舞台裏の刃(一)潜入
リンツァに舞い込んだ今回の依頼は、愛と面子を踏みにじる見せしめの暗殺だ。
タルンシュタットを含む地域の、防衛卿の腹心からのものだった。
その卿と腹心夫人は密かに愛し合っており、それを知った腹心は殺害を決意する。軍人ならば正々堂々と決闘にて決着する所だが、この腹心は卿にそんな名誉すら与えたくなかった。
『防衛卿に不名誉で残酷な死を与え、それを自分の妻に見せつけて欲しい』
そんな依頼である。
防衛卿のような軍高位の立場ならば、内部での暗殺はあれど、外部の暗殺者へ依頼など滅多に来るものではない。リンツァギルドは下調べを入念にした。
依頼を持ち込んだのは、エルミア裏社会最大勢力の総帥。リンツァギルド出資者でもある。
ということは依頼主の防衛卿腹心もそれなりに裏に通じている、と言う立場であり、契約を違えることは確実にない。
万一違えれば制裁は苛烈。積み上げた地位が塵と消える所の話ではないからだ。
「表に出るのは私達だけれど、ルーの考えた凝った殺し方だと人手が必要になるわ」
ベルの意見は、「そんなに妻に見せたいのなら劇場の舞台で堂々と晒せば良いだろう」と言うルーの案を受けてのものだ。
「ま、裏方でも報酬は山分けだな」
「そうだね。か弱い女性に力仕事をさせる訳にもいかないし」
「ウチは漢気ある人らで助かる~」
これから凄惨な場を作ろうとしているとは思えないルーの軽々しい褒め方に、男メンバー達はいつも通りだな、と笑う。
パン、とマスターが手を叩いた。
「さて、準備はこの辺で良いだろう。計画は練りに練ったが不測の事態が起きた時は、分かってるね」
「はーい」
「もちろん」
バラバラに返事をしたり手を上げる。マスターは皆の意思を確認し、頷く。
「難易度は高い。今回の作戦の要はベルだ。頼んだよ」
「もちろんよ。できて当然ですから」
リンツァギルドの共通認識として、暗殺者は萬に通ず、という理念がある。
殺しだけなら二流。全てを兼ね備えて一流になる。皆、どこへでも潜入できる教養や作法、変装技を身に付けているのが、他のギルドと一線を画す所である。
「では、各自作戦行動へ」
『りょーかい!』
一致団結し、意識を高め合い、大掛かりな作戦に皆が高揚していた翌日に、国王よりおかしな石像が下賜されたのだ。
ルーの機嫌が激しく悪くなったのは、せっかくの心地良い緊張感を台無しにされたこともある。
そんなことがありはしたものの、面々は劇場に入り、それぞれの持ち場へついた。
***
一方、タルンシュタットに到着したローラント達は、カフェに来てみたものの、時間が遅かったのか閉まっていた。ルーがいたという酒場は情報の少なさゆえ場所の特定が出来ず、カフェで聞く予定が出鼻をくじかれた状態だ。
「明日出直そう。しかし、こんな石像をここに置かれては迷惑だろうな」
「十分通りの妨げになっているな」
メイン通りから外れた閑静な場所にひっそりと佇む店は、静かに寛ぐには良い場所で、道幅も荷を積んだ荷車がやっとすれ違えるほどだ。
「景観を損ねているな。目立たせるとはいえもっとマシなのを思い付かなかったのだろうか」
さすがにどうかと二人は思った。
だが、案外周囲の店や住民が気にしていない辺り、大都会でものどかな場所だと思うにつけ、国王が現れれば大変な状態であっただろうと不憫になった。
「ここにいても仕方がない。せっかくだから名物の劇場にでも行ってみないか?」
目に見えて落胆している友へ気を晴らしにと提案したレオニールも、ルディカが生きているなら、ローラントのために傍にいて欲しいと考え始めていた。
王族は孤独だ。自分はその孤独を埋めきれていない。従兄弟であっても立場が大きく違い、レオニール自身の家庭は貴族にしては優しい場だ。
「それもそうだな」
邪魔そうな石像を見ていても仕方がない。ローラントは提案に乗ることにした。
(あれは……)
見回りの密偵員が馬車に乗る二人を見掛ける。見た目は控え目だが平民では乗ることすら叶わない上等な馬車。明らかにそれなりの地位の者だ。ギルドに用があるとしても依頼ならばここでは受けない。
(カフェに用があったと考えた方が良い。マスターとジョゼに伝えねば)
国王の件もあり、密偵員は急ぎ劇場へ向かった。
***
そして劇場では。
