俺の喉から、情けないくらい掠れた声が漏れた。
期待値100ですら、俺を地獄のような迷宮の底へ突き落とし、今日という日をこんな極限状態に変えたのだ。
それが振り切れるほど突き抜けたなら、俺を待っているのはもう、生易しいシゴキなんかじゃない。
『先生、るんるんでこちらに向かってますね♪』
マリアの能天気な声が、さらなる絶望を上塗りしてくる。
るんるんってなんだよ。どう見ても無表情で、凄まじい威圧感を撒き散らしているじゃないか。
俺が勝手に魔法を改変し、勝手に敵を爆発させて、勝手に教官の戦術を完成形にしてしまったことに対する、静かな怒りだろ。
(絶対に怒られる……いや、殺される!)
これ以上の『期待』は、俺の命に関わる。
今すぐ立ち上がって、この地獄のような広場から一目散に走り去りたい。
だが、極限まで疲弊した体は、指先すら思うように動いてくれない。
逃げ道など、初めから存在しなかったのだ。
コツ……。
やがて、硬い靴音が俺のすぐ目の前でピタリと止まった。
黒いローブの裾が視界を覆う。
俺はガタガタと歯の根を鳴らしながら、崩れかけた柱にしがみつくようにして、ゆっくりと顔を上げた。
そこには、氷のように冷たく、一切の感情を読み取らせないヴァルター教官の眼差しがあった。
誰も、何も、言葉を発さない。
銀縁眼鏡の奥の冷徹な双眸が、へたり込む俺をただ静かに、真っ直ぐに見下ろしていた。
★★★ 全知の聖母あとがきシステム ★★★
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♪
ちょっぴりシリアス展開になりました。空気の読める私はしばらくおふざけを控えます!
(※本編はある意味空気を読んでるんですよ♪)
「作者の手抜き定型文だろ!」と思いつつも……楽しんでいただけましたら、坊っちゃんと作者の【やる気:限界突破】になるよう、
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次回は【明日20:20】に更新です♪




