喪中の森(三)歌に秘められたもの
泉は小さな川を作り出していた。飲める水であることを確認済みのユリアンは、カップに入れルーに渡す。
熊への警戒で気が張っていたルーには、喉を通る新鮮な水が心地よかった。落ち着きふと耳を澄ますと、野生動物の声や木立のさざめきに、自分の身体が包まれていることに気が付く。
すーっと息を吸う。生命の躍動を感じる冷たさが喉を通る。
(みんな自然に還って巡る。やっとお母様も……)
そっと両手を胸の前で合わせる。母の旋律が頭に流れるまま、息を吐くように声に出した。
~♪
突然歌い出したルーをユリアンは静かに見守った。ルーの歌の言葉は分からないが、まるで誰かに捧げているかのようなそれは、優しく心を揺らす。
木の上でしきりに動いていたリスが止まり、鳥たちの声が微かに鎮まってゆくような気がした。
「!!」
離れた場所から熊が姿を現した。水辺に痕跡はなかったが、匂いを嗅ぎつけて来たのだろう。ルーは気付いていない。
この場からゆっくりと立ち去らねば。そう思ったユリアンだったが、熊の様子がおかしい。この時期、視認できる位置にまで来たなら、自分たちを追い払いに来ているはず。
なのに、様子を伺うように足を止めている。
ルーの歌は森に響き渡り、両手を広げて解き放たれた高声が木々へと伝わる。そうとしか見えない不思議な感覚をユリアンは覚えた。
そして熊は、ルーに気付かれぬまま静かに森の中へと消えていった。
(何が起きているんだ? ルーの歌は動物にも届くということ?)
気持ち良さそうに歌うルー。聞いている従者達も表情が穏やかになり、自然の一部にでもなっている様子だ。ユリアン自身も、ルーの歌がこの森と自分を繋いでくれているように感じる。
やがて歌はゆっくりと終息し、森の音が余韻を少しずつ覚ましてゆく。
「ここ、気持ちいいからつい歌っちゃった」
神秘的な空気をルーの声が優しく揺らした。
それは歌の続きのように感じるほど穏やかで、ユリアンに向けられた顔は奇跡のように美しかった。
熊のことを黙っていることにしたユリアンは、目当ての薬草とルーが気に入った花一株を仕舞うと、森から出ることを提案した。
ルーの腹が鳴ったからだ。
「お菓子食べれないのが誤算だったよ~」
「綺麗な歌声を披露してくれた人にはとても見えないね」
「だ、だって! ユリアンもお腹空いたでしょ?」
「少しね」
からかうとまた膨れっ面になるので、ユリアンは笑ってしまう。あの神秘がひと時の幻に感じるほど、ルーは活発な少女に戻っていた。
「ねえねえ、気になってたんだけど」
「どうしたの?」
「ここら辺でこの時期に狩りする人、いるの?」
ルーが指さした先には、罠にかかったうさぎがいた。
「いいや、ありえないことだよ。王家の喪中だし」
ここで狩りをする者はいないはず。ユリアンは眉をひそめながら罠に目を向けた。