子爵夫人に扮したベルは、侍女役ルーを伴い第二ターゲット──死体を見せつける相手である、防衛卿腹心の夫人が待つ桟敷へ腰を下ろした。
扇子を広げ夫人に顔を近づける。
「桟敷からの眺め、さすがのご配慮ですわ。こんなに良い席を取って頂いてお礼を言いませんと。それで、あなたの胸を熱くしているお方はどちらに?」
「まあ、子爵夫人。あの方ならボンボンを買いに行ってくださいましてよ。直に戻られますわ」
ルーは周囲を見渡す。さすが大劇場。逢い引きには打って付けと言ったところだ。高級娼婦達が出入りしているのも観覧席に華を添えている。
ターゲットは案外早く桟敷から離れてくれた。ならば実行に移ろう。パタンと扇子をたたむことでベルはルーに合図を送った。
「奥様、私もお飲み物をお持ち致します」
「ええ、そうしてちょうだい」
彼女の侍女役も完璧だ。普段、貴族の真似事はルーの役だが、使用人になりきるのも上手い。ベルはほんの少し微笑み送り出した。
腹心夫人に会う度に、ベルは微量の媚薬を使いながら心を掴んでいった。夫人はベルが気になり、次第に親友と錯覚してゆく。こうまで良く掛かると恐ろしいものだと内心ほくそ笑む。
ベルは頭に浮かぶ薬の調合過程から頭を切替えた。今集中すべきは目の前の任務だ。
去って行ったルーの方にさり気なく目をやると、離れた場所からルーが送ってきたサインに軽く頷いて見せた。
「殺る」という合図に承諾したのだ。
「それでね、あの方ったら……」
夫人は頬を赤らめ嬉しそうに愛人の話をしている。
こういう世間知らずな女ほど、色仕掛けの技などよりも強く男を惑わし破滅に追いやるものだ、とベルは殺害予定の卿とその腹心をそこそこ気の毒に思った。
***
劇場に入ったローラント達は、なかなかの絢爛さを面白く見物していた。思い思いに寛ぐ男女やカフェで語り合う男達。舞台以外にも楽しむ要素が多く、良くできている。
レオニールが今日の演目を通りすがりの給仕に確認しているのを何となく眺めていると、視界に一瞬一人の少女が飛び込んできた。
「すまん、外す」
「お、おい!」
既に見失いかけた少女を追い、ローラントは人垣をかき分ける。鼓動が痛いほど逸った。
一瞬見ただけの少女に、なぜかルーが重なったのだ。
「どこへ行った……」
確実に追いつける距離だった。それなのに後ろ姿がほんの少し見え隠れする程度で、どんどん遠ざかってゆく。
「お飲み物はいかがですか?」
さらに進もうとするローラントの前に、いきなりワインが差し出された。思わず視線がワインに向き、急ぎ少女を追いかけようと前を見ると、もう姿は消えていた。
「邪魔だ」
「失礼いたしました」
苛立ちで給仕を乱暴に押しのけ、ルーらしき影を探しに向かうと、背中に先ほどの給仕の声が響いた。
妙に懐かしく感じるが、今はそれどころではない。
給仕に化けている男、ジョゼは、連絡がなければ厄介だった、と内心で肩をすくめる。
追い掛けるローラントに続くレオニール。昔はよく見かけたものだ。随分とたくましい青年になった。
(ルーを探しに来た、と考えるべきだな。さて、どうする)
国王はルーを気に入った。ならば王宮に呼ばれる可能性は十分にある。セスとも事前に話し合っていた。ユリアン王子については今は気にする必要もないだろう、とジョゼは移動しながら考える。
ここにローラントが来たと言うことは、王はルーをルディカと気付いたと考えるべきだ。となると、あの目立つ下賜品は王が王宮で意思表示をしたと取れなくもない。
(で、王子くんはルーを嫁にでもしたいとか?)
マリエルとルディカの件があり、祖国メロヴィアはエルミアから密かに手を引いた。
小国でも大陸の要所にあるあの国との絆をエルミアはほぼ失っている状態だ。ヘルダルやルシタールと開戦すれば背後を突かれかねない。
それもこれも王家の馬鹿な権力争いのせいで。
次期王座を狙うなら、ルディカを手に入れたいだろう。
(利用させてもらおうかね。ローラント王子)
ルーは必ず守る。
王宮へ行くか国外か。どちらにしても味方が必要だ。
「マスター、話がある」
持ち場から離れたジョゼを見たセスは黙ったまま報告を聞き、ピクリと指が動く。素早く頭を回し、不測の事態の為の作戦を導き出す。
「作戦F」
「了解」
二人はそれぞれ別の方向へと進んだ。




