第15話:死神の帰還と、完璧すぎる上位互換
「……ひっ」
次の魔物の群れへ指示を出そうとした瞬間、俺の首筋を氷のような冷気が撫でた。
ただの魔法の余波ではない。
肌を刺すような、純度の高い絶対的な殺気だ。
「そこを退け、ゴミ共」
広場に、地獄の底から響くような声が落ちた。
振り返ると、すっかり安全地帯となって腰を抜かしている上位陣のさらに後方から、真っ黒なローブを翻して歩いてくる男の姿があった。
死神教官、ヴァルター・グレイヴだ。
その後ろには学園に残っていた教師と、さらに続くのはおそらく上級クラスの精鋭だろう。
「せ、先生……!」
「……これで助かった!」
上位クラスの連中が、彼に向かってすがりつくように手を伸ばす。
だが、ヴァルターは彼らに一瞥すらくれず、銀縁眼鏡の奥の冷酷な瞳で、ただ前方の魔物の大群だけを捉えていた。
「無様に這いつくばるな。邪魔だ」
ヴァルターが鼻で嗤うと同時に、凄まじい威圧感が放たれた。
上位陣が伸ばした手は、見えない壁に弾かれたように力なく落ち、彼らはさらに深く地面へと縮こまる。
「……ッ」
ヴァルターの登場により、盤面を支配していた俺のFクラスの面々すらも息を呑み、陣形がわずかに揺らいだ。
俺は痛む胃をさらに強く押さえた。
さっきまで、早く帰って寝たいという強い思いだけでギリギリ理性を保っていたのに。
なんでこのタイミングで、この学園で一番の理不尽が颯爽と登場するんだよ。
まさか、こんな時に何か新しい課題を押し付けられることはないよな?
俺の切実な絶望をよそに、ヴァルターは右手の杖をゆっくりと持ち上げた。
空気が軋むような音がする。
彼から溢れ出す尋常ではない魔力が、広場の温度を一気に氷点下まで引き下げていた。
杖の先端から青白い魔力の波紋が広がり、地面の水分がパキパキと音を立てて凍りついていく。
「これより残存する魔物を一掃する」
それは、彼の代名詞とも言える大魔法。
地形そのものを凍結させ、魔物の動きを封じた上で、極小の魔力で生成した不可視の『風刃』で無数の首を刈り取る、彼の必勝戦術だ。
先の巨人よりも遥かに数の多い魔物の大群を、一撃で刈り取るための絶対の型。
圧倒的な魔力圧に、押し寄せていた魔物たちですら本能的な恐怖を感じたのか、ピタリと足を止める。
この場にいる全員が、これから放たれる死神の大魔法に戦慄し、固唾を呑んで見守っていた。
俺だってそうだ。
あんなものを見せられたら、ただ縮み上がるしかない。
だが、俺の脳内だけは違った。
『あらあら。先生の魔法、広域を制圧するには素晴らしいのですが……』
ピンポーン、という間抜けな効果音と共に、マリアの能天気な声が響いた。
そして、俺の視界で、セドリックの足元から前方の岩壁にかけての一帯が、うっすらと赤くハイライトされる。
『あそこも凍って、セド君がすってんころりんです♪』
「……へ?」
思わず、間の抜けた声が漏れた。
目の前では、死神教官ヴァルターの杖から放たれる絶対零度の魔力が、ギシギシと軋む音を立てながら大地を純白に染め上げている。
「す、凄い……あんな広範囲の氷結魔法、魔物どもに防げるわけがない……!」
後方で固まっていた上位クラスの誰かが、驚嘆の声を漏らした。
冷気が一気に空へ舞い上がり、圧縮された風が鋭い刃の形へと変わっていく。
魔物たちすら異変を感じ取り、本能的な恐怖で動きを止めていた。
魔力値「2」の俺だって怖い。
あんな大魔法を見せられたら、ただ恐怖で縮み上がるしかないはずだが……。
俺の脳内のマリアだけは、ひどく平和だった。
『坊っちゃん! セド君が転ばないよう助けてください♪』
いや、今そこかよ。
辺り一帯を崩壊しかねない規模の大魔法が展開されているこの瞬間に、クラスメイトの転倒を優先させるの?
『セド君が転んだら魔力が暴発しちゃいます♪』
……それは……一大事だ。
限界を超えた情報処理で、頭が割れるように痛い。
ここでセドリックが転んで魔力が暴発し、ようやく安定した陣形が崩れれば、再び一から立て直しが必要になる。
下手をすれば、ヴァルター率いる精鋭達の邪魔をして、足手纏いになってしまうかもしれない。
それはつまり――俺の帰宅が、さらに遅れることを意味していた。
ただでさえ魔力値「2」の身体を極限まで酷使しているのだ。
これ以上無駄に体力を削られるのは、目の前の魔物の群れに敗北するのと同じくらい致命的な脅威だ。
俺は痛む頭を押さえながら、極めて事務的な動作で、足元に転がっていた親指大の小石へと視線を落とした。
『坊っちゃん。その石ころ、魔力を少々のせて光の目印に向かって、エイッと蹴りましょう♪』
風が鳴った。
大地が白く染まりきり、空気そのものが巨大な刃へと変わって放たれようとした、瞬き一つ分の猶予。
俺はひたすら早く帰ることを願いながら、無表情のまま足を振り抜き、ほんのわずかな魔力をのせて小石を蹴り飛ばした。
カチンッ。
小さな硬い音が響き、小石は寸分の狂いもなく、ヴァルターが構築した氷結の起点となる術式の一部へぶつかる。
魔力を帯びた小石の微小な衝撃が気流を歪め、広場を覆い尽くそうとしていた凍結範囲が、僅か数センチだけズレた。
ズザザザザァァァッ!!
直後、凍りついた大地の上を、目に見えない巨大な風の刃が吹き荒れる。
絶対零度の空間を一陣の暴風が駆け抜け、氷像と化した魔物たちをまるごと粉砕していく。
魔物たちが次々と両断され、血飛沫が純白の氷の上で無残に花を咲かせた。
恐るべきヴァルターの必勝戦術。
だが、俺は背中を向けて立つ鬼教官に向かって、ひどく面倒くさそうに呟いた。
「……先生、すみません。元の術式だとセドリックが転ぶんで、起点、ちょっとだけズラしました」
俺の言葉など届いていないのか。
ヴァルターは杖を振り抜いた姿勢のまま、微動だにしていなかった。
★★★ 全知の聖母あとがきシステム ★★★
ここまで読んでいただき、ありがとうございます♪
ちょっぴりシリアス展開になりました。空気の読める私はしばらくおふざけを控えます!
(※本編はある意味空気を読んでるんですよ♪)
「作者の手抜き定型文だろ!」と思いつつも……楽しんでいただけましたら、坊っちゃんと作者の【やる気:限界突破】になるよう、
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