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ネベルム大陸記~喪の王宮~  作者: 猫戸針子
第2幕 王女ルディカの帰還 Andante
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難攻不落に挑む王子

 城の中央塔最上階に上ったルーは、すーっと息を吸い歌い出す。メーアシェール湾を一望できるここは、ルーお気に入りの場所だ。


 ~♪


 母から教わった巫女の歌。いくつもあり、その全てに精霊の加護を祈る意味がある。しかし使われるその言葉は母ですら理解できなかった。

 揺れのない透き通った声が響き、風に消える。供をしているジョゼは、近頃ルーが巫女歌をよく歌うようになったことを心境の変化なのだと捉え、様子を見ることにしている。


「ベルが僕の女官に推薦されたんだって」

「動きやすい立場にしてくれたんだな」


  廃神殿の一件で、ルー達とデュラン家の関係は大きく変わった。ジョゼらスティーンは密偵を捕らえた功労者とされ、ベルは姫への忠誠心厚い人物として、デュラン夫人の信頼を得たと公にされた。


「なんでここまでしてくれるんだろう、って少し前の僕なら考えてた」

「お? んじゃ今は?」

「夫人の心意気に完敗だー!」

「そかそか」


 ルーの頭にぽんと手を乗せたジョゼは、階段を指し示す。


「夫人、カンカンだぜ」

「それ早く言ってよー!」


 ルーは大慌てで緩めのドレスの裾をたくし上げ、飛び降りるように螺旋階段を降りた。そんな姿も小言の対象なのだが、と笑いながらジョゼも共に降りて行った。

 服装ひとつにしても、ルーが伸び伸びと過ごさせてもらえていることが窺える。

 王宮へ行けば気の休まらない日々が始まる。せめてここでは、姫にのんびりと過ごして欲しい。

 そんなデュラン家の心遣いをジョゼは感じていた。



 ***


 レオニールと側近1名のみを伴い、メーアシェール城へ向かうローラントは、湖を横目に深い溜息を吐いた。


 あれは舞踏会の翌朝のこと。

 二人きりの夜のダンスで、プロポーズをしたつもりでいたローラントは、ルーに剣の稽古を付けながら、「私の未来の妃は勇ましいな」と軽口を叩いたところ、露骨に顔をしかめられたのだ。

 首を傾げたローラントだが、ルーの態度は変わらなかった。帰還の馬車で、さすがに意気消沈した。


「共に歩め、と言った時、ルーは手を取ってくれたのだが」

「それは姫様にとって単なる政治的な約束です」

「ではダンスは……」

「兄と踊って楽しかった、程度でしょう」


 側近の辛辣な言葉に、ローラントは頭を抱える。レオニールもこればかりは助けられない。価値観が王族とほぼ変わらないからだ。


「簡単なことです。宮廷風の伝え方はお捨て下さい。真っ直ぐに『愛しているから結婚して欲しい』と言えば良いのです」

「それはあまりに露骨すぎないか?」

「庶民はわかりやすく伝えるものです。贈り物もお渡しにならなかったのですよね」

「察するかと……」

「姫君はおそらく恋に疎いのでしょう。宮廷での駆け引きもお出来にならないかと」


 それはそれで嬉しい。ローラントは安堵したが、今のままでは兄妹同然だ。



 このやり取りを思い起こし、懐に手を当て、目を閉じる。あの時渡しそびれてしまった贈り物。瞼の裏に浮かぶルーの笑顔。しかと目を開き、決意する。


「露骨なセリフ、やってやろう」

「意気込むほどのことではありません」

「おまえは容赦ないな。レオニール、何か言ってやれ」

「私は君に言ってやりたいね。上手くやれ」


 ローラントのわざとらしい溜息と、若い男達の笑い声を乗せた馬車は、城へ続く橋の上で轍をカラカラと鳴らして進んだ。



 一方のデュラン家も、ただ手をこまぬいて待っているわけではない。今朝などは騎士団総長と手合わせを楽しんでいるルーに、カスパーがそれとなく話を聞き出していた。


「母上、難攻不落です」


 長男よりユーモアのある彼から、実直過ぎる報告を受け取ったデュラン夫人は、頭が重くなった。夫人も折に触れては、姫の想いを聞き出すも、ローラント王子は優しい兄、ということ以外伝わってこない。


