決闘(一)王位を懸けた戦い
ルディカ王女とフェルデン将軍の決闘試合の触れが出され、その日の内に王国軍練兵所にて行われることとなった。
「流れでこうなっちゃった」
ルディカの居室に戻り人払いをしてより、頭を抱えんばかりのデュラン夫人に、やる気満々のルーがカラリと笑う。そこに血相を変えたレオニールと愉快そうにしているローラントが現れた。
「大変なことになったな。特におまえに対するマティアス陣営の評価の激変が」
「そんなことを言っている場合か! あのお年でも現役の王国式剣術の使い手だぞ」
フェルデン将軍はローラントの剣の師でもある。つまり、王国式剣術は全て修めているということだ。
「あの方は力技と奇策で敵を翻弄することで有名でしたね。それに対してルーは姑息な戦術が得意ですから、相性は良いでしょう」
姑息で何が悪い! とセスに向かい拳を振り上げるルーだが、さすがは剣の師だ、と嬉しくなる。
「あんな人が手合わせしてくれる機会なんて滅多にないし、負ける気ないし、心配されるのは心外だよ。死ぬかもしれないけど」
最後の言葉で卒倒しかねないほど青ざめるデュラン夫人に、ベルがルーの冗談だと苦しい言い訳で落ち着かせる。
「さすがに殺すようなことは……なさいませんでしょ? 将軍職を継がせるとまで仰ってるのですから」
「そうだな。そうなられると困るが。ユリアンも面白かった。爪を隠しているとはこういうことか」
呑気に菓子を食べているルーは、ローラントをじっと見ている。場の流れを大きく変えたのはゼラフィーナ妃の言葉だった。
ローラントは信じている。ゼラフィーナ妃は母マリエルと仲が良かった。しかし、侮れない。少し様子を見た方が良い。
そこで、話題をさり気なく戦闘着のことに切り替えた。
「ああ、それなら用意してきたぞ。レオニール」
戸惑う表情で控えの間へ向かったレオニールに、ルーは嫌な予感がした。
「なに……これ?」
騎士服ではある。先ほどまで着ていた物よりヒラヒラとし、やけに清楚で愛らしい。
「ギルバートより訓練用にと預かっていたのだが、なかなか渡す機会がなかった」
「演劇用じゃん! 絶対ギルバート様の趣味だ!」
「いいご趣味だ」
憤るルーをローラントは優しく諭す。
「考えても見ろ。宮廷なんぞ剣も振るえん者ばかりだ。そこで王女として魅せるのなら優雅で美しい方が良いだろう。いいか? 勝つだけではなく王女の魅力も出してこい。練習着など着ては興醒めもいいところだ」
楽しみで仕方ないといった様子である。レオニールとデュラン夫人は揃って額に手を当てた。
セスとベルは衣装をじっくり見ている。
「できないことはないわね」
「ルーは何を着ても戦えるよう鍛錬してきているからね」
ルーに助け舟は来ず、愛らしい騎士衣装は採用されてしまった。
しかし、ゲンナリしつつも予感がある。
「フェルデン将軍、相当に強そうだけどね。僕、あの人初めから嫌じゃなかった。変なことする人じゃないと思う。だからあの人との戦いを邪魔されたくない。兄様、レオニール、セス、ベルおねーさん」
名を呼び一旦言葉を切ると、部屋にいる皆の顔を見渡す。
「あれだけ派手にやったんだ。敵が動かない方がおかしい。練兵所なんて宮廷外だから、うってつけでしょ。だから、来る前提で動いて欲しい」
ローラントとレオニールは目を開き、セスとベルは頷く。
スティーンの数人は既に調査に出ているが、ルーの言ったような情報はまだ入っていない。セスは慎重に口を開く。
「ここは少数精鋭で動こう。殿下、よろしいですか」
リンツァギルドマスターとしての顔を覗かせたセスに、ローラントは頷く。
「時間がない。人員の配置を決める」
***
練兵場へ到着したルディカは、控えの間でフェルデン将軍と鉢合わせ、思わず吹き出す。
「ふふっ、なんです? その古代ロマンな出で立ち」
「くっくっ、姫もだいぶいじられましたな。傍観者向けでございますよ」
窓がないので、ルーは少し開いた扉から外を覗いた。
「なぜこんなに観客が?!」
飛び上がらんばかりに驚くルディカに、将軍は豪快に笑う。
「それは仕方ないでしょう。私もあなたも名が知れている。王宮と言うのは噂の流れる速さが尋常ではないのです。伝令に使えるのでは、と常々思いますね」
肩をすくめ気さくに話してくれる将軍。ルーは戦いを楽しみにしていそうなこの人に、不穏なことを知らせないことを決めた。
そこで入場の笛が鳴った。合戦でもするのかという物々しさだ。
「完全に娯楽化されていますが、殺すつもりで来てください」
「面白いことを言いますな。では私も。首を取るつもりで来なさい」
互いに不敵な笑みを浮かべ合う。将軍が扉を開きエスコートする。
出で立ちに似合わぬ仕草だが、好ましい。ふわりと微笑みで返し、ルディカは練兵場へ進んだ。
客席に手を振る将軍に促され、ルーも振ると大歓声が上がった。肩を並べて喋っている様子は、本当に祖父と孫のような和やかさだ。
貴賓席にいる国王と王族に二人揃って優雅な敬礼をする。
