初めての謁見(三)混沌の潔さ
語り終えると、総主教は王に礼をした後、ユリアンに礼をした。
大きく揺れる宮廷。渦中にいるルディカを巡り何かが変わろうとしている。
「昔の話であろう。今は違う」
「伝統と言ったのはそなただろう。私は歴史的事実を言ったまでだ」
何とか言い繕うとするフェルデン侯爵に、正論を突き付けるユリアン。ざわつく中で、徐々にフェルデン侯爵は孤立してゆく。
(あの人、敵じゃない……)
直感だが、ルーは最初の第一声からフェルデン侯爵をそう見ていた。権力が大きい程度の、ざっくりとした人物像しか知らない。しかし、勘が告げる。
フェルデン侯爵のすぐ傍にいるマティアス王子をチラと見ると、飽きて眠そうにしている。それを母のマルガレーテ妃が何とか集中させようとしている。
(人には向き不向きがある。僕が王家に向いてるとは思えないけど、あいつ、昔の狩りでも嫌そうにしてた)
だが祖父は名の通った将軍だ。これでは双方意見も合わないだろう。どうすれば彼らを味方に付けられる? こちら側に引き込める気がする。
「何がそんなに不満ですの? 王位継承権を持つ王族が増えるのは国として喜ばしいことではございませんか。ましてやルディカ様は女の身でそれを成そうとされているのです。納得がいかないのなら……」
中立で知られるゼラフィーナ妃が諌め始めた。ローラントは母の様子を静かに見守る。
「フェルデン侯爵、あなた名将軍なんですもの。ルディカ王女と手合わせで決めてはいかが? 」
ありえない事態に辺りは騒然とした。フェルデン侯爵も言葉が出ない。ゼラフィーナ妃は穏やかに笑う。
「何をそんなに騒いでおりますの? さきほどルディカ王女は『我が武は国と民のために使いたい』と仰っていたではありませんか。今は国の仕組みを揺るがす大事。それではその武を奮って頂くのがよろしいでしょ? エルミア王国式剣術を真に使えるか皆が目にする良い機会となりましょう。お相手は先ほどから小うるさい侯爵がちょうど対立しておりますし、望ましいと存じます。互いに禍根を残さない結果にもなりましょう」
跪いたままルーは可笑しくて大笑いしそうになっていた。ゼラフィーナ妃は一見柔和に見えたが、こんなにも豪胆だったとは。
「私は構いません。侯爵、いえフェルデン将軍のようなお強いお方が剣を交えて下さるだけで光栄です」
嬉々とした目を王に向けるルー。なんと好戦的な愛娘であろう。ゼラフィーナ妃の発言にも驚きと小気味良さを覚える。
「伝統の話で我は納得したのだが。ルディカ、臣下を認めさせるのも大切なことだ。どんなに権力があろうと、認められねば何も動かせぬ。フェルデン将軍、そなた、ゼラフィーナの提案を受け入れてみぬか? 我は久しぶりにそなたの勇姿が見たい」
呆気に取られたフェルデン侯爵改め将軍は、立ち上がり自分に体を向けたルディカの姿から、昔の狩りの光景を思い出した。
不覚にもあれが我が孫だったなら、と羨望してしまった。
そして恐らく今も。
陰謀ごとにばかり明け暮れていたが、ルディカの言葉で目が覚めた。
『将軍のようなお強い方』だ。あれは世辞でもない強者が感じ取る相手の技量。戦場を駆け抜けた熱さが滾る。
「剣で語り合う。望むところです」
小娘相手に何をムキにと聞こえるが、内心唾棄した。足の引っ張り合いでしか己を主張できない文弱が。
いや……ユリアンをチラと見る。こいつらは文弱ですらない。牙を隠しひたすらに己の得意分野を磨いてきたあの王子もまた、傑物となるであろう。
「ルディカ王女殿下、あなた様が勝ったなら私はあなたの王位継承権を支持しよう。戦に臨むやもしれぬお方が私のような老人に負けるようならば認めることは出来ぬ」
清々しい気持ちでルディカを挑発すると、姫は好奇で目を輝かせた。若く良い目だ。
「それでは私が負けたなら、あなた様の妻になりましょう……あら兄様が睨んでいるわ。間違えました、孫になります」
マルガレーテ妃がピクリと反応する。あの姫は敵では厄介だが、自分の元に取り込めるならゾフィー妃など取り落とせる。
ローラントがなにやら婚約など考えているようだが、自分の息子と婚姻させ、こちら側でルディカを活躍させることが出来るならば。
将軍は心を見透かされたような気分になった。
孫に……。ルディカがもし自分の家に来てくれるなら。
「良いでしょう。マルガリーテ妃の養女となり我が将軍職を継いで頂きます」
この発言でルディカの価値はさらに上がった。排除ではなく引き入れたいとマティアス王子陣営は明確な意志を示したのだ。
そしてこの時点でゾフィー妃の子フレデリク王子陣営は完全に孤立した。
ひとりの姫の帰還が、エルミア宮廷内勢力図を大きく変えようとしていた。




