第11話:圧倒的な力の暴力と、痛覚のない戦闘機械
「グオオオオオオオオオオッ!!」
鼓膜を突き破るような咆哮と共に、巨人がその岩山のような拳を振り下ろしてきた。
頭上を覆い尽くす死の質量。逃げ遅れた上位陣の絶望的な悲鳴が背後で弾ける。
だが、俺の心は恐ろしいほどに凪いでいた。
『右へ半歩。左肩を少し下げてください♪』
脳内に響くマリアの呑気な声。
同時に、俺の視界には「薄い光のガイドライン」が無数に浮かび上がっていた。巨人の拳が通過する軌道、巻き起こる爆風のベクトル、そして砕け散る石畳の破片が飛んでくる方向。そのすべてが、一切の狂いもなく完全に可視化されている。
俺は表情一つ変えず、指示された通りにスッと右へ半歩だけ移動した。
ドゴォォォォォォンッ!!
足先からほんの紙一重の場所を、巨人の巨大な拳が通り抜けて石畳を粉砕する。
凄まじい衝撃波が巻き起こり、周囲の空間がぐにゃりと歪んだように錯覚した。
飛び散る無数の石の破片が俺の全身を掠めていくが、制服の裾にすらかすり傷一つついていない。
「な、なんだあの動きは……!」
「魔法すら使ってないぞ……! ただ歩いているだけのように見えるのに……!」
背後で、上位陣の震える声が聞こえた。
対岸から駆けつけようとしていたヴァルター教官すら、俺の異常な回避行動に驚愕して完全に足を止めているのが視界の端に映った。
俺は無表情のまま、光のガイドに従って巨人の腕の隙間を縫うように前へ進む。
髪の毛一本分の隙間。
振り下ろされる連撃、薙ぎ払われる剛腕。
それらすべてがスローモーションのように感じられた。
マリアの計算と、俺の測定不能な反応速度が噛み合い、致死の連撃を「ただの散歩」へと変えている。
『次はしゃがんで、巨人の膝へ向かって駆け抜けてください♪』
指示に従い、俺は巨人の薙ぎ払いを屈んで躱し、そのまま一気に懐へと潜り込んだ。
このまま巨人の身体を駆け上がり、弱点である眼球の裏側へと剣を突き立てる。
光のルートは、そこまで一直線に繋がっていた。
だが、その時だった。
「グガァァァァァァァァァッ!!」
俺の動きにまったく触れられないことに狂乱した巨人が、両腕をめちゃくちゃに振り回し始めた。
それは俺を狙った攻撃ではなく、ただの癇癪のような暴れ方だった。
しかし、その巨大な質量が周囲の迷宮の壁や天井を無差別に殴りつけたことで、盤面が一瞬にして崩壊した。
ガガガガガッ!!
メリメリッ、と嫌な音が響いた直後。
天井の岩盤が限界を迎え、大小無数の瓦礫が雨のように降り注いできたのだ。
規則性など一切ない、完全に予測不能な死のカオス。
『警告……環境データ激変』
その瞬間、脳内でマリアの声が途切れ途切れに響いた。
『最適解の……再計算を……』
俺の視界に表示されていた光のガイドが、激しく明滅を始める。
「オカン?」
返事がない。
代わりに、耳障りなノイズだけが頭の奥で鳴った。
『……算出……不能』
ゾクリと背筋が冷える。
俺は反射的に横へ飛ぼうとしたが、飛んだ先にも巨大な岩が落ちてくる。
右。左。前。後ろ。
光の道標がなければ、どこが安全なのか全く分からない。
『回避ルートが……ありません』
マリアの声が、ノイズに紛れて今にも消えそうなほど小さくなる。
『生存確率……0%――』
『アップデート……再起動』
プツン、という無機質な音と共に、俺の視界からすべての光のガイドが完全に消滅した。
頼みの綱だったAIの沈黙。
それと同時に、俺の瞳に灯っていた冷徹な金色の光も、ブレて完全に掻き消える。
「…………」
頭が真っ白になった。
これまでずっと、マリアがいた。
どんな罠でも、どんな魔法でも、どこが安全なのか彼女が教えてくれた。
だから俺は、言われた通りに動くだけでよかったのだ。
でも。その光が、今はない。
指示がなければ、俺はただの魔力値2の落ちこぼれでしかない。
「嘘、だろ……」
喉が震える。
頭上からは、家ほどの大きさがある巨大な岩塊が複数、俺の頭を潰そうと真っ直ぐに落ちてきている。
逃げろと分かっているのに、足が鉛のように動かない。
怖い。
さっきまで消えていたはずの感情が、突然、強烈な吐き気と共に胸の奥へ戻ってくる。
心臓が痛いくらいに激しく鳴る。手のひらが汗で濡れる。膝がガクガクと震え出す。
絶対的な静寂の中で、俺は一歩も動けないまま、俺を押し潰そうとする『無数の死』を見上げた。
◆ ◆ ◆
俺を押し潰そうと迫り来る、家ほどの大きさの無数の瓦礫。
逃げることもできず、ただ死を覚悟したその時だった。