「二人の婚姻は我が家の悲願。いえ、この国の未来がかかっています」

「婚約がここまで難儀とは……」

「姫がお育ちになられた環境は違うのです。抱かれている夢を叶えて差し上げることも、我が家の務め」

「何やら大袈裟なような。そういったことは時間をかける方が良いと思いますよ」


 息子の言うことがもっともだ。夫人は一計を講じる。何も今すぐ結ばれる必要はない。二人の関係が近いだけに急いでしまったが、未婚ならばむしろ慎ましくあるべき。

 要は姫が王子の求愛を自ら受け入れたくなれば良いだけだ。チリンと呼び鈴を鳴らした。


「ベルティナさんをお呼びして」


 廃神殿以来、ベルは名で呼ばれるようになっていた。呼び出されたベルは、切実な相談を微笑ましく感じた。


「それなら、あの場所がよろしいかと」

「なるほど。では、小サロンの後に……」


 ルーが今日のドレスに目を輝かせている頃、二人は手早く計画を練り上げた。



 そうして作り上げられた、二人だけ……とは言わないまでも、庭園の木立や生垣に覆われ、外からは視線の届かない場所で、ルーの隣にローラントが座る、という状況が自然に出来上がった。


「このブランコとっても可愛いよね。離宮の頃の話をしたら、夫人が作ってくれたの」


 白木の上品なベンチにクッションが敷き詰められ、ブランコ状に木陰から下がっているそれは、ルーの乙女心を大いにくすぐるものだった。作られてから毎日座り、茶を楽しんでいる。


「私が座っても問題ない頑丈さが素晴らしいな」


 感心しながらローラントは、可憐なドレスのルーに目を細めていた。妖精とはこういう存在なのかもしれない、などと柄にもなく考えてしまう。

 容易に触れれば消えてしまう。そんな儚さを成長したルーから感じることがある。ゆえになかなかプロポーズをできずにいた。


 ルーはと言うと、ローラントが何やら考え込んでいるのを密かに心配していた。期待される王族は気苦労が多いのかもしれない。何か、慰めになることをしたい。

 スカートの裾を揺らし、ブランコから降りる。


「ルー?」

「兄様に贈り物!」


 向かいに立ち、軽く両手を広げたルーは、息を吐き出すような繊細さで声を響かせた。それは、昔ルーがマリエルとよく歌っていた巫女歌。

 澄んだ歌声が真っ直ぐにローラントの胸に届き、焦がれるような郷愁の念に駆られるほど胸を揺さぶられる。迷いも戸惑いも歌の静寂に包まれ、落ち着いてゆく。

 歌が終わると、我知らず胸に手を当てていた。


「迷える人が家を見つける歌、だよ」


 ルーの声が歌の続きに聞こえる。すぐに声を出せずにいるローラントの隣に、ルーがぽんと座る。ブランコが緩やかに揺れた。


「渡したい物がある」


 胸を揺さぶられるまま、懐からビロードに包まれたブローチを取り出し、ルーに差し出した。真っ直ぐに見つめるルーの眼差しを前に、用意していた露骨な言葉は消え失せる。


「おまえは私を兄と慕ってくれているな。私もそうだった。だが……共に歩む妻となって欲しい。恋人でもないのに、とあの時言われたが……それでも私にとって、おまえはかけがえのない一人の女性だ」


 大切に大切に言葉を紡ぎ、ローラントはルーの腰リボンに真紅のガーネットのブローチを付ける。

 ルーはそっとブローチを指先で撫でる。ガーネットの縁に小さくあしらわれたダイヤが虹色に輝き、ローラントの真心を映しているように思えた。


「兄様、僕はタルンシュタットで再会した時から、ずっと戸惑ってる。今も目が覚めれば、任務が何か考えたり。どんなに着飾って、王族らしい振る舞いをしても、僕から裏の人間の臭いは消えない。非道、卑劣、残酷。数え切れないことが僕の中では普通なの。あなたはそんな僕を王族じゃなく、ひとりのルディカとして受け入れてくれるの?」


 苛烈な言葉だった。だが、それはあまりに真摯で、嘘偽りのない純粋さに思えた。


「受け入れるのではない。全て貰い受ける。私の愛が軽いものと思うな」

「うん、なんか重いと思った」


 若干心が折れかけたローラントに、ルーは腹を抱えて笑う。照れ隠しなのは赤らめた顔が物語っている。


「愛なんてよく分かんないけど、兄様とずっと一緒にいたい。今はそれでもいーい?」

「ルー……。ありがとう」


 過酷な環境から激変しても、ルーなりに考えてくれていた。ローラントはブローチを撫でるルーの指に手を重ねた。耳まで赤くなる様子が愛らしい。


 (こんなにみんな見てるところで恥ずかしいよ!)


 巫女歌で泣き出したデュラン夫人とベル。わざと気配を出してふざけているスティーン達、隠れているつもりのカスパー、レオニールと何やら力の入ったローラントの側近。


 始めから覗かれているのを知っていただけに、ルーは逃げ出したい気分でいっぱいになりながら、贈られたガーネットの輝きを……幸せだと思えた。


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