喪中の森(二) 黒衣の探検2
王家の森は、王族関係者を伴わねばみだりに入ることは出来ず、必要とあらば宮廷の許可がいる。奥に進めば案外深く、ここにしか棲息しない珍しい動植物等があることから、専門の研究所があるほどだ。
黒い厚布で覆われた馬車で移動したルーとユリアンは、各々従者を連れ森に入った。
ルーはジョゼを伴っていた。
「ユリアンってさ、すごいよね」
薬草を探しながら他の植物も観察して歩いているユリアンの隣で、毒草ばかり探しているルーが、ふとした様子で声を掛ける。
「今度はどうしたの?」
そう言っては、よく感心しているルー。
褒められれば嬉しいユリアンだが、王族の勤めをあまり果たせないことで、自分に自信が持てない。
「集中力とか貪欲さ? 忍耐強さも」
「それなら君もじゃないか。あ、その虫の幼虫、美味しいよ」
喋りながら、ルーは木の間に隠れている虫を気味悪そうに眺めている。近寄らなければいいのに、と笑いながらユリアンが幼虫がいる場所を見せると、ルーは両腕をさすりながらも覗きこんだ。
「ユリアン……これ、食べたことあるの?」
「うん、貪欲に知りたいから」
木の中にあるから火を通さなくても安全だ、とユリアンが食べてみせると、ルーも怖々と手を伸ばしギュッと眉をしかめ口にほおり込む。
「香ばしい!」
「意外にね。内陸の山の方はタンパク源になる物が少ないから、虫が郷土料理にもなってるようなんだ。で、この虫が食べてるこの草が、薬草。探す時に虫が目印になってくれるんだよ」
生まれてすぐに離宮。その次は海沿いの大都会で育ったルーには、珍しくて楽しい話だ。
ハーブや毒薬草をベルが調合しているのを見るのが好きだが、その草がどこに生えているのかまでは見たことがない。
「やっぱりすごい! ねえ、その郷土料理食べに視察って行けないかな?」
「虫料理だよ? 食べれるの?」
「さ、魚だと思えばきっと食べれるよ!」
ムキになって頬を膨らませる姿に、ユリアンは僅かに目を細める。友として過ごせるだけで良い、とすら思えた。
虫を食べてから少し先に行った場所で、ユリアンはルーの前に手を出した。
「止まって」
声が低く張り詰めている。察したルーは慌てて両手で口をふさいだ。
ユリアンとその従者は、腰の熊鈴を掴んで音を止めた。ルーとジョゼもそれに倣う。
「新しいな」
「この辺りを拠点にしているようですね」
木の幹に擦り付けられた爪の痕をユリアンが指し示す。背の低いルーからはだいぶ高い位置だ。ジョゼがしっかりと確認する。
ルーとジョゼは、狩りができても動物の細かな生態までは詳しくない。特に未知が多いこの森ではユリアンに従うことにした。
公式の場でもないので、ユリアンはルーの従者が直接話し掛けるのを許している。それはルーも同じだ。
「ここから先は諦めよう。少し距離があるけど迂回して泉を目指すけれど、痕跡を見つけたら避けながら歩くね」
「かしこまりました」
「りょーかい!」
この時期の熊は冬眠が明けて間もなく、空腹で気が荒いのだとユリアンが説明すると、ルーは怖々と深く頷く。
「だからお菓子ダメだったんだね」
ルーが馬車内で菓子を食べているのを見たユリアンが、水以外禁止だ、といつになく強めの口調で注意したのだ。
用心深くその場を離れ、ユリアンは鈴から手を離す。
チリン、チリン
四人の鈴の音が鬱蒼とした木立に響き、ルーは気配を察知できるよう、感覚を敏感にした。
サク……サク……サク……
土の上に生えた草を踏みしめる音が、妙に耳に響く。ルーにとって未知の生物に近い、熊という存在が感覚を研ぎ澄ます。
ユリアンは服の後ろに重みを感じた。振り向くと不安そうな顔で目だけをキョロキョロとしているルーが、自分の背を掴んでいた。
(怖がらせてしまったかな)
嬉々として剣を振るい、何をしていても堂々としているルーに頼られている。ユリアンは胸に不思議な熱さが広がった。自信、とはこういうものなのかもしれない。そんな熱さだ。
同時に、守りたい、と強く思った。
何をできる訳でもないが。
「もう少しで泉に辿り着くよ。今ならルーみたいな花が咲いてる」
「僕な花?」
敵がどこから来るか分からない気分になっているルーは、間の抜けた声を出した。後ろでジョゼがぶっと吹き出し慌てて涼しい顔に戻る。
(若いっていいねぇ)
