↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/12

贖罪

男の名は、ダニエル・クロス。


老女の孫娘を手にかけた当時、彼はまだ十七歳だった。少年審判の結果、彼が受けたのは数年間の保護処分のみ。今では二十代半ばになり、街の工場で働きながら、何事もなかったかのように暮らしていた。


ヨハネスは数週間かけて、クロスの生活を静かに観察した。勤務先、帰宅時間、行きつけの酒場。誰にも気づかれることなく、それらを一つずつ記憶に刻んでいった。


クロスが一人で夜道を歩く日を選んだ。街灯もまばらな、川沿いの道だった。


声をかけると、クロスは怪訝そうに振り返った。


「あんた……教会の人?」


「少し、お話が」


その声音は、以前ハウザーに向けたときと同じ、穏やかな響きを持っていた。しかし今回、ヨハネスの胸の内にあったのは、あの夜のような迷いではなかった。奇妙なほどの、静かな確信だけがあった。


「昔、ある女の子に酷いことをしましたね」


クロスの表情が強張った。


「……何の話だ」


「彼女の名前を、覚えていますか」


答えはなかった。ただ、後ずさろうとしたクロスの体を、ヨハネスは静かに、しかし迷いなく引き寄せた。


――それから先のことは、今回もまた、記憶の中で断片的にしか残っていなかった。ただ、川のせせらぎの音が、やけに大きく聞こえていたことだけを覚えていた。


クロスの体を前に、ヨハネスはしばらくその場に立ち尽くした。今回は、ハウザーのときのような焦りはなかった。むしろ、頭の中は驚くほど冷静に、次にすべきことを考えていた。


――この男は、隠す必要はない。


その考えが、自然と胸の中に浮かんだ。ハウザーは自分にとっての個人的な報い。だが、この男は違う。これは、法が見過ごした罪への、公然たる答えでなければならない。


彼は近くの廃教会跡――かつて信者の減少で閉鎖された、朽ちかけた礼拝堂を思い出した。街の外れにありながら、時折若者たちが肝試しに訪れる、人目につく場所だった。


クロスの体を運び込み、ヨハネスは礼拝堂の壁に残る古い十字架の下に、その体を横たえた。


彼は上着を脱ぎ、内ポケットから持参していた縄を取り出した。両腕を広げさせ、壁に打ち込んだ古い釘――かつて何かの装飾に使われていたのだろう、朽ちた木材に残る鉄の突起――にかけるようにして、体を固定していく。頭は力なく垂れ、まるで祈りを捧げているかのような姿勢になった。


完成した構図を、ヨハネスはしばらくの間、無言で見つめていた。


美しい、とは思わなかった。まだこの時点では、それは単なる「意味を持たせるための処置」に過ぎなかった。だが同時に、汚れきったものが、聖なる形に生まれ変わっていくような、言葉にできない感覚が胸の奥に広がっていくのを、彼は確かに感じていた。


空が白み始める頃、彼はようやく作業の手を止めた。急いで礼拝堂を後にしなければならない。誰かに見られるわけにはいかない――そう思いながらも、彼はその場を離れがたい自分に気づいていた。


最後に、彼はポケットから十字架を取り出し、クロスの体の前に跪いた。


「神よ」


声は、ハウザーのときと同じように震えていたが、その響きはどこか違っていた。


「あなたが裁かない罪を、私が代わりに裁きました。この魂が、あなたのもとで安らげますように」


言葉にしてから、彼は自分の口から出たその祈りに、微かな違和感を覚えた。それは懺悔でも、赦しを乞う言葉でもなかった。まるで、務めを果たした後の、報告のような響きを持っていた。


だが、その違和感を深く考える前に、彼は静かに立ち上がり、朝靄の中を教会へと戻っていった。


その日の昼過ぎ、街に一つの噂が駆け巡った。廃教会跡で、遺体が発見されたという。まるで、十字架にかけられているかのような姿で。


教区の人々は恐れおののき、ある者は「悪魔の仕業だ」と囁いた。だが、その輪の中でヨハネスは、いつも通りの穏やかな表情で、動揺する信者たちの肩に手を置き、静かに祈りの言葉をかけていた。


「神が、この街を見守ってくださいますように」


その声に、嘘はなかった。少なくとも、彼自身はそう信じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。