罰
特別捜査班を率いる刑事、マーカス・ウェインは、粘り強い男だった。
八件の犯行を通じて、彼はある共通点にようやく気づき始めていた。被害者たちは皆、法によって裁かれなかった、あるいは裁きを逃れた者たちばかりだった。無罪判決、示談、証拠不十分――形は様々だが、いずれも「正義が果たされなかった」事件の当事者たちだ。
「犯人は、被害者の過去を詳細に把握している」
会議室の壁に貼られた被害者たちの写真と経歴を前に、ウェインは部下たちに語った。
「新聞記事だけでは分からないような情報まで知っている。誰かに直接話を聞ける立場の人間だ。医療関係者、弁護士、あるいは――聖職者」
その言葉に、部下の一人が眉を上げた。
「聖職者、ですか」
「告解室は、罪の告白を聞く場所だ。もし被害者やその家族が、どこかで自分の抱える怒りや苦しみを誰かに打ち明けていたとしたら……」
この仮説は、まだ捜査班の中でも確信には至っていなかった。だが、ウェインは密かに、街の教会をリストアップし始めていた。
その頃、ヨハネスの周囲にも、小さな変化が現れ始めていた。
教区の副司祭であるトーマス神父が、ある日、彼にこう切り出した。
「ヨハネス、最近あなたは……夜、よく出かけているようですね」
「病人の見舞いですよ。ご存知でしょう」
「ええ、以前からそうでした。ですが……」
トーマスは言葉を濁した。それ以上追及することはなかったが、その視線には、これまでにはなかった何かが宿っていた。疑念とまでは言えない、しかし確かな違和感。
もう一つの綻びは、思わぬところから生まれた。
三人目の犠牲者――暴力を振るわれ続けていたあの妻が、礼拝の後、ヨハネスに声をかけてきたのだ。
「神父さま……あの人が死んでから、私、少し楽になったんです」
彼女はそう言って、涙を浮かべながら微笑んだ。
「これは、罰当たりな考えでしょうか」
ヨハネスは、その言葉に何と答えるべきか、一瞬言葉に詰まった。
「……いいえ。あなたが安らぎを得られたのなら、それは決して罰当たりなことではありません」
そう答えながら、彼の胸には複雑な感情が渦巻いていた。彼女を救ったのは、自分だ。その事実を、彼女自身は知らない。誰にも知られてはならない。だが同時に、彼女の涙に浮かぶ安堵の色を見るたび、彼は自分の行いが確かに"誰かを救っている"のだという確信を強めていった。
その確信は、危険な方向にも彼を導いていった。
ある夜、彼は教区のミサの後、思わず口を滑らせた。信者たちに向けた説教の中で、こう語ったのだ。
「時に、神の裁きは、人の手を通してもたらされることがあります。それは罪深い行為に見えても、大いなる意志の一部かもしれません」
その言葉に、集まった信者たちは静かにざわめいた。トーマス神父が、鋭い視線をヨハネスに向けたのを、彼は見逃さなかった。
――しまった。
その夜遅く、ヨハネスは自室で一人、その日の自分の言葉を反芻していた。なぜあんなことを口にしてしまったのか。まるで、自分の中の何かが、外に出たがっているかのようだった。
彼は鏡の前に立ち、自分の顔を見つめた。穏やかな神父の顔。しかしその奥に、もう一つの顔が確かに存在していることを、彼自身が誰よりもよく知っていた。
二つの顔の境界が、少しずつ、しかし確実に薄れていくのを、彼は感じ始めていた。
そして同じ頃、ウェイン刑事のデスクには、街の教会のリストと共に、一枚のメモが加えられていた。
〈聖ステファノ教会 ヨハネス神父――要確認〉