ジョゼはニヤケそうな顔を抑えながら二人を眺めている。ユリアン側の従者も気持ちは同様なので、互いによく目が合う。
二人の仲が良好なことで、ジョゼもユリアンの従者も共に気安い。
ユリアンは、ルーに行き先を指差す。優しい銀に似た青い目が、熊を警戒していたルーを安心させる。
花の方が気になってきたルーは、ぴょんとユリアンの隣に立ち、先を急かし始めた。
「そんなに急がなくても花は逃げないのに」
「早く見てみたいもん。熊は?」
リン、と鳴る鈴にどうしても熊を意識してしまう。
元気になったかと思えばまた不安そうにするルーにクスリと笑い、ユリアンは森を見渡しながら、穏やかな口調で自分の自然との向き合い方をルーに伝えた。
「この森は、熊だけじゃなく色んな動植物がいるから、いつ何に遭遇するか分からない。彼らの住処に入っているのは私達だから」
「あ、そっか……。狩りの時はそんなこと考えてなかった。熊さん、ここが家なんだね」
自分達が侵入者……。ルーはそんな風に考えるユリアンが、森の一部に感じた。決して相容れないものに対する敬意も。
「やっぱり君はすごいよ」
「大袈裟だなぁ」
ルーは、最近になって仲良くなれたユリアンの知らない一面を見ることができて嬉しかった。ずっと軽視し、ともすれば敬遠さえしていたひとつ上の兄。話してみないと人は分からない。
隣を歩きながら、王宮より軽やかに歩くユリアンを楽しげに眺める。
ユリアンはのんびりと寄り道ばかりし、歩みはなかなか進まない。真剣に草木を見ながら詳しく教わると、ルーもユリアンのように自然の一部になれている気がしてきた。
少し歩くと、土が湿り気を帯び始めた。その先に可憐な花がぽつりぽつりと見える。
「わあ! 可愛いお花!」
「ここら辺からもう咲き始めてるね。湿地だから足元に気を付けて」
遠慮がちに差し出された手をルーは遠慮なく掴む。ユリアンは胸が跳ねる思いだが、ルーは花に夢中だ。
もちろん後ろで控えている従者二人は内心ニヤけている。
「あそこが泉だよ。この花はとても可愛らしくて優しい姿だけれど、ぬかるむような過酷な場所でも力強く根を張り花を咲かせる」
身をかがめ、そっと花に触れ静かにルーに眼差しを向けた。
「君に、似てるでしょ?」
少し照れながら話すユリアンの言葉に、花に触れたルーの顔が綻んでゆく。
出会った時のルーは、ユリアンには想像もつかない世界でたくましく生きているように見えた。人を殺しても平然とし、それなのに怯えきったユリアンを気遣い送り届けてくれた。
強く、優しく美しいルーに心惹かれ、傍にいて欲しいとどんなに思ったか。
そのルーが、失踪したとも噂されていた腹違いの自分の妹だった。春の陽の光のような笑顔が眩しかった、あの憧れの少女。
帰ってきたルーはタルンシュタットで出会った時とは違い、清楚で気品高い人に変わっていた。
どれが本当の彼女なのか。
ユリアンにとってはどのルーも大切な人だ。
マリエル妃のことで胸を痛めないはずがないのに。やっとできる葬儀がどういうことなのか分かっているはずなのに……。
(どうして君はいつも、そんな風に無邪気に笑えるの?)
様々な顔を持つルーの本質は、小さな野草を愛でる少女なのではないだろうか。ユリアンはルーの無邪気さを見るにつけ、もうそっと穏やかに生きて欲しいと願ってしまう。
「ユリアン、ゆーりーあーん!」
「え?」
「もー! 急にぼーっとして!」
「あ、ごめん。この花の根だっけ? なんで花じゃなくて根が欲しいの?」
とっくにユリアンの手を離しているルーは、近くで拾った枝で地面をつついている。根を見ようとしているようだ。
「強く根を張るって言うから、どのくらい張ってるのか見たい」
活発そうな目を輝かせている。ユリアンは従者からスコップと麻袋を受け取ると、慣れた手つきで花の根を掘り起こす。
「根っこ、そんなに短いの?」
「うん、短いけどしっかり土や石を掴む。そうして茎を伸ばして花を咲かせる」
「土と石がセスとジョゼみたい!」
ジョゼを振り返りさらに嬉しそうにする。少し離れた場所にいるジョゼは、恭しく胸に手を当て、口角を穏やかに上げた。
「そうだね。誰かがいないと立てない。木もだし、そこでルーが踏んでる草もね」
慌てて足を上げるルーの姿が可愛らしく、ユリアンは声を出して笑った。




