最悪な再会(一) カフェに激震走る
マンデルブリューテ祭りは、タルンシュタットだけでなくエルミア王国の名物であり、二月中旬から行われる。
温暖な気候のこの都市には、多くの観光客が訪れ、静かなカフェ・マリエルもこの時ばかりは大賑わいになる。
そしてこんな時には暗殺者も忙しくなるものだ。
「んー、あそこのあいつが宿泊するとこは~」
「依頼が多過ぎるわね。マスター、何とかならないの?」
「マスターの安請け合いー!」
散々に言われているが、他のメンバーも手一杯だと愚痴をこぼす。ルーとベルはカフェと酒場を休むわけにいかないので、活動はその後になる。
「確かに多いね。いや、気付いたらこんなに届いていてさ。酒場の女将さんにも渡してきてくれないかい?」
酒場は酒場でも、ルー達がいるのは賞金稼ぎ酒場だ。それゆえあまりに物騒だとベルがルーの傍に付いたというわけだ。主に客に絡まれる危惧である。
「ショボイのしかあそこではできないから、他のギルドにも割り振ろうよ」
「それは考えているから大丈夫。ショボイのを頼むね」
マスターがルーの言い回しを真似すると、メンバーから笑いが起きた。
「たまには祭り楽しみたいけどさ、稼ぎ時だもんな」
「ターゲットなのにノコノコと来る気が知れないわね」
文句を言いながらも、稼ぎ時だと言う気持ちは皆一致している。
だが、この時期は暗殺者同士の縄張り争いも増える。リンツァギルドはこの街で顔が利くが、古株は別にいる。マスターはその辺をジョゼと共に上手く取引し、今までやってきた。
そしてマンデルブリューテ祭りの日。
毎年、国王がやってくる。ルー達にとっては最悪だが、一市民として決してバレないように細心の注意を払う。
早朝、大好きな時計塔に登って街を眺めているルーの傍にジョゼが座った。
「ここは風が冷たいな」
「おはよ、冷たいからいいんだよ」
ルーはジョゼの胸に薄桃色のマンデルブリューテを刺した。この花の優しい可愛らしさが気に入っている。ジョゼもルーの髪に飾った。
「えへへ、お揃いだね」
「この花、おまえに似てんな」
「褒めても何もあげないよーだ」
街がぽつりぽつりと上品な花枝で賑わっている。
立ちながら大きく伸びをするルー。バランス感覚が良いな、とジョゼはケラケラ笑う。
赤ん坊の頃から見てきた。今後どうなっていくのか。ただ生き長らえさせるだけでなく、ルーが幸せになる道を考え、ジョゼは悩んでいる。
(いつも傍にいてくれるよね)
気付くと傍にいる。スティーンはそういうものだとルーは幼い頃からそう聞いて育った。その中でもジョゼはいつも傍にいる。
メロヴィア巫女頭の守護役スティーンは、隠密を得意とし人の中に紛れる密偵だ。
スティーンやメロヴィア国の事。ルーには知りたいことがたくさんある。が、それを聞けば母の話に触れてしまう。怖くて……聞けない。
ルーは座っているジョゼの首に甘えながら後ろから抱きつく。昔よくおぶってもらっていた大好きな背中。
「どうした? またおぶって欲しくなったか?」
「もう子供じゃないもん」
「15はまだまだ子供だろ。よいしょっと」
立ち上がると、ルーは背中ではしゃいだ声を上げ、ジョゼにしっかりと掴まる。
「それー!」
「あはは! もう、ジョゼふざけすぎー!」
おぶりながら走ると、文句を言いながらもルーは喜んだ。ジョゼは一気に階段を駆け下りる。階段を降り切った頃には二人で大笑いした。
マンデルブリューテ祭りのパレードが終わり、国王の街中視察が始まった頃、観覧を終えた人々が一気に押し寄せカフェは大賑わいだった。
ギルドメンバーまで駆り出されるほどで、立ち飲み客も多い。
「ありがたいけど目が回りそう」
「頭の上にもトレー置くと便利だよ」
「それってもう曲芸ね」
ルー本人は真面目に効率よくやっているつもりだが、両手に皿を抱え、頭にはトレーで注文の品を乗せ、すいすいと渡している様子には、拍手まで湧いた。その拍手に釣られさらに客足が増える。
「凄まじい看板娘だな」
「どうやってるのかしらねぇ」
小走りになりながらもそんな会話をしていると、普段とは違う喧騒が聞こえる。何事かとベルが表へ出ようとした矢先、突如乱暴に開け放たれた扉に強く肩を打ち付けられた。
冷気とともにバタバタと長靴を鳴らした兵士達が無遠慮に入り込む。
「直ちに店外へ」
彼らは客の腕をつかみ、椅子をどかし、食器を脇に押しやった。「おい、待てよ!」「何だってんだ!」と怒号が飛ぶが、誰も抵抗できない。
あっという間に店内が一掃され、外からは歓声が上がる。
店内にはピシリと整列した兵士による静寂が残った。
「まさか……」
ベルは肩の痛みを堪え、急ぎ窓の外に目をやる。王旗に羽根飾りを付けた近衛兵が迫り来る。
ありえないことに、国王フリードリヒがやってきたのだ。呆然としたベルだが、扉の前で控えていた数名の兵士が恭しく王を通すと、マスターとメンバーは最敬礼をしていた。ベルも慌てて礼の姿勢を取る。
「ご注文は?」
近衛兵を傍に置き、悠然と席に座る王に、ルーだけが顔色も変えずに対応している。兵達から不敬だと声が上がったが、聞く耳を持たず、礼もせず、頭のトレーを下ろしながら王に冷やかな目を向ける。
