父王と娘(四)守ってあげる!
セスは仲間に王とルーの対話を語った。あまりの悲劇に、ジョゼは顔を歪める。
だが、毒使いベルは不可解さが拭えなかった。
「その大陸外の材ってくだり、変ね。裏ルートでなら値によるけれど、結構な種類の物が手に入るわ。でも、あの時代のお医者さんがそんな裏の毒物まで知っているものかしら。外国のお医者さんは、単に分からなかっただけとも思えるし断定は危険ね。私だって聞いた限りの症状では、何の毒か分からないわ」
王が自国の医師の判断だけでなく、外国の医師にまで頼るほど手を尽くしたこと自体は、マリエル妃の寵愛ぶりが窺われる良い話だ。
だが、引っかかりがある。その医師は本当に分からなかったのか? それとも……。
ベルはさらに推理を続ける。
「万一誰かが毒を盛っていたなら、身近な人、つまりマリエル様と親しかった侍女を真っ先に疑うわ。でも、マリエル様がお亡くなりになった時の忠誠心を聞く限り、そんな人とは思えない。そうよね、マスター」
セスはマリエル妃の侍女の人柄を良く知っている。共にメロヴィアから来た者同士、何があっても主を守るという矜恃を持つ女性だった。
「君の言う通りだよ。他に気になることがありそうだね」
「ええ。でもこれは私よりマスターやジョゼの方が分かるかも。王妃様のように守られた存在に毒を盛るのは至難の業よ。普通のやり方じゃ絶対無理だから、私なら普段使う化粧品に混ぜるわ」
美容液やハーブを浸したリネンなど、日常的に使う物に潜ませ本人が使うなら、犯人は手を下さず徐々に盛ることが可能、と言うのがベルの意見だ。
当然だが王宮に住んでいた頃のマリエルの化粧品が、そこらで手に入るような物ではなく、王族の部屋に置けるほどの代物だ。
セスもジョゼもスティーン達も、あの頃血眼で原因を探っていたが、それは盲点だった。毒以外にも美容品の調合も得意とするベルならではの発想だろう。
「当時の所持品って残ってっかな……」
ルーが再び危険に晒されるかもしれない。ジョゼは険しい顔付きになる。
ただし、今のルーはマリエル妃とはだいぶ環境が違う。
暗殺者として毒の知識があり、毒慣れについては裏社会に入ったことで王族の頃より強化しており、さらにはベルがいることで、毒殺の回避は格段に上がる。
「誰が主導でやっていたのかも気になるが、我らも見つけられず、王も見つけられなかった。恐らくローラント王子も、ゼラフィーナ様やご自身の件で探しただろう。ベルの推理は的を射ていそうだね。裏社会が絡んでいる線も濃厚だ。所持品は……可能性で言えば、宮廷が管理しているはずだ」
「王宮が黒くて嫌になるわね」
ゲンナリするベルに、中途メンバーも賛同する。
「君達が今まで潜入した社交界の規模が大きくなっただけのことだ。陰謀ばかりだからこそ稼げただろう? 」
セスは肩をすくめて見せると、そりゃ違いない、と苦笑が漏れた。
***
メーアシェール港に着く前に、ルーは王と話を擦り合わせることにした。
「お母様の持ち物、残ってるもんなんだね!」
「公式には死んでおらぬからな」
「もしかしたら、その中から何か見つかるかもしれない。ベルおねーさんなら僕より詳しいし。あとね、毒と……お母様を殺したやつは雇い主が別。毒盛ってるのにわざわざ殺しにくるのおかしいもん」
母の死の真相を知ったルーは、あまりの心痛により、しばらく部屋に籠っていた。
やっと顔を見せたルーに、王は気遣わしげな表情を見せるが、ルーはニッと笑って見せる。
「上手く行けば犯人見つかるかもしれないね。で、見付けたら~」
さらにニヤッと笑うルー。春先の波の荒れをものともしない。王は苦笑混じりに息をつく。
逞しすぎる子に育ってしまった。しかし、懸命に生きてきた証が暗殺術なのだ。
「そなたが手を下す。ということだな」
「うん。もちろん、この世にいるのを後悔させてやるよ。でもそれは正直終わったことだから、僕は今を守りたい」
この凄まじい言葉を吐いているのが、マリエルとの愛娘であると言う現実に、王の頭は追い付かず、再び溜息を吐いたが、次の言葉で目を見開く。
「お父様を守る! だから、王位継承権ちょーだい」
元気に手を出すルー。少しも欲しくはないが、この立場が必ず役に立つという確信がある。
「それは……そんなことをしては!」
王はルーが王位など望んでいないことを察していた。もう危険に遭わせたくない。
しかし、愛する娘は強かった。
「これ、色々有利に働くよ。メロヴィアの件も、敵の炙り出しにも。僕は絶対に死なない。逆に殺す。あと、危なくなったら逃げる!」
力強くそして潔い。王はどこまでも逞しい娘に痛快な笑いが込み上げた。
「ははは! 逃げるという選択肢は良いな。安心できそうだ。国始まって以来の女の王位継承権か。しかしルーよ、困難な道になるぞ。話を聞くにそなたは正当なエルミア王国式剣術の手練れだ。今それが出来る王族は我とローラント、そしてルーしかおらん。司令官として戦場へ行く覚悟はあるか?」
戦場……。ルーは暗殺でしか殺しをやっていない。
「え? 覚悟ないよ? やったことないのに軽々しく言えるはずないじゃん。できても斥候だけど」
「王族が斥候などやるわけなかろう……。その辺りはローラントに教えてもらえ。我でも良いのだが、しばらくはそう頻繁に会えぬだろう」
途端にルーは寂しそうな顔になり、キュッと王の服を握った。表情豊かで天真爛漫なルー。顔が似ていても淑やかな母とは違った魅力を持って育った。
「味方を付けよ。そなたはきっと上手くやれる。短慮だけは起こさないでくれよ」
「無益な殺しはしないって決めてるから安心して」
全然安心できない返事だが、ルーの周囲は何やらしっかりと準備をし、王宮入りに臨んでいると聞いた。
ローラントが味方に付いていることも大きい。あの子も累が及ばぬよう避けて来ていたが、ルーの件で手を取り合うこととなった。
今度こそ……。
王はメーアシェール近海の潮風に漆黒の髪を揺らすルーに目を細めながら、守り抜くと胸に誓った。
***
だが、その誓いを支える舞台は決して単純ではない。
この時代のネベルム大陸において、貴族には二つの系譜があった。
ひとつは騎士貴族。伝統と騎士道精神を誇り、広大な領地を有し、軍を率いて王に忠誠を誓う者たちである。
もうひとつは法服貴族。政治・財政・司法を担い、官職に応じて爵位を得る新しい勢力。世襲は稀で、才覚によって地位を得る者も少なくなかった。
表向きは「軍事は騎士貴族、政治は法服貴族」と整理できよう。だが、現実はもっと複雑である。
タルンシュタットを治めるオットマー侯爵のように、騎士貴族でありながら貿易港を押さえ、経済と軍事の両面で国を動かす家もある。
また、法服貴族であっても潤沢な財力を用いて職業軍人を雇い、国境の守りにあたる家もある。
こうした混沌とした力のせめぎ合いが、ネベルム大陸の封建社会を形作っていた。
そしてその最上位に、王族が君臨する。
ルディカが再びその座に戻るということは、この複雑な力の渦へ身を投じることを意味していた。




