ルディカ王女の馬車
王がルディカを迎えに旅立つ前。
「タルンシュタットにて王女ルディカの生存を確認しました」
ローラントはあえて、公の場たる王座の間にて報告した。
カフェ・マリエルへの一件から日が浅いこともあり、居並ぶ一同に沈黙のざわめきが飛び交う。
「失礼ながら殿下……」
「私は今、陛下にご報告申し上げている。弁えろ」
異母兄弟マティアス王子の祖父であるコンラート・フォン・フェルデン侯爵が、厳しく口を開くも、ローラントが制す。王家の大事ゆえ、政から一線を置いている彼も、この場に呼ばれている。
フェルデン侯爵は、国内屈指の軍事力を有し、また、自身も将軍として老いてもなお戦場を駆ける生粋の騎士貴族だ。
女だてらに武の才を持つルディカ王女が帰還すれば、国を掻き乱す。しかし、公式の場で王族より前に出ることは許されぬ。
「ローラント、その確証はあるのか」
「はっ。一つ、マリエル妃に生き写し。二つ、ルディカ専用の王家の剣の所持。三つ……」
ローラントは言葉を切る。確かに見た。髪が揺れる瞬間、隙間から覗くうなじに三連のホクロ。極めて稀なるそれは。
「エルミア王族の証である『豊穣のしるし』。その上、それは琥珀に輝いておりました。私と同じく。これ以上確かな物はないかと」
琥珀の輝き、という言葉の重みは、周囲に驚嘆と恐れを抱かせた。
ローラントはさらに、ルディカが正当な王国式剣術が使えること、マリエル妃が肌身離さず持っていたペンダントを所持していたことを挙げる。居並ぶ者達はさらに忙しなく囁きを交わした。「ペンダントや剣は盗品ではないか」という声には、「ルディカは戻るのを拒んだ。盗品であれば進んで差し出す」と、ローラントは主張し譲らない。
そんな中──
「陛下……」
気の弱いユリアン王子が珍しく口を開いた。王はそのか細い声に目を向け頷く。
ユリアンは意を決し、背筋を伸ばす。これが、彼女を王宮へと迎える活路となることを守護大精霊に祈りながら。
「ローラント兄上のお話は、私も心当たりがございます。ルディカに良く似た人物にタルンシュタットの祭りにて出会いました。その際、兄上の仰る形状のペンダントを首に下げていたことを確認しております。そして、私はその者に命を救われ、今ここにおります。あの時、私は身分を伝えましたが、その者は避けるように去ってしまった。偽りの王女を騙るならば、我らの信を得るため、出会った段階で自ら物証を見せるでしょう。もし、真にルディカならば……王女として正式に迎えて頂きとうございます」
傍にいたユリアンの母エレナ妃は狼狽しかけた。生前のマリエル妃とは、政敵に近い立場だったのだ。
しかし、息子から聞いたあの話では、命を取り留めたのが奇跡であった。ゆえに救い、送り届けてくれた娘の存在は気になっていた。
戸惑いつつも、娘のルディカならば状況は異なるだろうことを素早く頭でまとめ、エレナ妃もユリアンに賛同した。
彼女は大国ヴァルンから嫁いできた姫であり、その賛同はローラントにとっても意外だった。
(奇跡が起きているのか。この風に乗らねば次はないかもしれない)
王もローラントと同様に考えていた。が、彼とは意見が少し違った。
「我自身で確かめたい。タルンシュタットには我がゆこう。が、見つけ出したのはローラントだ。そなたの功を取る訳にもゆかぬ。メーアシェール城にて待機し、ルディカ歓迎の宴を任せる。無論偽りの者ならばその宴は中止だ」
そして王はユリアン親子に目を向ける。この様子ではエレナ妃がマリエルに関しての犯人である可能性は薄い。
「ユリアン、そなたも出席せよ」
ローラントとユリアンは、この重大任務を厳かに受けた。
謁見後、ローラントは王の執務室へ呼ばれた。
人払いがされている。二人きりで会話など滅多にないことだ。緊張が走った。
「本来ならばおまえを迎えにやるところを我が行くことにした理由を教えよう」
ローラントはここでルーが船で聞くことになる話を伝えられ、愕然とする。
「そ、れは……」
「あの子に会った折り、我は相当に拒絶されていた。よく説得してくれたな。迎える前に真実を知るべきであろう。あまりに危険だ」
「父上……。かしこまりました。メーアシェール城の件、お任せ下さい。では……そういったことならばお耳に入れたきことが。ご協力を賜りたいのです」
ギルバートとのやり取り。その人脈の広さ。
ローラントの報告を王は内心感じ入りながら聞いていた。ルディカはそのように育ったのか、と。
