咎人
礼拝堂での一件から、街の空気は明らかに変わっていた。
教区の人々は不安げに囁き合い、警察は連日、街を巡回していた。だが、そのどれもがヨハネスにとって、むしろ心地よい緊張感として作用していた。誰も彼を疑わない。それどころか、恐れおののく信者たちを慰め、励ますのは、いつも通り彼の役目だった。
三人目の相手は、思いのほか早く見つかった。
教区内で噂になっていた男――妻に長年にわたる暴力を振るいながら、示談と口先だけの謝罪で何度も刑事罰を免れてきたという、保険会社勤めの中年男。ヨハネスはその妻が、痣を隠すように化粧をして日曜礼拝に訪れる姿を、これまで何度も見てきていた。
「大丈夫ですか」と尋ねても、彼女はいつも力なく微笑むだけだった。
その笑顔を思い出すたび、ヨハネスの中で何かが静かに焼けるように疼いた。
男を選んだのは、単純な理由だった。示談という制度が、法の裁きを金で覆い隠している。それもまた、彼にとっては「裁かれざる罪」の一種だった。
決行の夜、ヨハネスは男の帰宅路で待ち伏せた。今回は迷いも震えもなかった。声をかけ、少し会話を交わし、そして――静かに終わらせた。二度目のときと同じように、その瞬間の記憶は断片的だったが、以前ほどの空白はなかった。むしろ、自分の手の動きを、どこか冷静に俯瞰している自分がいた。
問題は、その後だった。
二人目のとき、彼は死体を廃教会の壁に、あり合わせの縄と釘で固定しただけだった。今回、ヨハネスは初めて、それだけでは足りないと感じている自分に気づいた。
――もっと、意味のある形にできないだろうか。
彼は男の体を運びながら、頭の中で構図を思い描いた。ただ磔にするだけでは、単なる模倣に過ぎない。これは"裁き"であり、同時に"浄化"でもあるはずだった。妻に振るわれ続けた暴力への報い、そして彼女が流し続けた涙への手向け。
場所には、街の中心部にある小さな公園を選んだ。人目につきやすく、朝には多くの通勤者が通る場所だった。危険は承知していたが、それ以上に、その危険さえもが今の彼には奇妙な高揚をもたらしていた。
公園の東屋の柱を利用し、男の体を固定する。両腕を広げさせ、頭は力なく垂らす。だが今回、ヨハネスはそこで手を止めなかった。
彼はポケットから、あらかじめ用意していた白い布を取り出した。男の胸元に、丁寧にそれを巻きつける。血の色を、せめて目に触れる部分だけでも覆い隠すように。そして、近くに咲いていた白い花を手折り、その布の上に一輪だけ添えた。
完成した姿を、ヨハネスはしばらくの間、身動きもせず見つめていた。
美しい、と初めてはっきりそう感じた。
汚れきったものが、静かに、確かに、聖なる形へと生まれ変わっていく。それは彼にとって、殺人という行為そのものよりも、遥かに大きな意味を持つ瞬間だった。まるで、自分の手を通して、何か大きな意志が働いているかのような感覚だった。
気づけば、空が白み始めていた。急がなければならないと分かっていながら、ヨハネスはその場を離れがたく、何度も振り返った。
最後に、彼は男の前に跪き、十字架を握りしめた。
「神よ」
声は、これまでよりも幾分落ち着いていた。
「あなたの裁きが届かぬ場所に、私がその手を差し伸べました。この者の罪が、ようやく形を変えられますように」
言葉を紡ぎながら、ヨハネスは自分の中に、確かな充足感が広がっていくのを感じていた。それは赦しを乞う祈りではなく、また単なる報告でもなかった。まるで、自分が果たすべき何か大きな役割の、ほんの一部を成し遂げたことへの――静かな喜びだった。
その日の朝、公園で遺体が発見された。通勤途中の女性が悲鳴を上げ、瞬く間に警察と野次馬が集まった。
街では既に、二件目の"磔刑の遺体"と関連づける声が上がり始めていた。同一犯による凶行ではないかと。
教区の朝の集会で、ヨハネスはその噂話に耳を傾けながら、努めて沈痛な面持ちを崩さなかった。だが、その内側では、白い花を一輪添えた自分の指先の感触が、まだ鮮明に残っていた。




