幕間【セドリック】第10話:規格外の迷宮主と、解析される死角
地の底から響く咆哮を聞きながら、私、セドリック・フォン・ヴァレリウスは、震える指先を強く握りしめていた。
思えば、先ほどの吊り橋が崩落したあの瞬間からだ。
私は咄嗟に浮遊魔法を編み、たまたま近くにいたアリアの腕を掴んで、瓦礫の隙間にわずかに残った安定した足場へと飛び移った。
貴族として叩き込まれたジェントルマンの矜持が、平民の彼女を見捨てることを許さなかっただけだ。断じて他意はない。
だがそのせいで、私たちとヴァルター教官の間には、崩落した巨大な空間が横たわってしまった。
そんな絶体絶命の状況で、この階層にいるはずのない一つ目の巨人が姿を現したのだ。
巨人の咆哮と異常な魔力圧によって、上位陣が逃げ込もうとしていたレスキュー用の魔法陣が、悲鳴を上げて砕け散る。
あれほど尊大だったエリートたちが、今や顔面を蒼白にしてへたり込み、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
前門の巨人、後門の奈落。あの死神教官ですら冷や汗を流し、すぐには助けに来られない絶望的な距離。
巨人が岩山のような剛腕を振り上げ、私たちをまとめて挽肉にしようと影を落とした時、私は完全に死を覚悟した。
だが、その絶望の只中で、一人の少年だけが動いた。
強力な身体強化魔法など使えるはずもないリオ様が、崩れた瓦礫の上を滑るように移動し、私たちから巨人の意識を引き剥がした。
一切の無駄を省いた神速の身のこなし。
その背中を見た瞬間、私の全身の震えがピタリと止まった。
丸まっていた猫背がスッと真っ直ぐに伸び、静かに息を吐き出すその後ろ姿。
つい先ほどまで死を恐れていたはずのリオ様から、恐怖も、焦燥も、絶望すらも完全に消え失せていたからだ。
ただ冷徹に、最適解だけを演算する戦闘マシーンへと変貌を遂げたその姿。
私は横顔越しに見た。リオ様の灰色の瞳の奥に、スッと淡い金色の光が走り、巨人のすべてを見透かすように輝いたのを。
「なっ……魔力も練らずに、どうする気だ! 逃げろ!」
背後で無能な上位陣が涙声で喚いているが、私は心底呆れ果てていた。
馬鹿め! リオ様は魔力以外でも戦える術をお持ちなのだ!
そして、リオ様が腰からゆっくりと引き抜いたのは、支給された刃こぼれだらけのただの鉄の剣だった。
魔力伝導率の極めて低いナマクラ。
キィン、と。轟音が鳴り響く迷宮の奥底で、その静かな金属音は不思議なほどはっきりと私の耳に届いた。
そして、その剣こそがこの絶望的な盤面における唯一の正解であることに気づき、私は戦慄した。
魔力を通さない純粋な物理の刃だからこそ、巨人が無意識に纏う濃密な魔力障壁をすり抜け、その肉体を直接破壊することができるのだ!
無造作に見えるその構えには、一切の無駄がない。
リオ様が見据えているのは、分厚い皮膚に覆われた巨人の唯一の急所……眼球の奥深くにある神経節だ。
巨大な腕が振り下ろされるコンマ一秒の隙を突き、極限まで圧縮された物理の刺突でその一点のみを貫こうとされている。
魔力値2というハンデすらも、巨人の魔力障壁を無効化するための緻密な計算の一部だったというのか。
どんな絶望的な状況でも、決して揺るがない絶対的強者の背中。
あぁ、なんて美しく、そして恐ろしいお方なのだ。
私は迫り来る死の恐怖すら忘れ、ただ両手を強く組み合わせて、至高の神業が放たれる瞬間を狂信の涙とともに待ち望んでいた。
★★★ 全知の聖母あとがきシステム ★★★
あらあら? 今度はセド君を……好き好き大好きになっちゃうパターンかしら? ……アリアちゃんのお好みはどちらでしょうね♪ 二人の間で揺れ動く乙女心……は描かれてませんが、明日の本編もご覧あれ♪
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