第1話:最底辺の魔力測定と、過保護すぎる脳内ステータス
「魔力値、2。正真正銘の学年最底辺だな」
アストレア魔法学園の入学試験。
その最終関門である魔力測定の場で、名門貴族のセドリックによるあからさまな嘲笑が響き渡った。
俺の周囲を飛ぶ精霊が空中に並べた数字札には、はっきりと『2』という絶望的な数字が浮かんでいる。
周囲の貴族たちが汚物を見るような目を向け、堪えきれないといった様子で笑い声を漏らした。
「2だぞ。そんな数字、見たことあるか?」
「平民って、本当に魔力まで貧しいんだな」
「よく恥をさらしにこの学園へ来られたものだ」
反論する気にもなれない。
生まれ持った魔力値はどうにもならない現実だ。
俺はただ唇を噛み締めて俯くしかなかった。
その時、修練場の空気が急に重くなった。
私語がぴたりと止み、誰もが息を潜める。
床を踏む、乾いた足音だけが静まり返った空間に響いていた。
黒いローブに銀縁眼鏡をかけた威圧感の塊。
生徒から死神教授と恐れられる実戦教官、ヴァルター・グレイヴだった。
冷酷な視線が真っ直ぐに俺を射抜き、氷のような声が落ちる。
「才能ゼロのゴミだな。貴様のような無能は目障りだ」
胸の奥がずしりと沈む。
自分の才能のなさは嫌というほど理解しているが、面と向かって突きつけられると息が詰まった。
ヴァルターは俺を見下ろしたまま、修練場の奥にそびえる大扉を指差した。
「あの扉まで歩いてみせろ」
言い終わるより早く、天井一面に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
無数の青白い光が空気を震わせながら走り、次の瞬間、膨大な数の炎弾が一斉に形成された。
「炎弾を避けながら進め。できなければ灰になれ」
ぞくりと背筋が震えた。
修練場いっぱいに浮かぶ巨大な炎の球体が、逃げ場を完全に塞ぐように俺を囲んでいる。
圧倒的な熱波が肌を焼き、修練場の空気が一瞬にして干上がった。
熱風が前髪を焦がし、鼻の奥に焦げた臭いが満ちる。
頭上の炎群が、今にも豪雨のように降り注ごうと蠢いていた。
間違いなく、一撃でも触れれば命はない。
逃げ場のない死の宣告に、絶望と恐怖で顔が醜く引きつるのが自分でも分かった。
足の裏から力が抜け、かすれた声が喉の奥から漏れる。
――これ、入学試験じゃなくて処刑だろ。
灼熱の豪雨が、ついに頭上から降り注いできた。
一斉に放たれた無数の炎弾が空気を焼き焦がし、俺の全身を業火で飲み込もうと殺到する。
終わりだ。
そう思って目を強く閉じ、奥歯を噛み締めたその瞬間。
ふっと、世界から一切の音が消え失せた。
スッと無意識に姿勢が正される。
迫り来る炎の動きが、泥水の中を進むように極端に遅く感じられた。
『初めまして。ようやくお目覚めですね、坊っちゃん』
脳の奥底に、場違いなほどふんわりとした上品な女性の声が響き渡る。
「……誰だ?」
『全知の聖母、マリア・システムです』
「マリア・システム?」
『坊っちゃんを正しく導くための存在です』
死に際の幻聴か。
そう思いながら目を開けた俺の視界に、信じられない光景が広がっていた。
腕を組み、冷酷な目で俺を見下ろしている鬼教師ヴァルター。
その頭上に、黄金色に輝くあり得ない文字列が浮かび上がっていたのだ。
【期待値100・評価100・見放す可能性0】
……ん? なんだこの数字は。
あの男の目はどう見てもゴミを焼却処分する殺意に満ちているのに、期待値とはどういうことだ。
「あいつ、さっき俺を才能ゼロのゴミって……」
『照れ屋さんなのですね』
「絶対違うだろ!」
『先生の極上の愛、決して無下にしてはいけませんよ。坊っちゃんへの評価が限界を突破しております』
ふざけたことを言う能天気なナビゲーションと、謎の裏本音に俺はひどく困惑する。
だが、そんなことを考えている余裕は一瞬たりともなかった。
遅々として進むとはいえ、致死量の炎は確実に俺の肌へと迫ってきている。
『ご安心を。坊っちゃん、こっちの道が安全ですよ』
マリアの声と共に、俺の瞳の奥で淡い金色の光が弾けた。
