初めての謁見(二) 揺らぐ王座
凛とした声が王座の間に響き渡る。堂々たる言葉だった。
あまりの躊躇いのなさに、参列者達はルディカが何を言っているのかすぐに理解できなかった。が、ただ一人、フェルデン侯爵の武張った声が、ルディカの作り出した厳かな雰囲気にひびを入れた。
「女の分際で陛下に不敬な願いを語るお方がいらっしゃるとは、信じられませんな。しかも騎士服などと。方々、そうは思いませぬか」
王族に話し掛けたのではなく、参列者に語りかける事でルディカの言葉を打ち砕こうとしている。囁きは三手に割れた。賛同する声、戸惑う声、そして沈黙。ルディカを支持する者の声は……ない。
風向きが自分に向いた、とフェルデン侯爵は居丈高に続ける。
「だいたい姫君は勝手にお出掛けになられたのでは? しかも連れ出した者は今、王宮を出入りしている。本来ならば姫の従者は皆反逆罪でしょう」
都合の良い流れになったゾフィー妃も、ここぞとばかり糾弾し始める。ルーは上手くいっていることを実感した。
王に忠誠を誓いし貴族などと聞いて呆れる。御前でなんと無様に大騒ぎするものであろう。喝采でも送りたいほどだ。
「宰相ノイヴァールト、ルディカ王女のためにも連れ去った者達は、誘拐による反逆罪で始末なさい。姫には我がヴァルティエ公爵家が良き従者を付けましょう」
法服貴族の筆頭とも言えるヴァルティエ公爵家はルシタール国境に広大な領地を持ち、多くの職業軍人を抱えている。その力ゆえに、宮廷でも一目置かれてきた。
だが隠蔽工作など怪しい動きばかりするゾフィー妃の行為は目に余る。
調子に乗ったゾフィー妃の言葉にアルマント・フォン・ノイヴァールトは冷えた目を向ける。
「それであれば、とっくに陛下が罰を下しているでしょう。あなた様には、陛下がこの場で正式に姫を迎えることができた喜びが目に映らなかったご様子」
淡々としかし鋭くゾフィー妃に釘を刺す。宮廷を知らぬ姫を上手く飼い慣らそうとしている輩も多い。
「姫の従者達は、マリエル様のご決断にて、平民に身を落としてまで姫を守り、このように立派な方にお育てになったのです。賛辞こそすれ貶すなど、それこそマリエル妃殿下、ルディカ王女殿下、そして陛下に対する侮辱ですね。お集まりの皆様も同様の意見ですか。牢がいくつ必要なのかと頭が痛くなります」
タルンシュタットでローラントと密談した折、ギルバートが接触すると言っていた相手は宰相ノイヴァールトだった。
政務を行い国を束ねるには、綺麗事ばかりではやっていけない。宰相にとってギルバートは悪友のようなものだ。
だが、つい最近までギルバートがルディカ王女を匿い養っていたなど、彼は夢にも思わなかった。
しかも、策を弄さず真摯に頼み込んできたのだ。見返りはいくらでも良い、姫を頼むと。
見返りを求めはするが、過分なものは必要ない。何しろこの姫は面白い。これから必ずや化ける。宰相は内心楽しみで仕方がなくなってきた。
「ルディカを見付け、その仲間に王宮へと薦めたのは私だ。ひと月前に全く同じことをこの場にて説明をしたというのに……ゾフィー妃もフェルデン侯爵も、もうろくされたようですね。宮廷から下がられ静養されるのをお勧めしますが? 」
ローラントの言葉に憤るゾフィー妃の声が上がる前に、ユリアンの母エレナ妃は場に一差しの刃を入れる。
「まだ陛下のお言葉も聞かない内ですのに、皆騒々しくてよ。ゾフィー妃とフェルデン侯爵は、全てお聞きになってから存分に騒ぐとよろしいのでは?もっとも……そのような会話に耳を傾けては、我々王族の品位も下がりましょう。私はユリアン殿下と共に退出を願い出ますわ」
(これが政治の駆け引きってやつか。結構熱いじゃん)
ルーは面倒だとしか思っていなかったここが、本当に戦いの場に思えてきた。
研ぎ澄まし、弱点を狙い、仕留める一撃を虎視眈々と待つ。その為に必要なのは何よりも環境と状況。
