第19話:環境支配の特攻と、物理法則の狂乱
『ピィィィッ! 極大魔力の着弾、来ます!』
マリアの緊迫した声が響いた瞬間、俺は両手で強く耳を塞ぎ、ボロ柱の根元で亀のように限界まで身を縮めた。
直後。
ドゴォォォンッ、というそれは、もはや音ですらなかった。
世界がひっくり返ったかのような、凄まじい大爆発。
地面ごと身体を殴りつけてくる純粋な暴力の塊に、塞いだ指の隙間から鼓膜を抉られ、内臓が不自然に持ち上がる。
分厚い石畳が紙屑のようにめくれ上がり、衝撃波と爆炎が津波のように全方位へと吹き荒れていた。
「ひぃっ……!」
情けない悲鳴を漏らしながら、俺は目をきつく閉じた。
遠くで、教官や上級生が一斉に展開した防壁結界が、ギリギリで軋む音が聞こえる。
(移動しなくても絶対安全圏だったんじゃ?)
『ここからが大事なんです♪』
熱風が頭の上を舐め、砕けた石の破片が雨みたいに降り注ぐ中、俺はマリアの意味深な言葉に首を傾げながら、嵐が過ぎ去るのを待った。
だが、異変はその直後に起きた。
メキメキメキッ……ドドドドォォォッ!!
爆発の余韻が冷めやらぬ中、今度は広場そのものが崩れ落ちるような、底の抜ける轟音が足元から響き渡ったのだ。
「……えっ?」
恐る恐る目を開け、柱の陰から顔を出した俺は、目の前の光景に言葉を失った。
広場の中央から放射状に、巨大な亀裂が走っている。
怨念の集合体が放った極大魔法の威力と、その攻撃を放った反動の凄まじさ。
その両方のエネルギーに広場の地盤そのものが耐えきれなくなり、奴の足元から連鎖的に大崩落を起こしていたのだ。
崩落の中心は、広場と隣接する『ダンジョン入り口の巨大な縦穴』だった。
ガラガラガラッ、と広場の石畳が端から順に崩れ落ちていく。
すり鉢状に崩れ落ちていく地面に足場を根こそぎ奪われ、巨大な泥の塊のような怨念の集合体は、あの巨体を支えきれずに大きく傾いた。
ゴウッ、と地響きを上げて、黒い異形が縦穴の縁を越える。
叫び声とも呻きともつかない濁った音を残し、それは真っ逆さまに、暗い縦穴の底へと吸い込まれていった。
「……嘘だろ、勝手に落ちてったぞ?」
俺の逃げ込んだこの『崩れかけた柱』は、奇跡的に崩落の境界線を免れ、縦穴のすぐ縁にギリギリのところで立っていた。
つまり俺は、あんなに絶望的だった規格外のボスが、自ら放った攻撃の威力で勝手に足場を崩し、奈落の底へ落ちていくというマヌケな自滅劇を、最も見晴らしの良い特等席で見下ろす形になっていたのだ。
「……あいつ、馬鹿なのか?」
あまりにも呆気ない幕切れに、俺は柱に手をついて縦穴の底を覗き込みながら、間の抜けた声を漏らしていた。
ドスンッ! という鈍い音が、遥か真下の穴の底から響き渡った。
『さて、仕上げです坊っちゃん♪』
マリアの呑気な声が脳内に響く。
『現在、穴の底には、ブラックウルフの時よりも大量の可燃性ガスが充満しています。仕上げはセド君に、炎魔法を撃ってもらいましょう♪』
「……は?」
俺は縦穴の縁から底を覗き込んだ。
深い穴の底で、どす黒い怨念の集合体がもがいているのが辛うじて見える。あんな化け物でも、自重で落とされただけで無傷とはいかないらしい。
だが、あの底にはダンジョン特有の可燃性ガスが溜まっているとマリアは言う。
そこに炎魔法なんか撃ち込んだら、どうなるか。
(なるほど、トドメの爆破のために、俺をこの位置に……!)
(……この場所は一緒に吹っ飛んだりしないんだよな?)
