黄色に変わる真実
マリエル妃の死が正式に告示された。
──長らく辺境にて静養していたが息を引き取った。
王はそう、公表した。
公にしていなくとも、真実を知る者はいるが、王の発表がこうならば、国としてはマリエル妃は最近死んだことになる。
これまで様々な憶測を呼んでいた。殺害されたとも、逃亡したとも、すでに病死とも噂されていた。
明確な理由ができたことで、ようやく人々は、王妃マリエルの死を静かに悼めるようになった。
しかし、知る者は言う。
誰がマリエル妃を殺したのか。
公な犯人探しは、ようやく開始された。
「どーせ犯人出なくて、噂なんてすぐ終息すんだろうね」
不平を言いつつ、母の死が公となったことを機に、ルーは遺品を全て譲り受けることにした。
この中に毒が入っているのかもしれない、と考えると、毎日母が使っていた綺麗な小瓶の香水すら憎悪の対象になる。
「ルー、全部じゃないと思うから。確認するまで待っててね」
「ありがとう……」
マリエル妃の所持品は、王と宰相が手を回し辺境に置いていた。あたかもそこに住んでいるかのように、仮の母子まで住まわせていたのだ。その者らには、他言しない代わりに年金が約束されていた。
そして今その所持品は、遺品として王宮に戻ってきた。
当時付着した血痕は、可能な限り取り除かれていたが、寝台に置かれていたぬいぐるみにまで付いていた。それはルーが幼い頃に、母が作った大切な品だ。
抱きしめて泣くルーに付き添っていた王も共に泣いた。
マリエル妃の物として買い足されている品を帳簿から除くと、本人の品は圧倒的に少なかった。今のルーの所持品の方が遥かに多い。
ベルはルー達がどんな暮らしぶりだったのかを思い、切なくなった。
「ライヒ夫人、これで全てですか?」
「ええ……」
研究室を提供してくれたのは、ルーの侍医であり、ベルが密かに護衛として女官の位置にいることを理解しているクリストフ・フォン・リヒテンベルクだ。
彼はマリエル母子が離宮に移った頃、ゼラフィーナの推薦で宮廷医療班から派遣されていた。王女を気にかけ手が空くと教育を施していたので、王女は彼を先生と呼んで慕っている。
そんなクリストフにとっても、今回の作業は大きな意味を持つものだ。
あの頃、なぜ病が改善しないのか分からなかった。毒を疑い奔走したくとも、圧力がかかり思うように動けなかった苦い経験がある。
「このクリーム……おかしいわ」
「どうしましたか?」
「粘度が不自然なのです。これは……アルコール以外の油分?」
ハッとしたクリストフは、作業するベルの手元に食い入る。
今の時点で調べた所持品の中には、何の違和感もなかった。鼓動が逸る。
ベルが少量取ったクリームに、手持ちの液体を垂らすと、クリームはガラス板の上でサッと分離した。
「これは……」
「加熱してみましょう。とても嫌な予感がします」
分離した液体を静かにガラス皿に乗せ慎重に加熱する。
「なんと、いうことだ……」
クリストフは我知らず首を振っていた。目の前の物を信じたくない。
「……王女殿下がお生まれになったこと自体、奇跡です。あんなに華奢なお姿なのは……」
胸苦しい思いの中、ベルはガラス皿に残った白い粉末を少しだけ取り、液体試薬にパラパラと加える。
それはゆっくり……鮮やかな黄色に変わった。
クリストフは強く机を叩く。
「こんなことが……何が大陸外の材だ。どこにでもあるものではないかっ」
ベルはクリストフの背に手を当てる。長く思い悩み、苦しんできた彼の気持ちは察して余る。
だが、これは一般診察では分からないものだ。
「化粧品自体は大変高価で珍しい物です。それに、相当に毒に精通していなければ、殺さず堕胎だけを狙う高度な配分などできません。油の中に混ぜれば、香りも質感も隠せます。少量を毎日、が一番見破りづらいものですから。私もよく身近な材料を使いますので、それが使い方によってどんなに恐ろしい物になるのか……知っています」
背に温もりを感じながら、クリストフは嗚咽する。幼い王女の愛らしい笑顔と明るい笑い声が浮かぶ。そんな彼女から母を失わせてたのは……。
「あなたのせいじゃない。間違えないで」
「……っ!」
ベルは黄色に染まった試験管を持ち、クリストフの顔に突き付ける。
