第2話:死神教授の特別課題と、大雑把な赤色ハイライト
「どうして俺が、魔力値2の平民のゴミと同じ教室で息を吸わなければならないんだ」
数日後。
記憶に残す価値もないほど退屈な入学式を終え、俺が配属されたのは――学園で最も冷遇される最底辺の掃き溜め、Fクラスだった。
当然の結果だが、目の前で俺を睨みつけている名門貴族の三男、セドリックもまた同じ空間にいた。
入学試験での大味な魔法運用を酷評され、プライドをへし折られてここに落とされたのだ。
完全にただの逆恨みだが、苛立ちを隠そうともしない殺意の籠もった視線が痛い。
教室の隅では、実技試験でパニックを起こしたという銀髪の女子生徒も怯えたように肩を震わせていた。
その時、凍りつくような足音と共に教室の扉が開く。
「私語をやめろ」
黒ローブに銀縁眼鏡をかけた死神教授、ヴァルター・グレイヴが教卓に立った。
「私が今日から、お前たちの担任を務める」
背後から、生徒たちの小声が聞こえてくる。
「左遷だ」「落ちこぼれの処理係だろ」
エリート教官である彼がFクラスの担任になったのは、厄介払いのためだと専らの噂だった。
『まあ♪ 坊っちゃんを指導するために、担任に志願してくださったのですね』
脳内に響くマリアのふんわりとした声に、俺は危うく椅子から転げ落ちそうになった。
あんな人を殺しそうな顔をしておいて、志願して来たというのか。
ヴァルターの頭上に輝く文字列が見えた。
【意欲100・段取り100】
俺が困惑している間にも、ヴァルターは冷酷な目で教室全体を見渡し、氷のような声で言い放った。
「挨拶など不要だ。貴様らのような無能なゴミに割く時間はない」
ヴァルターが短く指を鳴らした瞬間、教室の床と壁に無数の魔法陣が浮かび上がった。
空気が鋭く鳴り、目に見えない無数の魔力の刃が空間を埋め尽くすように吹き荒れる。
巻き込まれた前の列の机や椅子が木っ端微塵に砕け散り、生徒たちから悲鳴が上がった。
一歩でも踏み出せば身体が細切れにされる、間違いなく致死量のトラップだ。
「アスター。貴様からだ」
修羅場と化した教室の中で、ヴァルターの冷徹な視線が真っ直ぐに俺を射抜いた。
「そこから、この教卓の前まで歩いてこい」
周囲の生徒たちが、一斉に同情と嘲笑の入り混じった視線を俺に向ける。
なぜ俺だけ名指しで、初日からこんな即死空間に放り込まれるんだ。
逃げ場のない理不尽な死の課題に、俺の顔は絶望で激しく引きつった。
『初日から坊っちゃんに特別課題を事前準備してくださるとは!』
「どう見てもただの処刑だろ」
『先生の極上の愛ですよ』
「どこがだよ!」
迫り来る魔力の刃を前に、俺はマリアに激しく突っ込むしかなかった。
目の前の空気が歪んだ。
肌を粟立てるような風切り音が、教室中を荒れ狂う。
無数の不可視の刃が一歩先で交差しており、不用意に踏み出せば確実に肉片へ変わる絶望的な光景だった。
教卓の奥に立つヴァルターは、俺が一歩も動けずに切り刻まれるのを待っているかのようだ。
『坊っちゃん、あそこ、少し脆くなってますね』
死の恐怖で足が竦む中、場違いなほど呑気なマリアの声が響く。
直後、俺の瞳の奥で淡い金色の光が弾けた。
荒れ狂う魔力の嵐の中に、ぼんやりとした大雑把な赤い光が浮かび上がる。
床の一角。
複雑な術式が絡み合う中、不自然に赤く明滅する箇所がある。
『そこ、脆いですよ。坊っちゃん、踏んでください』
「え? 床が脆いの? 素直に踏むの?」
躊躇している間にも、足元を掠めた刃が俺の制服の裾をあっさりと切り裂いていく。
背筋を凍るような悪寒が駆け抜ける。
背に腹は代えられない。俺は赤い光が示す空間に向かって無我夢中で足を踏み出した。
パキンッ。
微かにガラスを踏み砕いたような、乾いた破砕音が響き渡る。
床……ではなく、赤い光の上を靴底で正確に踏み抜いた瞬間。
俺の周囲で唸りを上げていた魔力の刃が、嘘のようにフッと霧散した。
「……え? 今、何を壊した?」
『罠の術式核ですよ。あらあら、本当にお上手です』
また赤い光が、少し先の床に滲んだ。
考えるより先に、身体が頭の判断を待たずに勝手に動き出していた。
『次はこちらですね。右足を少し前へ』
マリアの過保護な案内に従い、俺は言われるがまま次の一歩を踏み出す。
『右』
パリンッ。
『左』
パリンッ。
『そして斜め前』
パリンッ。
踏み込み、崩す。
『最後! ジャンプしてターン、3回転半!』
パリンッ。
また魔法陣が砕け散り、周囲の刃が消える。
俺としては、死に物狂いで案内された場所を渡り歩いているだけのつもりだった。
だが俺が赤い光を踏むたび、連鎖的に魔法陣が次々と崩壊していく。
魔力すら込めず、ただ歩くだけの一切無駄のない動き。
それは結果的に、緻密に構成された術式の要となる結節点を、的確かつ物理的にへし折る神がかり的な罠の解体作業になっていたのだ。
『さすが坊っちゃん。ステップからの回転ジャンプ、とっても華麗でした♪』
(最後の回転とジャンプ、絶対にいらなかったよね?)