燃え盛る炎の隙間を縫うように、一本の細く光るルートが床に浮かび上がる。
それが何を意味するのか考えるより先に、俺の足は光の道へと踏み出していた。
右へ半歩。
熱の壁が頬すれすれを掠め、髪の先端だけが焦げる匂いを残していく。
左へ半歩。首をわずかに傾け、上体を反らす。
真上から降ってきた特大の一発を、身体が勝手にかがんでやり過ごした。
俺はただ、マリアが示した光の道をなぞるように歩いているだけだ。
熱風が制服の袖を舐め、肌が焼けるような熱気を感じるのに、直撃はただの一度もない。
『あんよが上手♪ あんよが上手♪ 可愛い坊っちゃん。そのままゆっくりで結構ですからね』
過保護なオカンのような声が、頭の中で弾む。
『あらあら、あんなに危ない火の玉をミリ単位で完璧に避けられて、本当に偉いですねえ!』
(ミリ単位で避けるって……俺はただ指定された線を歩いているだけだろ)
頭の中で過剰に褒めちぎるマリアに内心で呆れながら。
己が神がかり的な絶技を行っていることなど知る由もなく、俺は一切の無駄を省いた足取りで出口の大扉へと進み続けていた。
最後の一歩を踏み出し、修練場の奥にある大扉に手をついた。
背後で吹き荒れていた圧倒的な熱波が、嘘のようにフッと消え去る。
張り詰めていた糸が切れ、俺はズルズルと冷たい床にへたり込んだ。
荒い息を吐き出しながら振り返ると、修練場は水を打ったような静寂に包まれていた。
さっきまで俺を嘲笑っていたセドリックが、口を半開きにしたまま固まっている。
「な、なんで……」
誰かの震える声が聞こえた。
「全部、避けたのか……?」
「いや、ありえないだろ……」
『皆さん、坊っちゃんの上手なあんよに驚かれたようですね♪』
俺はマリアの光る道を歩いただけだが、周囲の目には致死量の魔法を紙一重で見切ったように映ったのだろう。
だが、あいつらの反応などどうでもよくなるほど、俺の疲労は限界に達していた。
「絶対、殺す気だろ……」
膝をガクガクと震わせながら、恨み言を吐き捨てる。
『まあ! 何を仰いますか』
俺の絶望に寄り添う気など微塵もない声が続く。
『あれは先生からの極上の愛ですよ!』
頭の中で能天気なマリアの声が弾んだ。
「どこがだよ! 一歩間違えたら炭どころか骨も残らなかったぞ!」
『そんなことございません。炎の温度も軌道も、坊っちゃんの能力を引き出すための完璧な教育的配慮ですよ』
『あの御方、間違いなく最高の指導者です! 少し照れ屋さんなだけです』
「その解釈やめろ!」
ふざけた能天気ナビと、死の恐怖で震える俺。
激しい温度差のある脳内会話に、本当に頭がおかしくなりそうだった。
乱れた呼吸をなんとか整え、俺はふらつく足で立ち上がる。
そして、まっすぐにあの死神教授を睨みつけた。
ヴァルターは腕を組んだまま、氷のように冷酷な視線でこちらを見下ろしている。
だが、頭上に浮かんでいた黄金の文字列が形を変え、真っ赤に激しく明滅を始めていた。
【期待値:限界突破】
限界突破ってなんだ。
意味の分からない文字の並びに困惑していると、銀縁眼鏡の奥の目が細まり、口元が、ごく僅かに上がった。
「……ふっ」
見間違いかと思うほど、一瞬だった。
『坊っちゃん。ヴァルター先生、満面の笑みですね♪』
「!?」
戦慄する俺に向かって、ヴァルターはすぐに元の冷酷な顔に戻ると、忌々しそうに吐き捨てた。
「……チッ、悪運の強いゴミだ。合格だ、さっさと失せろ」
★★★ 全知の聖母あとがきシステム ★★★
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♪
大事なことなので、改めてお伝えしますね。
私は『全知の聖母、マリア・システム』です。けっこう凄いんですよ^o^
「坊っちゃんの成長を見守りたい!」「振り回される姿をもっとみたい!」などなど……楽しんでいただけましたら、坊っちゃんと作者の【やる気:限界突破】になるよう、
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