表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネベルム大陸記~喪の王宮~  作者: 猫戸針子
第2幕 王女ルディカの帰還 Andante
PR
30/51

パンのおじさま

 ローラントの重い想いを受け止めた数日後、ついに琥珀の印改めの儀が整った。


「めんどくさ……。チラ見せで良い?」

「いけません。大事な儀式なのですよ。姫の今後が掛かっているのです。姫だけではなく付き従う者たちの今後、と申せばお分かりになりますか?」


 姫のボヤきにもだいぶ慣れてきたデュラン夫人がピシャリと言い放つと、姫はすぐに顔を引き締めた。夫人は、苦楽を共にしてきた従者達が、姫にとってどれほど大切なのかを痛感する。


「姫様、お時間です」


 王宮より戻ったセスが、恭しく扉へと促す。

 ルーは不意に、マスターと慕っていたあの頃を懐かしく思った。が、それを振り払うように一歩踏みだした。



 メーアシェール城に併設されたデュラン家私設神殿で、整えられた祭壇を眺める大精霊宗総主教は、無数の蝋燭に揺れる火に、在りし日を思い起こしていた。


 彼がまだ総主教となる10年ほど前。

 マリエル妃母子があまりに不遇な生活を送っていると耳にした彼は、ただの神官に扮し、そっと食料を届けることがあった。くだらぬ陰謀により、神聖な王族にこのような生活を強いている宮廷への反発もあった。

 そこで出会った王女。活発で人懐っこく話しかけてくるこの子の首の後ろの印。目にした彼がどれほど驚いたかは、語るまでもない。


 すぐにでも大神殿に報告すべき案件だった。が、彼はそこでふと疑問に思い立ち止まる。

 なぜ、マリエル妃もローラント王子も、このような大事に口を閉ざしているのか、と。

 聖職者は国を混乱させないため、定められた範囲外の政治に関与しない、という理念を貫いている。ゆえに、宮廷情勢には疎かったが、あまりに気になり密かに調べた。


 そして、悟った。秘することしかできないことを。


「総主教様、姫君がお越しになります」

「準備は?」

「滞りなく」


 彼──総主教はひとつ頷くと、聖具を持ち立ち上がった。



 ***


 王家の印改めは、本来生誕の際に行われる。ゆえに此度はごく少人数での非公式扱いにはなったが、そのしめやかさはかえって厳粛さを増していた。

 ロイヤルブルーのドレスを身に纏い、珍しく髪をしっかりと結い上げたルーは、デュラン夫人が裾を持つマントを引きながら、厳かに総主教の元へ歩む。


 王家の見届け人たるローラントと、主催者であるデュラン公爵の姿を視界に入れながら、総主教の前へと辿り着くと、跪き両手を合わせ頭を垂れた。


 (あの人、どこかで……)


 歩む間に総主教を見ていたルーは、不思議な親近感を覚えていた。幼い頃に会ったことがあるのだろうか。いや、それならばホクロは既に気付かれていたはず。気のせいと思い、神官の鳴らす鐘の音の響きに耳を傾ける。


 (お美しく育ちましたな。お母上の生き写しのように……)


 総主教は儀式文句を奏上しながらも、目を細めた。


 此度の王女帰還は、総主教にしてみればやっと琥珀の印を公にできる好機だ。その為、国教の軽視などと大袈裟な嘆願までした。

 あの当時、口を閉ざしたことでマリエル妃を失い、王女は5年もの間行方不明となってしまった。王家の正当性と神聖さを守る国教の長として、悔やんでも悔やみきれぬ事件だった。


 (遅くなりましたが、これからはお守りします。ルディカ様)


 総主教は、なお揺れる懐古からそっと抜け出し、ルディカを祭壇へ導く。


「ルディカ王女殿下、あなたはまだ公式に真の王族であることを認められておりません。これより誕生の折と同じ儀式を行います」


 総主教は厳かに奏上し、ルーのほっそりとした首筋に灯りを当てる。ホクロは赤茶色に輝いた。総主教は一度目を閉じる。歓喜が喉まで出かかった。


「ルディカ王女は、エルミア繁栄の祖の証たる琥珀の印を受け継ぎしお方です」


 奏上を聞き続けていたルーは、やはり聞き覚えのある声だと確信していた。


「これより我らエルミア大精霊宗は、特別な王族として王女ルディカを支持致します。そして、必要とあらば保護も。あなた様のお立場では支援者が多い方が良いでしょう。これからなのですから」


 最後の言葉の温かさにルーはハッと顔を上げる。総主教は慈愛に満ちた目を向けていた。


「パンの……」


 おじさま、と言葉が出かけた。全て思い出した。こんなに立派な姿ではなく、灰色のローブにフードを被っていた優しい人。

 空腹を我慢して母に食事を渡していることを話すと、次からはルーに直接ホカホカのパンを手渡してくれた。

 涙が溢れそうだった。こんなに偉い人だと知らずに懐いて……。


「ルディカ王女、守護大精霊の御加護を」

「ありがとう…ございました……総主教様に水の大精霊様のご加護をお祈りします」


 エルミアの総主教に水の大精霊などと言う者はいない。ただ、ルーは幼い頃からマリエルによく言われてきたことを総主教に言っていた。


「懐かしいですね。今度は姫が遊びに来てください。いつでも歓迎致します」

「パンを……持っていきます」


 声を震わすルディカに、総主教は柔和な笑みで頷いた。





第2幕 ~完~


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