『いえいえ、必須です♪』
「……これ、本当に初日のホームルームか?」
『はい。先生から坊っちゃんへの、特別な贈り物ですね』
「贈り物ねぇ……」
俺はひきつった顔でぼやきながら、教卓のすぐ手前に浮かんだ最後の赤い光へ足を下ろす。
その瞬間、教室を埋め尽くしていた致死量のトラップが、悲鳴のような音を立てて完全に消滅した。
「……終わった?」
ピンと張り詰めていた空気が一気に弛緩し、俺は教卓の前で両膝から崩れ落ちた。
全身から嫌な冷や汗がどっと吹き出し、呼吸がひどく浅くなる。
心臓が肋骨を突き破りそうなほど、早鐘のように打ち鳴っていた。
教室は水を打ったように静まり返っている。
何が起きたのか理解できていないセドリックが、口を半開きにしたまま幽霊でも見たかのような顔で俺を見つめていた。
だが、教室の隅にいた銀髪の女子生徒だけは違った。
「……嘘でしょ。あの複雑な術式核を、0.1秒で見切って破壊したっていうの……?」
彼女はガタガタと震える手でノートを開き、青ざめた顔で必死に何かを書き殴っている。
学年トップクラスの魔力感知能力を持つ彼女の目には、俺が意図的に魔法陣を完全解体したように見えているらしい。
『あらあら。あのお嬢さんだけは、坊っちゃんの華麗なステップの真価に気づいたようですね。うふふ』
「ただ言われた通りに回って踏んだだけだろ……」
『それを完璧にこなせるのが素晴らしいのです』
床に手をついて荒い息を吐き出す俺の頭上から、氷のように冷酷な声が降ってきた。
「遅い」
顔を上げると、ヴァルターが虫ケラを見下ろすような目で俺を冷徹に睨みつけていた。
「無駄な回転とジャンプが多すぎる。実戦なら3度は死んでいるぞ」
回転させたのは過保護AIマリアだ。
俺は心の中で血の涙を流しながら激しく突っ込んだが、もちろん声には出せない。
「やり直せ。次はその無駄な動きを完全に叩き直してやる」
『まあ! 特別指導を続けてくださるのですね。溢れんばかりの愛ですね♪』
理不尽な死の課題のおかわり宣告に、俺の顔は絶望で激しく引きつる。
だが、俺の視界に映るヴァルターの頭上の文字は、彼の冷酷な態度とは裏腹だった。
血のように真っ赤な文字が、激しく明滅を始めている。
【歓喜指数:限界突破】
(限界突破……そんなに頻繁に出るものなのか?)
『あらあら、うふふ♪』
マリアがやけに嬉しそうに笑った。
この男、俺がギリギリで罠を抜けたのを見て、頭がおかしくなるほど興奮しているのか。
狂人の思考回路に眩暈を覚えていると、背後から椅子を乱暴に蹴り倒す音が響いた。
「ふざけるな……ただ運良く罠が不発だっただけの平民が、教官の関心を引いて調子に乗るな!」
俺からすればただの処刑なのだが、平民の俺が教官の関心を独占しているように見えて許せないらしい。
セドリックが、ギリッと奥歯を鳴らして立ち上がる。
俺を激しく憎悪するその手のひらには、高火力の炎が赤々と浮かび上がっていた。
『まあ! 先生が坊っちゃんを独り占めしちゃったから、やきもちですね。可愛い子♪』
(……いや、可愛い子って顔じゃないだろ)
確かな殺気を放つセドリックの炎。
だが、先ほどの死神教授による即死空間と、マリアの地獄のダンスレッスンを抜けきった今の俺には――なぜか、その炎が随分と『遅く、大味なもの』に見えていた。
★★★ 全知の聖母あとがきシステム ★★★
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「坊っちゃん意外とやるな!」「次はどんな愛情表現でくるか!?」などなど……楽しんでいただけましたら、坊っちゃんと作者の【やる気:限界突破】になるよう、
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