「ルディカ王女、並びにフェルデン将軍。双方の言い分をこの決闘にて決着させる」
国王の言葉に歓声は沈黙し、厳粛さが広がる。
「勝敗はどちらかが降参、もしくは戦闘不能となること。審判の合図に従い存分に戦え」
「かしこまりました」
「御意」
双方相対し剣を抜く。ルディカ用の細い長剣が陽の光を反射する。
途端にスっとルディカの表情が変わった。全く感情が読めず、気配も薄い。
(ほう、姫は騎士向きと思っていたが、これはなかなか)
この年で闘志も気迫も出さず、鋭い刃のような冷たさを感じさせてくる。将軍はヒリヒリとする皮膚にニヤリと笑う。
「双方構え!」
将軍は正面に構える。対してルーは切っ先をゆらゆらと揺らしている。
(メロヴィア剣術か。エルミア王国剣式剣術を披露すると聞いていたが……)
審判は不思議に思いつつも、手を挙げた。
「始め!」
審判の掛け声と同時に動いた二人に、優雅な拍手が広がる。それはまるで舞踏会の幕開けのようだ。
放たれた短剣が、鋭くフェルデン将軍めがけて飛ぶ。
弾く間にルディカの剣が蛇のように接近し、避ければ真っ直ぐな突きが不規則に襲いかかる。
メロヴィア剣術、エルミア王国式剣術、そして恐らく我流。
正々堂々と戦うつもりなどない。王国式剣術を見たければ勝手に見定めろ。姫は攻撃でそう伝えてきている。
「はははっ! 面白き姫だ!」
華麗に戦うルディカの動きは美しかった。一挙一動が舞っているかのようだ。
(こんなに美しく戦う者は、初めてだ)
反撃しようとすると死角に入り、どこからともなく斬りつけてくる。王国式剣術を自然に使いこなし完全に殺しにかかってきている。
将軍の重い剣。
豪快かつ美しい弧を描いた鋭い振りが、ルーに襲いかかる。ギリギリまで引き付けいなすが、将軍は大技の勢いを殺さぬまま力強く踏みとどまり、ルーのカウンター攻撃を受け止める。
「あの技……っ!」
観覧席のレオニールが呟く。
ただのカウンター攻撃ではない、王国式剣術のステップによっていなされ、繰り出される防御法。それをさらに攻撃に変えた技だ。
教本には書いてあるが、若年で使える者などローラントのみ。レオニール自身は未完成のものしか扱えない。
「ルーは一度教えればできてしまっていた。才は恐ろしいものだな」
王国式剣術の師であるローラントは、この戦いに自分の教えがどう生きているのか、見られることが楽しい。
気配を切り、踏み込みの反動で身を翻したルーは、回り込むように将軍の背後から首に切っ先を突きつける。
が、しかし、後ろ向きのまま素早く突き出された将軍の剣に弾かれ、ルーは飛び退いた。
「手がビリビリする。馬鹿力なのに俊敏って反則」
「そんな華奢な身体であれほど動ける方が反則だと言いたいぞ」
「楽しくてしかたない! 勝っても孫になりたくなった! 」
「負けるつもりは無いが、姫が王になるのを見てみたくなった」
双方、高度な王国式剣術を実戦的に練り込んだ攻防戦を繰り広げる。観客は息をのみ、場を包んでいた厳粛な空気が徐々に興奮の渦に変わってゆく。
貴婦人達はオペラグラス片手にドレスを翻し立ち上がる。
フェルデン将軍は年を取っており、ルディカはうら若い乙女だ。まさかこんな戦いになると思っていなかったのだ。
純粋に武と武がぶつかる様は、剣を持たぬ者達をも圧倒し、観客を熱気へ引き込む。
将軍の一閃を受け弾き飛ばされたルーが体勢を立て直そうとした時、ザワりとした感覚があった。
「危ない!」
振りかぶった状態の将軍の背に矢が飛んできた。
「ぐっ!」
「将軍!」
急ぎ矢が飛んできた方向を見る。既にジョゼらスティーンが向かっていた。
ルーは周囲を警戒しながら将軍を庇い剣を構える。
拍手と喝采の華麗な熱気の場は、無粋な一矢により粉々砕かれ、悲鳴へと変わった。さらに「無粋な! 」「名誉ある戦いを汚した! 」と射手を非難する者、身を隠す者など、場は騒然とした。
刺さったのは毒矢だった。将軍は呼吸が乱れ冷や汗をかいている。
ローラント、レオニール、セス、ベルは、示し合わせたかのように駆け寄り、兵よりも早くルーの周囲を固めた。
「本当に当たったな。フェルデン将軍、大事ないか」
「殿下……姫を……!」
顔から血の気が引いてゆく将軍をルーは自ら肩を貸し、セスとベルが支えに入る。
「将軍、もう少しの辛抱です! お気を確かに!」
「次は……戦場ですな。この老骨、馳せ参じよう」
「……その時は、背中を預けます」
気丈に笑うフェルデン将軍。
もう少し早く気付けたのに……。ルーは奥歯を噛み締める。戦いが楽し過ぎ、集中していた。
「レオニール、引くぞ!」
「はっ! 姫、前方は私が守りますゆえお先に」
「ありがとう!」
これと同時にジョゼらは騒然とする観客席で下手人を捕えた。
国王はルーを目で追いつつ手を上げる。
「国王陛下の御意により、ただ今の決闘を中止する!」
侍従の声は兵士や役人によって繰り返され、波のように観客席全体へと伝わった。




