囮となりて迎え撃つ
国王が帰還すると、舞踏会は気楽なサロンへと移り、残った参列者たちは、思い思いに寛いでいる。
ローラントはやや離れた位置にレオニールら側近を呼ぶと、ひと息ついていた。
「私は忙しい。恋に悩める王子に付き合っている暇はないんだが?」
「恋ではないだろ。ルーのことは幼い頃に決めていた」
「まだ君が予定にしている段階だ。もっとも陛下の反応では決まりのようだが」
タルンシュタットを発ってより、ローラントはルーの結婚観で悩んでいた。庶民に詳しい側近があれこれと教えてくる様子では、貴族同士のひそかな約束に似ているが、それも違う。
「姫様の様子では、いきなり正妃になれ、は唐突すぎたのかと。殿下なりにあれで想いを伝えたおつもりなのでしょうが、その後の会話も……」
「夢がない、だったな。ちゃんとしてくれれば、と言われたが……おまえの言う通りで本当に成功するのか?」
懐中時計をパチンと閉じたレオニールは、やれやれとため息を吐く。
「夜の庭園で踊ってみたらどうだ? 先ほどは楽しそうにしていらしたぞ」
「おまえにしては良い案だ。だが二人きりで話し合ってみよう」
ローラントに教えた側近は、苦笑する。優雅な恋の駆け引きとは勝手が違い、頭を抱えんばかりの主君。だが、姫が見つかった今は、その悩みさえどこか明るく微笑ましい。
時間だと促すレオニールは、ローラントを控えの間へと誘いゆるりと向かう。
ユリアンや貴族たちと楽しげに会話していたルーは、横目で動きを眺めながら会話を続けた。
***
デュラン公爵は愛用の嗅ぎタバコを吸込み、気分を整えていた。
レオニールより密かに打ち明けられた、発見時のルディカ王女。その騎士達。そして、それらを知った上でなお、受け入れた己の判断を公爵は改めて思い返していた。
「良き品をお持ちですね」
「長年愛用しておる」
「ほほう、見せて頂いても?いやはや、職業柄気になりまして」
新参だが良い働きをする宮廷御用達商人。まさかそれがエルミア裏社会の実力者だとは。黒鷹の名は知っている。だが、その実態は闇のように底知れない。
「トリュフォー殿、この場では礼を略されよ。殿下にもそうと伺っている」
「では、失礼して。私の名はギルバートとでもお呼び頂こう」
言葉遣いを改めた途端、物腰柔らかな商人の顔が消えた。
これが可憐なばかりだった姫を暗殺者に仕立て上げ、生き延びさせたと言う男の素顔。その者とローラント王子は手を組んだ。それがどういう意味であるか、分からないほど公爵の目は暗くない。
ローラント達が入室し、二人は席を立つ。ローラントが座ると、皆席に着いた。
「ギルバート、ルーはどうだ」
「あの子ならサロンで情報収集にでも精を出していることだろう。我々の動きを見ながら」
「さすがの仕込みだな」
「ああ、自慢の……娘だ。おっと失礼。こちらでは不敬になるな」
並の貴族など及びもつかぬ風格がある。この人物がひとたびエルミアに牙を向けたなら。ルディカ王女はなんという人物を後ろ盾に得たのか。
そして、公爵自身もローラント王子も、王女の後ろ盾となる。孤立を極めていたマリエル妃に良く似たルディカの微笑みの下にある、隠された用意周到さを公爵は痛感した。
形式ばった挨拶もそこそこに、ギルバートが重々しく口火を切ると、集った男達は目を剥く。ローラントは椅子を鳴らし立ち上がった。
「私がルーに王位継承権をと動いているのは、そんなことのためではない!」
「殿下、お気持ちは察して余りある。私もタルンシュタットの会合時、気持ちは同じであったことは信じて欲しい。だがルーは……陛下に申し出たそうだ」
ローラントは拳を握りしめ、ギルバートは顔を曇らせる。公爵はあまりのことに声が出なかった。
──王位継承権を得て敵を炙り出す
それは、ギルバートがセスから聞いた話だった。
『王族は国家の道具。その中で僕はずっとガラクタだった』
ルーらしい皮肉を込めた言葉だった。
ガラクタである自分が、欲されるほどの宝となったなら。エルミアとの関係が悪化している母の祖国メロヴィアは無視できなくなる。そして、宮廷も。
これによりルーは、マリエル妃が嫁いだ時と同じ立場を作り上げ、罠を張る気でいる。
『待ち構えて敵を迎え撃つ。絶対に討ち漏らさない』
「自分が邪魔になれば切り捨てろ。殿下へルーからの伝言だ」
「……そのようなこと、認めるわけがないだろう。私がルーを宮廷に戻すのは、正当な評価を得た上で安全に暮らして欲しかったからだ。自らを囮にするなど、王族のすることではない」
話を聞くレオニールは、仲間の墓石の前で涙していた姫を想った。王に願い出た時、どのような想いだったのか。
