二人の誓い(一)王族として
森から帰ったユリアンは王の執務室へ直接報告に向かった。
「以上が王家の森にてルディカと散策した全容です」
王は、ユリアンが不測の事態に対峙しつつも、冷静に記録していたことに感心した。ルーをできうる限り安全に導いたことも見事だ。
ユリアンの記録を手掛かりに、すぐさま森へ兵を送るよう宰相に指示した。
「父上、此度の侵入者の件以外にも、気になることがございます。ルディカの歌ですが……」
動物達の動き、心が洗われる感覚。
ルーの歌は確かに美しく心を揺さぶられる。それは本人の才ではあるが、動物にまで作用しているように見えたことが気になった。
あの歌には何か秘密があるのではないか。ルー本人は心から歌を楽しんでいる様子で、尋ねることができなかった。
「そうか……熊までも。気付いたのはそなただけか?」
「はい。やはり何かが?」
王はしばし考え沈黙した。ほとんど直接口を利くことがない父を前に、この沈黙はユリアンの中に緊張を呼ぶ。
小さく息を吐き、ユリアンに目を向け直した王の瞳には、どことなく憂いが浮き上がっていた。
「そなたはメロヴィアの巫女についてどこまで知っている?」
ユリアンが博識であるということを王はつい最近まで全く知らなかったが、そのお陰でルーの王位継承権獲得への支持者が増えたのは間違いない。
巫女と問われたユリアンは、何のことかすぐには思い当たらなかった。
「巫女と言えば5年前、彼の国の政変により虐殺され滅びたのが記憶に新しいですが、その歌は癒しの歌と呼ばれ、彼の国の信仰の対象になっている、ということ。そして、歌われている言語は……」
メロヴィア、5年前、言語……森で歌うルーの姿が鮮明に浮かび上がる。
「言語は、今は使われていない古代語という程度です。一つの家系のみから巫女は選出され……亡きマリエル様もその家系に連なるお方である、と」
王は深く頷き、重い口を開く。
「以前、マリエルに巫女について少し聞いたことがある。曰く、『体は癒せぬ』と。歌なのだから当然であろう、と当時はそれで話を終わらせてしまったが、もしもそれが『心を安定させる』という、まさに癒しの歌ならば……知られてはならぬ。メロヴィアの政変を起こした者は、知っていてのやもしれぬな」
ユリアンは王の言葉を重大なことと受け止めた。メロヴィアで崇拝されていた巫女は、王族にとって邪魔だったのだろう。王位簒奪した当時の王弟と宰相が真っ先にやったことが巫女の虐殺だったという。
それを糾弾する民衆の力は凄まじく、王弟と宰相が処刑されたことにより、幽閉されていた王家や貴族達は開放された、とユリアンは聞き及んでいる。
が、メロヴィアで今、異変が起きている。王族は奇病によりバタバタと死に、王も病に伏したと。
メロヴィアがルディカに擦り寄ってきているのは、単にエルミアとの関係修復だけではなく、王位を継がせる腹積もりであろう。
捨てておいて手前勝手な話だ。ユリアンは王にしかと視線を合わせる。
「この話は他言致しません。王宮に来て間もないルディカは今、マリエル妃との別れを強く惜しんでおります。静かに過ごさせてやりたいというのが、私の願いです」
心からの本音だ。小さな花に向ける眼差しの優しさ、冷酷なまでに機敏に侵入者を片付けた姿。狼から逃れ震わせていた手。
全てがルディカで良い。その全てが眩しく愛しく、守りたい。
「そなたは賢く、機転が利く。ルディカを守ってやって欲しい」
王が自分に頼み事を……。前代未聞の出来事にユリアンは内心ひどく驚いたが、これは父と子が末の子のために交わす約束、と捉えた。
「ルディカは私の大切な妹であり友人です。可能な限り守りたい、と考えております」
「頼んだぞ」
私的なこととして、ユリアンは目を伏せ答えた。
どこよりも黒く覆われた王の執務室を出た後、ユリアンは従者を連れ、ルーの部屋へ見舞いに訪れた。
「ユリアン! 今ね、僕の狼対決のこと話してたんだよ」
元気に迎えるルーに、ユリアンはどこか安堵する。
「あんなことは普通起きないからね」
釘を刺すと、相当に気を揉んだらしいデュラン夫人がユリアンに何度も礼を言う。まるで母親のようで、微笑ましい光景だ。
「ユリアンはすごいんだよ!」
女官の前でまるで自分のことのようにユリアンについて自慢する。
ふと見ると、泉で取ってきた花が鉢に植えられていた。
「可愛い花だよね」
君みたいに。その言葉は飲み込んだ。
「うん! また森に行こうね!」
屈託のない太陽のような笑顔が返ってきた。
歌がなくともルーは心に光を灯してくれる。ユリアンはその灯りをそっと胸に仕舞った。
ルーを見舞ったその足で、恐らく既に事件についての知らせが届いているであろう母の元を訪ねる。
半泣きで心配やら感激やらをされたユリアンは、誇らしく思いながらも、気になることを報告した。
「母上。私が森へ出立する前、フレデリク王子に会ったんだ。私には自分の件も含めて、あの方が何かをしているように思えてならない」
敵の敵は味方。兄弟の中でならフレデリクをよく知る人物はローラントであろう。そう考え秘密裏に会合をすることを打ち明けた。
しばし思案の後、エレナ妃は厳しい顔付きになる。
「それは、ルディカ王女のためですか?」
問われたユリアンに、その気持ちがないわけではない。影ながらルーに思いを寄せている。だが……。
「ルディカと接している内に大きな影響を受けて、その中で自分の責務を自覚したんだよ。私の暗殺未遂もマリエル妃暗殺も、本来あってはならないこと。これを許しては、王権が揺らいでしまう。ルディカは、私がおとぎ話のように考えていた民の暮らしというものを教えてくれた。そして私は、その民の頂点にいる我らが、何をすべきか考えるようになった。出した答えはまだ少ないけれど」
そして、きっとまだ自分ができることも少ない。だがこれだけは、ユリアンの中に確かなものとして芽生えた。
「エルミアは王の治世が磐石の国である、と内外に知らしめることが務めだと考えたんだ。それならば、私はエルミアの王子として不安の芽をできる限り摘んでおくべきだ。これは命を狙われた私自身のためでもある」
じっと耳を傾けていたエレナ妃は、ユリアンがいつの間にかこれほど自分の意見を持ち行動するようになったことに感動していた。
愛しげに我が子の手を取る。
「あなたの気概は十分伝わりました。ですが、事は急がず少しずつ。慎重に過ぎることはないと肝に銘じなさい。あなたの行動は、我らのみならずローラント王子陣営にも累が及ぶ場合があるのです。それゆえ、なるべく干渉してこなかったのですが、こうして変わってゆくものなのですね……。気を付けて行きなさい」
「母上、ありがとう! 行ってきます」
凛々しい顔を向けた愛する息子を扉が閉まってもエレナ妃は見送っていた。
「木の大精霊様、どうぞ我が子にご加護を……」
エレナ妃は、祖国の印を胸の前に描き、祈った。