「これを作った者が、もしこの宮廷の誰かと繋がっているなら……これからが戦いです。からくりを見抜かれたと敵に知られれば、今度は王女殿下に何をされるか分かりません。クリストフ先生、王女殿下を守ってください。お医者様として。私ができるのは毒を作るだけだから、確認することしかできない」
「ライヒ夫人……いいえ、あなたは素晴らしい。聡明で勇気のある女性です。私では毒まで見抜けません。ですから、共に守りましょう。あなたは毒の回避を。私は姫の健康に目を光らせます」
頷き合った二人は、調べた痕跡を可能な限り消し、まずは王に報告した。マリエル妃の所持品には二つ、ヒ素入りの物が発見された。
王はあまりのことに声を失いかけたが、ルーがあれだけ元気に生まれたことが、いかに奇跡であったかを知り涙した。
***
「あらまあ、ヒ素とはねぇ」
侍医とベルが説明している間、人払いをした上でデュラン夫人とクラーラが立ち会った。二人は大きくショックを受けている。
「王女殿下? 大変なことなのですよ?」
クリストフはルーの気さくな会話を知らない。ベルもルーも社交の顔で振る舞う。
「ええ、わかっているわベル。私は外国の医師とやらが、お父様にわざわざ大陸外と言ったことが引っかかっているの」
気遣わしげなクリストフの視線を感じつつ、ルーは思考の中に入る。
クリストフの話では、ヒ素と判明したところで母を治せなかった。
ネズミ駆除にも使われることはルーも知っているほど非常にありふれた物だ。なのに、曖昧な答えの中に大陸外の材、などと言う必要性があったのだろうか。本来「分からなかった」で済む話だ。
いや、そもそも毒だと仄めかす時点で、病気の説を否定しているようなものだ。
ヒ素に辿り着く可能性を避けたかったのか。
「違う……それが本命じゃない」
ルーは立ち上がり部屋を歩き回る。
ベルの言う通り、毒は殺す方が楽。病死に見せ掛けるなど毒の常套手段だ。
では殺してはまずい、状況か立場ということになる。
「エルミアが絡んでる?」
殺されたことを隠さねばならないほど、王妃の死は国の十大事であり、慎重になるべき問題だ。国を乱したくない、と言う意思が伝わる。
それは離宮襲撃者にはないことだ。
「だったらやっぱり同一じゃない。あの頃の情勢は確か……」
ピタリと立ち止まる。ドレスの裾がややはためくように揺れた。ルーはさらに深く思考する。
母が健在だった頃、メロヴィアとエルミアは友好関係にあった。その時点ではメロヴィアが母に手を出す理由がない。
ではこの犯行はエルミア人か。その線は最も濃厚であり、恐らくそうであろう。だが、父がやり取りをした医師の「大陸外」という言葉がどうしても引っかかる。
以前話していたベルの仮説、そしてどこにでも手に入るヒ素、わざわざ大陸外に目を向けさせようとしているかのような、医師の文面。
ルーはハッと顔を上げた。
「あ……ルシタール」
「何か分かったのですか?」
自問自答を繰り返しているルーの様子に、気を揉んでいたクラーラが声を掛ける。
そんなクラーラに向け、ルーはパチンと指を鳴らした。
鼓動が逸り、目が開いてゆく。
ルシタールはエルミアの隣国でありながら国交はなく、一部地域では小競り合いも続いている。大陸の要所たるメロヴィアを巡り、ヘルダルを交えた三国は、常に互いを出し抜こうとしていた。
そんな中、母マリエルがエルミアへ嫁ぎ、強固な同盟が結ばれた。三国の中で同盟を結んでいなかったルシタールが、苦々しく思っていたとしても不思議ではない。
メロヴィアは、急速にエルミアから距離を置いた。そして、そのメロヴィアと結びつき、強固な同盟国を結んだルシタール。
ならば……。
ふー、っと深く息を吐いた。侍医のクリストフがまだいる状態で迂闊なことを口に出せば巻き込む。
ルーは静かに手紙を書き出した。推理が間違っていなければ、尻尾くらいは掴める。
「ベル、ギルバート氏へ」
確信に満ちた表情のルー。ベルは王女の印の入った手紙を受け取る。
「行ってまいります」
「必ず護衛を付けなさい」
ベルを送り出したルーは、天を仰いだ。
ギルバートなら必ず見付けてくれる。そうしたなら、犯人には恐怖を迫らせよう。じわじわと毒が効くように。
ルーは母の血の付いたヌイグルミをぎゅっと抱きしめた。その表情は……普段と変わらず朗らかなものであった。




