崇拝
「カルヴァリー・キラー」の名は、瞬く間に国中に広がった。
新聞の一面には、連日その文字が躍った。〈第四の犠牲者、大聖堂前に〉〈警察、依然として手がかりなし〉〈精神鑑定専門家が語る、犯人像とは〉。テレビの特集番組では、犯罪心理学者たちが競うように独自の推理を披露し、街の人々は恐怖に怯えながらも、どこか抗えない好奇心でそれらに見入っていた。
街の空気は、明らかに変わっていた。
夜の外出を控える者が増え、教会の礼拝には、これまで以上に多くの人々が詰めかけた。皮肉なことに、恐怖が人々を再び神の御許へと向かわせていた。ヨハネスは連日、不安げな信者たちに囲まれ、祈りの言葉を求められた。
「神父さま、どうか私たちをお守りください」
「大丈夫です。神は、いつもあなた方と共におられます」
その言葉を口にするたび、彼の胸の奥で、何か歪んだ笑いが込み上げてくるのを、彼自身は気づかないふりをしていた。
――五人目は、路地裏で見つかった、幼い子供たちに手を出していた元教師だった。
――六人目は、投資詐欺で老人たちの貯蓄を奪い、自殺者まで出しながら罪に問われなかった男だった。
――七人目、八人目と、被害者は増え続けた。手口は洗練され、装飾はより精緻に、そして大胆になっていった。ある遺体は教会の鐘楼の下に、また別の遺体は市庁舎の階段に。まるで街そのものが、彼の"祭壇"であるかのように。
警察は特別捜査班を編成し、街中に監視カメラを増設した。だが、ヨハネスはその都度、慎重に立ち回った。信頼される神父という仮面は、彼にとって何よりの盾だった。誰も、告解室で罪人たちの悩みに耳を傾ける穏やかな聖職者を、殺人鬼だとは疑わなかった。
街の反応は、次第に奇妙な様相を呈し始めていた。
「カルヴァリー・キラーは、悪魔だ」と恐れる声がある一方で、ネット上では別の声も広がり始めていた。彼が選ぶ被害者たちが、いずれも法の網をすり抜けた者たちであることに気づいた人々が、彼を「裁きの執行者」として称える書き込みを始めたのだ。
〈あの男は正義を為している〉
〈法が救えなかった者たちを、彼が救っている〉
そうした声を目にするたび、ヨハネスの中で、何か熱いものが静かに膨らんでいった。理解されている、という感覚。自分の行いが、単なる狂気ではなく、確かな意味を持つものとして受け止められている――その事実は、彼にとって麻薬のような作用をもたらした。
夜、教会の一室で一人になると、彼は密かに新聞の切り抜きを集めるようになっていた。自分の"作品"が、どのように語られ、どのように恐れられ、そしてどのように崇められているか。それを確かめる時間が、いつしか彼にとって、何よりも満たされたひとときになっていた。
「私は、間違っていない」
鏡に向かって、彼は何度もそう呟いた。
「これは、神の沈黙を埋める仕事だ。誰かがやらねばならないことを、私がやっているだけだ」
だがその言葉を口にするたび、彼の目には、これまでとは違う光が宿るようになっていた。かつて信者たちを優しく見つめていたあの穏やかな瞳の奥に、今は静かな、しかし抗いがたい陶酔の色が滲んでいた。
教区の古参の信者の一人が、ある日ふと漏らした。
「最近の神父さまは……少し、お変わりになった気がします」
その言葉に、ヨハネスはただ微笑みを返しただけだった。
「そうでしょうか。私は、いつも通りのつもりですが」
その笑顔は、これまでと寸分違わぬ穏やかさを湛えていた。だからこそ、誰もその裏側にある変化に、気づくことができなかった。