「――砕けろ」
対岸から響いた冷徹な声と共に、見えない魔力の刃が虚空を走り、俺の頭上に迫っていた巨大な瓦礫の『芯』を正確に穿った。
ヴァルター教官の、最小魔力による地形破壊。真っ二つに割れた瓦礫は、俺の両脇へと轟音を立てて落ちていく。
だが、目前には狂乱し、俺を狙ってめちゃくちゃに振り下ろされる巨人の剛腕が残っている。
「リオ様に、指一本触れさせるかァァァッ!!」
直後、背後から放たれた極大の炎魔法が、巨人の顔面で激しく爆ぜた。
セドリックだ。相変わらず大味で魔力効率の悪い魔法だが、その圧倒的な火力が巨人の意識を強引に引き剥がす。
「グガァァァァッ!」
激怒した巨人の一つ目が、俺からセドリックへと完全に標的を変えた。
振り上げられる剛腕。魔力を使い果たしたセドリックとアリアたちは、その場から動けない。あの一撃が直撃すれば、間違いなく彼らは肉片になる。
普段の俺なら、間違いなくこのまま絶望して胃を痛め、一歩も動けずにへたり込んでいただろう。
だが、自分を庇ったクラスメイトが潰されそうな光景を前に、プレッシャーが極限まで跳ね上がり、リミッターを完全に外れ、身体に眠る【測定不能の反応速度と空間認識能力】を引き摺り出された。
「セドリック!アリア!」
無意識に叫んだ瞬間。
掻き消えていた俺の瞳の金色の光が、今度は俺自身の意志によって、さらに鋭く再点灯する。
システムすら計算不能なカオス。
俺は地を蹴り、純粋な本能だけを頼りに自律行動を開始した。
ゴォォンッ!
頭上から落ちてきた瓦礫が、俺の鼻先を紙一重で掠めて背後の石畳を粉砕する。
舞い上がる土煙。
その中を、俺は獣のような反射神経だけで駆け抜けた。
右から薙ぎ払われる巨人の腕を、かわしてくぐり抜ける。
その風圧を利用して宙に舞い上がった岩の破片を蹴り、空中へと跳躍。
さらに上から落ちてくる瓦礫の側面を蹴って軌道を鋭く変え、巨人の顔面めがけて一直線に落下した。
それは、マリアの完璧な計算に基づいた優雅な回避ではない。
俺自身の反射神経だけで死地を縫うように駆け抜けた。
「グガァァッ!?」
巨人の巨大な一つ目が、突然目の前に現れた俺の姿を捉えて驚愕に見開かれる。
俺はその濁った眼球の真上、完全な死角となる頭頂部に着地すると同時に、手にしていた刃こぼれだらけの鉄剣を逆手に構えた。
狙うのは、ただ一点。
さっきマリアが言っていた、眼球の裏。
「ハッ!」
短い呼気と共に、俺は持てる筋力のすべてを込めて、そのなまくら同然の鉄剣を巨人の死角へと深く突き立てた。
ブチィッ、と太い神経を断ち切った嫌な感触が手に伝わる。
「グガァ、アァァ……ッ!?」
巨人の動きがピタリと止まり、痙攣したようにその巨大な一つ目が白目を剥いた。
そして、地鳴りのような轟音と共に、巨体は崩れ落ちるように前のめりに倒れ伏した。
ズズンッ……!
舞い上がる土煙の中、巨人の頭の上で、俺はゆっくりと息を吐き出して剣を引き抜いた。
『坊っちゃん! アップデートしてる間にご立派になって……』
ちょうど再起動が完了したマリアが、心底感嘆したような声を上げる。
(……オカン……遅いよっ!)
『可愛い子には旅をさせるもんですね♪ 不可抗力でしたが』
マリア節で気が抜けた俺の瞳から淡い金色の光がスッと消え、【冷徹スイッチ】が完全に切れた。
途端に、全身の筋肉が悲鳴を上げ、さっきまで感じていた死の恐怖が強烈な吐き気となってぶり返してくる。
「死ぬところだったんだぞ……」
俺は剣を取り落とし、巨人の頭の上でへたり込んで、本気で泣きそうになりながらオカンへの悪態を口に出していた。
だが、巨人が倒れた轟音に掻き消された俺の情けない悪態など、誰も聞いていない。
俺を見上げるアリアとセドリックは完全に言葉を失い、震える上位陣に至っては、俺を迷宮主以上の『化け物』として完全に畏怖し、その場に平伏していた。
そして対岸のヴァルター教官の頭上では、【感嘆・感銘:限界突破】という未知の文字列が、静かに明滅を繰り返しているのだった。
心なしか、その明滅のリズムに合わせて、ズズン……と不気味な地鳴りまで起き始めている気がした。
★★★ 全知の聖母あとがきシステム ★★★
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思ったよりスリリングでしたね♪ 私もすごく急いだんですけど……結果良ければ、すべて良し!
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