『大丈夫♪ 大丈夫♪ どんとこい!』
マリアの血も涙もない完璧な盤面支配に戦慄しつつも、俺は腹を括った。
これで全部終わるなら、やるしかない。
俺は柱の陰から大きく身を乗り出し、地盤沈下した広場の惨状の中で呆然と立ち尽くしているセドリックの姿を見つけ、肺の底から思い切り叫んだ。
「セドリック! 穴の底へ最大火力の炎を撃ち込め! 俺が光を出す場所――穴の中央より少し右、あいつの真上を通すように狙え!」
突然の俺の声に、上位陣がビクッと肩を跳ねさせる。
だが、誰よりも早く反応したのは、俺を崇拝するセドリックだった。
「……ッ! リオ様の、直接の御命令!」
セドリックの表情が、絶望から一瞬にして限界突破の歓喜へと染まる。
彼は「おおおおお!」と叫びながら両手を天に掲げ、なぜかボロボロと大粒の涙を流し始めた。
「このセドリック・フォン・ヴァレリウス! リオ様の描かれた完璧な盤面、その一手を担う誉れ……この命に代えても成し遂げてみせますぞおおおおッ!!」
「命は大事にしろ! いいから早く撃て!」
聞こえたかどうかもわからないツッコミを入れつつ、俺は自分にしか見えないマリアの光の目印へ向けて、生活魔法の『ライト』を照射する。
セドリックは号泣しながら膨大な魔力を練り上げ始めた。
彼の炎魔法は、魔力効率が最悪で無駄に大きすぎるため、教官から「大味すぎて実戦に向かない」と酷評されていた。
だが、今の状況――広範囲に充満した可燃性ガスに着火させるという一点においては、彼の大味な特大の炎こそが【完全な最適解】だったのだ。
「喰らえぇぇぇッ! 我が敬愛する主の、裁きの業火をォォォッ!!」
セドリックの杖の先から、空気を焼き尽くすほど巨大な炎弾が放たれる。
轟々と燃え盛るそれは、俺が指示した通りの角度で縦穴へと吸い込まれ、真っ暗な奈落の底で蠢く怨念の集合体へと真っ直ぐに突き進んでいった。
(頼む、今度こそふかふかベッドに……!)
俺は祈るような気持ちで、その炎の軌跡を見送った。
一方で、なぜか号泣しながら魔法を放ったセドリックの姿には、内心でドン引きしつつも痛む胃を押さえずにはいられなかった。
セドリックの放った特大の炎弾が、暗い縦穴の底へと吸い込まれていく。
直後、穴の奥深くから、ゴポッ、という奇妙な音が響いた。
「……え?」
上位陣の誰かが呆然と声を漏らした、次の瞬間だった。
ズドォォォォォォォォォォォンッ!!
世界そのものが吹き飛んだかのような、地殻変動を思わせる轟音が爆発した。
鼓膜が破れそうな大爆音とともに、広場全体が激しく跳ね上がる。
俺は柱の根元に必死にしがみつきながら、強烈な揺れに耐えた。
セドリックの大味な炎が、縦穴の底に充満していた膨大な量の可燃性ガスに完全に引火したのだ。
すり鉢状に崩落した縦穴は、巨大な火薬樽のようなものだった。
行き場を失った爆発のエネルギーはすべて上方へ――つまり、縦穴の真下で身動きが取れなくなっていた怨念の集合体へと集中する。
大地が咆哮を上げ、火山噴火を思わせる超巨大な炎の柱が天を衝いた。
熱風が広場を焼き尽くしそうな勢いで吹き荒れる。
怨念の集合体は、断末魔の叫びを上げる隙すら与えられなかった。
極限まで圧縮された大爆発の威力を一身に浴び、その巨体は塵一つ残さず完全に消滅したのだ。
やがて炎の柱が収まると、焦げた匂いとともに、不気味なほどの静寂が広場に戻ってきた。
「……嘘、だろ」
教官や上級生の精鋭たちが、腰を抜かしてへたり込み、あるいは絶句して立ち尽くしている。
あれほど絶望的だった脅威が、たった1発の魔法と地形の崩壊だけで、文字通り跡形もなく消し飛んだのだ。
その静まり返った広場に、アリアの震えるような声が響き渡った。
「敵の魔法すら利用して、地盤を崩壊させて縦穴へ落とした……」
彼女は両手で口元を覆い、信じられないものを見るような目で俺を見つめていた。
「縦穴にガスが充満していることを見越して、セドリック君の魔法を起爆剤に選んだのも……全部、最初から計算してたの……!?」
広場にいる全員の視線が、一斉に俺の隠れている柱の方へと突き刺さった。
(俺は言われた通りしゃがんで耳を塞いで、生活魔法しか使ってないのに!)
心の中で全力のツッコミを入れるが、そんな声が届くはずもない。
ふと視線を回すと、遠くに立つヴァルター教官と目が合った。
銀縁眼鏡の奥の瞳は、これ以上ないほど見開かれている。
そして俺の脳内に、マリアの能天気な声が鳴り響いた。
『ピタゴラスイッチ、大成功♪ ちなみに先生の裏ステータス、【驚愕・感服・評価値】が再び限界突破! 坊っちゃん愛が深まりました♪』
「……やりすぎだろ、お前」
俺は痛む胃を抱えながら、絶対安全圏である柱の陰で力なくへたり込んだ。
またしても周囲から「すべてを計算し尽くした環境支配の神」として崇め奉られるであろう、明日からの地獄の学園生活に絶望しながら。
★★★ 全知の聖母あとがきシステム ★★★
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♪
ちょっぴりシリアス展開になりました。空気の読める私はしばらくおふざけを控えます!
(※本編はある意味空気を読んでるんですよ♪)
「作者の手抜き定型文だろ!」と思いつつも……楽しんでいただけましたら、坊っちゃんと作者の【やる気:限界突破】になるよう、
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