「なるほど。その者がルディカを支えてくれていたか。出入りの商人としか知らぬあの者との繋がりは意外であった。で、あればルディカの仲間の命は保証されたようなものだろう」
「ええ。それにルディカは民衆の中で、私など及びもしない価値観を身に付けております。この魔窟に必要なのは、あの子のような存在です」
王は目を瞑る。ローラントはまだ打ち明けていないことがあるように思えるが、ここまで話すなら自分を信用してのことだろう。そして、ルディカの味方として頼もしい。正妃にすると言うのも良い考えだ。
「後ろ盾はおまえの母の生家であるデュラン公爵家、並びにルディカの知己オットマー侯爵家。これだけあればあの子を侮るものはおるまい。マリエルの悲劇を繰り返してはならぬ」
「いまだ行方の掴めぬ首謀者の影が不気味ではありますが、メロヴィア出身者達及びギルバートは、ことルディカに関して信用に足る人物でございます」
「あいわかった。ならば、我らはルディカを迎えるため手を携えよう。父と息子でありながらあまりに疎遠であった。……すまぬな」
「ありがとう……ございます!」
***
ルーを迎える為に大きく宮廷が動き、万全の体制を整えた。これにはユリアン親子の支持が大きく影響している。
そして今、港の桟橋でローラントとユリアンが並び立っている。
デュラン領メーアシェール港。エルミア中央海上の盾と呼ばれるここは、王都の貿易港も兼ねており、大きく広がった湾に出入りする商船で活気に満ちている。
迎える二人は、水音が聞こえるほど近付いた王一行の船を今か今かと待っていた。
「そろそろ出てくるな」
ほとんど口を利くことなどなかった七つ下の弟。気弱で線が細く、本が好きだと聞く、物静かな少年だ。
「ルディカのことは、ずっと気掛かりでした。命を救ってくれたことへの礼もしたいです」
「それに関してはあまり大っぴらに言わないでやってくれ。庶民の中にいたからな」
ユリアンにとって、庶民とは薄汚れた存在だった。王宮からほとんど出たことがなかったからだ。時折馬車の中から見ても、身なりの粗末さが不思議だった。
それをルディカが教えてくれたのだ。身分が違うと服さえ手に入らないのだと。
「庶民の中で生き抜いたルディカを私は誇りに思います」
「それは言ってやってくれ。喜ぶだろう」
やがて、ユリアンが見違えるほど優美な様子のルディカが、王に手を引かれ船から降りてきた。ローラントから視線を自分に移し、柔らかく微笑む。
背を摩ってくれた彼女。優しい歌が思い出され、胸が切なくなりながらも、王へ礼の姿勢を取り迎える。
二人とも王に挨拶した後、ルディカに声を掛ける。居並ぶ貴族達はどんな言葉が出るのか注目していた。
「ルディカ、息災でなによりだ」
ローラントの親しげな言葉に続き、ユリアンも歓迎する。
「おかえり、ルディカ」
二人の王子が、ルディカ王女が本物であることを証言したことで、貴族達は好奇に囁く。
ルーは周囲をあまり見ず、二人にだけ微笑みを向けた。
「お兄様方、わざわざのお出迎え感謝いたします。まだ不慣れなところがございますが、どうぞお導き下さいませね」
歌うような声に気品漂う所作。二王子は思わず見惚れた。ローラントは息を飲みつつ、一歩あゆみ出る。
「私がルディカの護衛と案内役を務める。デュラン公爵がおまえの帰還の宴を用意しているぞ」
「それは、ありがたいことですわ」
正直なところ、ルーは貴族の集まりなど下らない、という思いが湧いた。内心の嫌悪を押し隠し、ローラントから差し出された手を優雅に取る。
(あれに乗るのかよ……晒し者じゃん)
陽の光を受け黄金に輝く馬車には、色とりどりの大きな羽根が付いていた。白馬も華やか……ルーから見れば単なる派手な乗り物だ。タルンシュタットで乗った王の馬車は、ルーを気遣ってか屋根付きだった。が、目の前のこれは剥き出しだ。
「サイアク……」
「どうした?」
「大変乗り心地の良さそうな馬車、と申しました」
周囲がうっとりするような微笑みの奥のトゲに気付いたローラントは、密やかに囁く。
「乗り心地は良くない。覚悟しておけ」
どういう意味か尋ねる前に、馬車に乗せられたルーは、視線が高くなったことにより、周囲の視線の全てが集まるのを感じた。確かに、とクスリと笑う。
やっと作り笑いではなくなったルーを見たローラントは、緩やかに口角を上げた。
ファンファーレと共に馬車が動き出した。取り囲む近衛兵達の装飾で満足に景色が見えない。
不満だらけのルーを乗せた馬車に貴族たちが続き、港町から王女の帰還を讃える歓声が上がった。