「国王陛下が来られるのなら、事前通達くらいして欲しいものですね。あれだけ混んでいたんですから、お出しできる物なんてほとんどないんです。そんなことも分からないんですか?」
兵士が剣を抜きかけると、王は手を上げ制した。
「そなた、名は」
「ルーです。僕らは庶民でしてね。お宅らみたいな上品な言葉なんて使えませんから。不敬だと言うなら一流所を紹介しますよ」
平静を装うルーだが、足が竦みそうだった。
セスは髪を伸ばし片目を覆い隠しており、ジョゼは物陰に潜み様子を伺っている。そして自分はだいぶ成長した。
気付かれることはない、はず。
そもそも、この父が自分を覚えているとも思えない。
「ルーか。いや、似ている者がいたのでな。確かに庶民の暮らしに我は疎い。今出せる物をよいか?」
存分にぼったくってやろう。ルーは在庫を計算し淡々と説明する。上等だろうと、ここいらのコーヒーなどこいつが飲むとも思えない。
「当店ではブラックの他に、カプツィナーとミルヒカフェーをご用意しています。どちらも口当たりは柔らかいですが、いかがなさいますか」
「では、カプツィナーを所望しよう。クリームをやや多めにな」
「かしこまりました」
テーブルから立ち去ろうとしてルーは足を止め、王を振り返る。
「誰かに似ているとか、そういう言葉はこちらでは口説き文句と取られます。もっと良い雰囲気の時に使われると良いですよ」
「小娘貴様!」
いきり立つ近衛兵を王はうるさそうに手で払う。
「それは面白きことを聞いた。そなたの名と共に覚えておこう」
頭だけでちょこんと礼をしたルーはサッサとカウンターへ引っ込んだ。
王女だった頃、父から声をかけられたのは一言だけだ。言葉を交わすなど……初めてだった。
(小娘に喋りかけるなら……お母様にもっと話しかけてくれれば良かったのに!)
今ならここで殺せる。袖の下のナイフにそっと手を掛けた。
「ルー、クリームの用意をしてくれないか」
「マスター……」
小さく首を振るマスター。ここで騒ぎを起こせば積み上げてきた全てが水の泡になる。
ルーは視線を移し、気を揉むベルの表情に気づいた。
(僕はただの暗殺者ルー。王家なんて知らない)
言い聞かせ深呼吸をし、マスターから渡されたカップを受け取る。
(こっちが殺しかけていた。ルーの殺気のお陰で正気に戻れたな)
早く帰れとセスは胸の内で叫んだ。
なぜいきなり現れた? バレたのか。それとも、気まぐれか?
焦燥感から、店を囲む兵士の挙動音がいやに耳に刺さる。だが、兎にも角にも店長として挨拶せねばならない。
「国王陛下におかれましては、私共の店をお選びいただき光栄に存じます」
なるべく世俗風の挨拶をした。王はコーヒーを飲みながら店内を眺めている。
「マリエルとは、そなたの縁者の名か?」
おもむろに質問され、殺意が湧きかけた。が、穏やかさを表に出し、脱いだ帽子を揉む仕草をする。
「母の名でございます」
背中に伝う汗が冷たい。震えかける手を何とか留めた。
「そこの娘のか?」
「いえ、私のです」
セスの答えに王はやや落胆している様子だった。
「祭りに来る度に気になっていた。マリエルという名のカフェがあると聞いてな」
「はあ、それはありがたいことです」
「来れてよかった。美味いコーヒーだ」
怒りで喉が焼ける。あの日、母子を捨てたのは誰だ、と。
今すぐにでも殺してやりたい。
それでも……店主として頭を下げた。
王が席を立つと、従者と近衛兵が急ぎ従う。関わりたくないルーはずっと店先に立っていた。その前を通りがかった時、王は足を止めた。
「また来る」
「別に宣言しなくても好きな時に来てください。ぞろぞろ大勢で来て、お客さんを追い払うようなことをしなければ歓迎しますよ」
辛辣な物言いに王はふっと笑う。生まれてこの方こうまで言われたことはない。
面白い娘に育ったようだ。
「次はそうしよう。ではな、ルーよ」
無愛想にぺこりと頭を下げるルーを視界の中に入れ、王は悠然と通り過ぎる。
ルーの胸に揺れていた深い青のペンダント。あれを目にした瞬間、すぐに分かった。それに、あんな口調でなければ面差しも……母親にそっくりだ、と。
(生きていてくれたか……。そなたの名の付いた店に来たら会えるとは。これを運命と言わずして何としよう)
ルディカがどう過ごしているのか、早急に調べなければ。王は後ろ髪引かれる想いで店を後にした。
***
「殺されるかと思った……」
へなへなとその場に座り込むベルは、ルーが捕まり処罰されると心底恐れた。暗殺者として常に隙のない彼女にしては、あまりに不用意過ぎる。
「首繋がってるよ。二度と来んな!」
「やりすぎだったよ。私も肝が冷えた」
「マスターだって殺る気満々に見えたけど?」
「お? それ気付けるようになったか。ルーも一人前だな。あの兵士共は気付いてなかったぜ」
褒められて気を良くしたルーは、テーブルのカップとソーサーをマスターに次々と投げ付ける。やれやれとマスターは受け取ってはシンクに入れてゆく。
「やっぱり曲芸よね」
「違いねえ。二人ともハンパねーな」
賑やかさが戻るカフェでは、これが波乱の幕開けになることなど想像もしていなかった。