「ローラント、姫はおまえとの約束も果たそうとしているのではないか」
「どういう意味だ」
「エルミアの秩序を正そう、と約束していたな。姫は……母君があのような目に遭いながら放置している我が国を正そうとしている。手段は乱暴だが、私にはあの方が私怨だけで動いているとは思えない。陛下とて簡単に許すものか」
レオニールに諭されたローラントだが、とても耐えられるような話ではなかった。理屈は分かる。ルーの覚悟も理解できる。だが……。
「ルーのもとへ行く」
「おい! はぁ……父上、ギルバート殿、私も失礼致します」
早足で控えの間を出たローラントをレオニールが追い掛け、場は公爵とギルバートのみになった。
「若さ、か。今は姫を殿下に任せてみよう。養父のそなたは気が気ではなかろうが」
「容易く倒れるような育て方はしておらぬ。しかし、あの子は背負う癖があってな」
「宮廷ではそれが吉と出るやもしれぬぞ。では、我々は今後について……」
たとえルーが王に申し出たとしても、エルミアで女が王位継承権を得るなど容易いことではない。二人は互いの情報を交換しつつ、見解を重ねていった。
***
控えの間でひと悶着あった頃、ルーはデュラン公爵夫人と茶を楽しんでいた。
「今の季節ならばスミレが咲き始め、庭園はさぞ美しいのでしょうね」
「よろしければ明日、城を巡ってみませんか?」
「ぜひお願いしたいわ。あら?殿下が」
話し合いが終わったのか、とルーはのんびり立ち上がり迎えたが、デュラン夫人はローラントの常にない様子を感じ取った。
「兄様、レオニール。夫人のお話が面白くて、つい長居してしまったの。これから城に滞在できるのが楽しみだわ」
「これは夫人、お話中失礼。ルディカをお借りしても?」
僅かに余裕を失いかけているローラントに、夫人は柔らかに微笑む。
「お二人は大変仲の良いご兄妹でいらっしゃいますもの、積もる話もございましょう。レオニール、あちらへご案内しなさい」
たおやかに扇子で指し示したのは、湖畔の近い庭園。レオニールはなるほど、と母の意を理解する。二人きりにするならばうってつけだろう。声も漏れない。
「では、ご案内致します。姫、どうぞこちらへ」
「何かしら。ベルティナ、楽しみね」
親しげに名を呼ばれ、ベルはルーのお気に入りだと周囲は悟った。レオニールは上手いものだと思いつつ、控えにベルがいてくれるのはありがたかった。
宵闇に広がる湖面は、その北の王都の華やぎを忘れさせるほどだった。三月初旬の夜空には無数の星が瞬いていた。
「降って来ちゃいそう!」
両手を広げる無邪気な仕草に、ローラントは密談での話を切り出せずにいた。やっと落ち着いて並んで歩いてみると、このまま穏やかに会話をしていたくなる。
「冷えてしまうぞ」
上着を脱ぎ、ルーに掛ける。
「暖かい……兄様、寒くないの?」
「少しな。ルーが暖かければ私も温まるさ」
「そんなこと、あるわけないのに。変な兄様」
ローラントはふっと笑い、ぽんと頭に手を置いた。
「むー、子供扱いされてる」
「淑女として扱っているだろう」
膨れて見せたルーだが、芝の上に座り湖面に揺れる城の鏡像を眺め、会話を忘れ魅入る。
ランプに照らされた、儚いほどの美しさがローラントの目に飛び込む。
できることなら、成長を間近で見ていたかった。
そんなことを考えていると、ルーが楽しげに体を揺らしながら、子供の頃に歌っていた歌を口ずさみ始めた。
綺麗な綺麗な 星の湖
流れ星 ぽちゃりと落ちたよ
甘い甘い星が 砂糖なの
銀のスプーンで かき混ぜて
さあ どうぞ召し上がれ
あれはルーが7歳の頃。この歌と共に「召し上がれ」と言いながらツルツルと光る石を嬉しそうに贈ってくれた。
それはローラントへの誕生日の贈り物だった。
ルーは王族の生誕祭にすら呼ばれず、彼女自身の生誕祭は生まれた時のみだった。賑わいの中にいつもいないルーが、どんな思いで過ごしているのか、ローラントは気掛かりだった。
だからこそ、可愛らしい石の贈り物と、歌を作ってくれた真心が何よりも嬉しかったのだ。
「……ルー、話は聞いた」
ルーの瞳を見つめる。夜の輝きを秘めた瞳が、ローラントを真っ直ぐに見つめた。
伝えたいこと、否定したいこと、幾つもの言葉がローラントの脳裏を駆け巡った。その中で確かなものだけはルーに知ってもらいたい。
「私と共に歩め。これだけは忘れないで欲しい」
ルーの目が溢れんばかりに見開かれた。ローラントは緩やかに手を差し出す。
「ダンスを」
「喜んで」
手を取り合った二人は、城から漏れる演奏に合わせ、ゆったりと踊り出した。




