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ネベルム大陸記~喪の王宮~  作者: 猫戸針子
第1幕 暗殺者 殺戮天使ルー Rubato
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妹を想う

 ルーが国王とユリアンの二人と劇的な再会を果たした少し前。


 王都スヴィエルにも、マンデルブリューテの蕾が開き始めていた。

タルンシュタットよりやや北に位置する王都も大陸の中では温暖な方だが、この季節には雪が降ることもある。

それでもマンデルブリューテは可憐に咲き、寒い時期に見られるその温かな優しさに、近く到来する春を予感させてくれるのだ。


 秀麗でありながら、精悍な顔立ちの青年が、城下をゆったりと歩いていた。市民が差し出す花枝を受け取ると、胸元に挿した。



 ──兄様、タルンシュタットのお祭りってどんな風なのかしら。私も見てみたい。



 王都でも祭りは行われている。密かに連れ出した妹が、街の賑わいに目を輝かせていたのは数年前。


「ローラント、勝手にうろつくな」

「祭りなら麗しい貴婦人と歩きたいものをなぜ隣におまえがいるんだ。ああ、私は不幸な男だな」


 小言に大袈裟に溜息を吐き肩を組むと、連れは嫌そうな顔をする。

 人混みなのだから警戒しろと、先ほどからうるさいこの連れは、ローラントの従兄弟であり友、そして最も信の置ける側近レオニール。

 宮廷で貴婦人達にもてはやされる彼は、優美な面持ちに似合わず生真面目だ。それが面白く、ローラントはこの堅物な友をついからかってしまう。


「狙われたところで返り討ちにするだけだろう」

「騒ぎを起こしては付け入られる、ということだ。君の身の心配は特にしていないさ」


 5年前には共に激戦地へ放り込まれ死線をかいくぐってきた。互いに背を預けられる存在だ。

ふと、ローラントはあの離宮の方角へ目を移す。


 戦場から戻ったローラントに待っていたのは、訃報とも言えない凄惨な報告だった。

 離宮で発見されたマリエル妃の亡骸は、なぜそこまで、と言うほど刺し貫かれた痕がハッキリと残っていたと聞く。周囲には身元不明の遺体が数体転がり、マリエル妃の片手は布で剣の柄がしっかりと固定された状態で落ちており、戦闘の痕が確認された。

 襲撃に遭ったとの予想はついたが、どこを探してもルディカの姿は見つからなかった、という。


「あそこに行ってみないか?」


 胸から花枝を取り、レオニールに見せる。

 折に触れてはあの場所に花を手向けている。時折、誰かが訪れるのか、花束が置かれていることもある。野の花のようであることから近隣の村人であろう、とローラントは胸が締め付けられる思いだった。


「今は……」


 レオニールは言いかけ口を噤む。彼にとってもあの事件は痛ましいものであり、同時に不可解でもあった。


「いや、行こう。お供しますよ、殿下」

「心強いものだな」

「君らしくもなく弱気だな」


 ローラントは歩きながら空を見上げる。


 ルー、本当は生きているのか?


 同じ空の下にいると信じている妹に、胸の内で問いかけた。


「私らしいさ。根は繊細だぞ?」


 冗談めかすローラントに、ふっと笑うレオニールは、馬車を呼んだ。

 王座が近づくほど、背負うものも増えた。ローラントは肩に微かな重みを感じ、ゆったりと馬車に乗った。



 ***


 一方、タルンシュタットの片隅では、ひと騒動が起きていた。


「な……なにーーー!」


 王一行が街から消え去り、平和な日々が訪れていたカフェ・マリエルの元に、褒美の品という体の、店の物体が、ドカりと置かれた。それは2階に届くほどであり、邪魔でしかない。

 ルーは素っ頓狂な声を上げる。


「馬鹿なの? どこに飾るってんだよ! マスター、突き返せない?」


 置いた王宮の遣いは既にいない。


「返せるなら返したいし、売り飛ばしたいが、不敬罪で投獄だよ」

「何だか立派だけれど、もっと別なのなかったのかしらねぇ」


 ベルは頬に手を当て半ば呆れる。

 楽しませてもらった褒美にと、巨大な石像が、路地の手前に無理やり置かれていた。

 手をかざし見上げるジョゼが軽口を叩いた。


「2階に行くのが楽になったくらいでいいんじゃね?」

「それさ、王から下賜された物を踏んだとかでゴチャゴチャ言われんじゃないの?」


 周囲から羨望の声や歓声が上がっているが、本人達は少しも喜んでいない。何しろここまでの経緯が経緯だ。なんならぶち壊したい。


「市長に相談してくるよ。祭りの褒美とも取れるからね。上手く観光に利用してもらえるだろう」


 言うが早いか、店に置いておきたくないマスターはすぐさま出掛けてしまった。彼の気持ちを思えば複雑な心境だろうとジョゼは密かに思う。

 ルーにマリエル妃の最期は誰も話していない。


「こんな腹の足しにもならない物……。寄越すならパンだよパン!」


 憤慨し石像を蹴りそうな勢いのルーに、ベルは宥めるように話題に乗る。


「麦の買い占めはなくなったけれど、まだ高いものね。パン屋さんも値上げしないとやっていけないって嘆いていたわ」


 依頼を受けたルーがやや遠出して懲らしめた商会は、白麦を異常に蓄えていた。

 依頼外のことではあったが、大元がいるのでは、と調べると、外国へ高値で売り捌かれており、その金はさる貴族へと上納。商会は見返りをたんまり受け取っていた。


「珍しく正義の味方っぽい仕事だったのに、こういうのってきっと多いんだろうね」


 思い出すと石像などどうでも良くなり、あーあと声を上げる。


「まあ、キリがないわな。依頼のことだけ考えてろよ」


 ルーが依頼完了後にも何か調べていたことは、共に行動したジョゼが良く知っている。事情を聞いたベルは少しの間カフェと酒場をルーの分も切り盛りした。


 二人はルーが貧民を気にかけていることに気付いていたが、黙って付き合った。王族の視点を持ったまま暗殺稼業をしているルーには、生かすことと殺すことの線引きをしながら進むしかないことを身をもって経験するべきと考えたのだ。