待って待って、用心しながら必ず……。
「王女ルディカに王位継承権を授ける」
ルーがこの宮廷合戦を見物していると、王の威厳に満ちた厳かな一言が、列席者達の声をかき消す。
ルーの仲間達が公の場で守られたことを確認した王は、この期を逃さなかった。
しんと静まり返る。ルディカは王の意を受け、最大の敬意を持って深く頭を垂れた。
「ルディカ、王位継承権を有すると言うことは、女の王族だとて剣を握り、戦場に立つことを意味する。特にそなたは琥珀の印を持ち、エルミア王国式剣術をも扱うことが出来るゆえ、力と地位ある者はそれ相応の義務を持つものだ。そなたにその覚悟はあるか?」
父の再びの問いかけ。今度は公然と覚悟を決めよ、と。
ルディカは頭を下げたまま気高くハッキリと宣言する。
「私は我が武を国と民の為に使わせて頂きとうございます。女の身でありながら、王位を望むは浅ましいことと謗られようとも」
胸に光るペンダントが王の目に映る。
申し合わせていたとは言え、大きな敵を釣り上げる極上の餌としてルーを使う。何度も何度も迷い考えた。
が、ルーの心意気に賭けてみようと結論付けたのだ。
厳粛な沈黙が広がった。ほんの僅かな身動ぎも響くほど。王の威厳と姫の覚悟。正当な王族だからこそ創り出される圧倒的な何か。
「方々、こんなことがあってよろしいのですか? 伝統あるエルミア王家にこんなことが」
しかしその厳粛たる空気は、またもやフェルデン侯爵によって打ち砕かれた。
(またおまえか。よく喋る爺様だ)
宮廷マナーを強引に守り、無粋と言われぬギリギリの間を取るやり口は、さすがの老獪さだ。ローラントは内心舌打ちする。
王が認めたのだから良い、とはならないのは常の事だ。単に孫のマティアス王子可愛さで反対しているならマシだが、侯爵は真に国を想っての発言であるから面倒なのだ。
それに比べ、我が子と権力への固執がありありと出ているゾフィー妃の方が、この場では扱いやすい。
「ルディカが王位継承権を得るのは、伝統を壊すことにはならぬ」
細いがしっかりとした声で発言したのは、ユリアンだった。誰もが意外な顔を向ける。
自分は本当に弱い王子とされているのだな、とユリアンは内心苦笑する思いだが、これは自信があった。
「陛下、発言のお許しを」
小賢しい手を使うよりも、正式な発言の方が効果がある。優雅なそれを宮廷人は好ましく思った。
「申してみよ」
「はっ、ありがとう存じます。それでは総主教、そなたに問う」
自分は弱い。そんなことは自覚している。しかし、知識だけは劣るつもりはなかった。
「過去の歴史に鑑み、確かに女が王位継承権を得たことは無いが、エルミア王国式剣術を真に扱える者を王とする時代は存在した。既に形骸化されて久しく、私や二人の兄上のように、武の才なくとも男子と言うだけで王位継承権を持てるようになったが。こちらの方が歴史としては新しきこと。間違いないか?」
滅多なことでは政治に口を挟まぬ総主教に向け、ユリアンは問うた。公平性を示すために。
そう来るとは思っていなかった総主教は、ユリアンもまた良き素質があると感心しながら答える。
「殿下は博学でございますね。仰る通りでございます。我々大精霊宗が印の現れし者をことさら重要視する起源でもあります。奇跡の祖である大王、そしてその後の暁王。偉大なお二人は鉄壁と呼ばれるエルミア王国式剣術で戦場にて大勝利を収めたことで、今この国の国土が保たれているのです。我々がローラント殿下を支持するのは稀な印を持つからではなく、歴史的に当然のことであったからです。ただ、いつの頃からか今に至るわけでございます。もうひとつ、女人が王位継承権を持ってはならぬという法はございません。これは慣習によるものでございます。以上のことを鑑み、現時点でルディカ王女殿下が王位継承権を持つことは全く問題ない、と我々聖職者は判断致します」