 マスターのセスは何かが起こらぬ限り見守る姿勢でいる。


「あ、そうだ!」


 思いついたルーは、カフェの上にある自分の部屋からブローチを取ってきた。ルーの長剣と同じ紋章が刻まれている。


「ユリアンにパン寄越せって手紙書くのどう? これ返す口実になるし」

「いい案ではあるけど、そんなに簡単に王族に手紙なんて届けられるものなの? 」

「届けられないよ? だから、強引に渡すしかない。ね、ジョゼ」


 勘弁してくれ、とジョゼは両手を上げる。王族と二度も接触した今は、慎重に慎重を重ねて余りある。


「一緒にユリアンの部屋に投げ込みに行くだけだよ?」

「あぶねーこと考えてるじゃねーか! ダメだダメだ」

「はーい」


 渋々返事をするルーの両肩にベルの手が乗る。


「はいはい、たくさん悩んだから依頼の準備するわよ。もう着替えないと間に合わなくなるわ」

「そうだった!」


 二人はパタパタと忙しく2階へ上がった。


「さて、俺も着替えますかね」


 依頼が入った時、大物で大金だと皆賑わった。時間を掛けてターゲットの友人となったベルとその侍女役のルーという設定で、今日始末を付ける。

今頃ドレスの話題ではしゃいでいることだろう、と上を見上げ、ジョゼは静かに任務先へ向かった。



 ***


 その頃、ローラント達は南部の道を馬車に揺られていた。


「で、いきなり私用でタルンシュタット旅行とは、君の神経はどうなっているんだい?」


 馬車内でことある事に小言を言うレオニールに、ローラントは辟易していた。


「おまえは10日間も同じことを繰り返して良く飽きないな。春先の鳥か?」

「ああ、何度でも言ってやるね。いいか? 今からでも引き返すべきだ。カフェの名があのお方だぞ? ゾフィー妃など卒倒していたらしいじゃないか」

「あれはわざとだろう。おまえこそ分かっているのか? 父上がいくら世事に疎くとも庶民のカフェにあんなものを下賜するわけがなかろう」


 タルンシュタットの祭りの最中、王は早馬を飛ばしてまでカフェ・マリエルへの褒美を手配していた。

マリエルと聞けば、5年前に非業の死を遂げた王妃のことが誰しも脳裏を過る。

王はあの事件について宮廷に箝口令を敷き、マリエル母子は辺境に移り静養中とされた。亡骸がどうなったかすら分からぬ状況に、マリエル妃が死んだと確信している者にとって、此度の件は異常なことだ。


「ここに来ていきなり動きが出たんだぞ?タルンシュタットの祭りなんぞ毎年のように行っていたのに、だ。私の推測ではあるが、父の行為は、マリエル妃の死を悼む意思表示だと見ている。そして、あえて今、あの街のマリエルと言う店に贈ったということは……」

「ルディカ姫、か。生きていると本当に思うか?」


 マリエル妃は最期の力で剣を取り、気高さを見せた、と密かに伝わっている。それが娘を逃がす時間稼ぎだったとしたなら。その証拠に従者セスと使用人ジョゼの遺体も見つからないのだ。

 検死に当たった者の内の一人が「セスとジョゼがルディカ姫を連れて逃げた可能性が高い」と証言した後、王宮警護庁から出た結論は三人が行方をくらませた事実は確認できないというものだけであった。

 そんなことから、宮廷内ではルディカは死んだとも行方不明だとも言われている。だが、明らかに何らかの隠蔽が行われたとしかローラントには思えなかった。


「生きているのなら……守りたい」


 ──大きくなったら兄様のお嫁さんになってあげる


 可愛い子だった。

 殺伐とした宮廷生活の中、あの離宮で清らかな妹と過ごす時間はローラントにとって何ものにも代え難いものであった。

 腹が違えばエルミア王室では婚姻できる。いずれルディカを妃にとも考えていた。


「私はあんな小さな子すら守れなかった。何が王位に最も近い王子か」

「しかし、おまえは戦場に……」

「ああ、そうだ。肝心な時にな。だが、もし……もしも父上が固執する理由がルーだったなら」


 可能性は大きかった。ユリアンの言動だ。


 あの王子も、帰還してから何かとタルンシュタットの酒場で出会った少女の名を口にしている、と報告が入った。父が褒美を贈ったのなら、命の恩人に自分もと言っては止められている。

 その命の恩人というのがルーという少女だと。あまりに偶然が重なりすぎている。


「確かめたい。そしてルーだったなら、連れ帰り我が手で守る。父にもユリアンにも渡さん」


 馬車は二人の若者の命運を乗せ、ゴトゴトとタルンシュタット市へ入って行った。



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