父王と娘 (二)母の病
マリエルは「寵愛が過ぎる」と囁かれていた。
本人は決して口にしなかったが、嫌がらせも多く、王が誂えたドレスが切り裂かれることもあった。
だが、マリエルは孤独ではなかった。ゼラフィーナ妃という友がいたのだ。部屋を行き来するなど共に過ごしていることが多く、ゼラフィーナは常にマリエルを擁護する立ち位置にいた。
「兄様……のお母様?」
「そうだ。同じ妃でありながらマリエルと友情を育んでおった。ローラントも幼い頃よりマリエルに懐いていたそうで、病に伏せってからは見舞っていたと聞く」
ルーは母の友人の話を覚えている。一度も会ったことはないが、食料や暖を取る物が届いた折りには、母が珍しく誇らしげにしていたものだ。
そんな穏やかな話の途中、話題をマリエルの病に戻した王は不意に声を落とし、母の様態に不自然な点が多かったと打ち明けた。……毒の疑いがある、と。
ルーは、すぐにゼラフィーナ妃を疑った。が、常にルーのことを第一に考えてくれた母が、自分が腹の中にいる状態で不用心に気を許すとは考え難かった。
ゼラフィーナ妃の件は、王の話を聞いてみてから疑っても遅くはない。ルーは用心深く尋ねた。
「本当に毒だったの?」
それに対し王は苦々しげに首を振る。
「どの医者が診ても、病とも毒とも原因が分からぬ、と」
「なにそれ! そんなことおかしい! 王宮にいたんでしょ? そこら辺の貧乏医者でもあるまいし。毒と病気の区別くらい……」
いや、そんなことはない。自分も毒は使うし、より高度な使い手はすぐ身近にいる。それに、話は15年前だ。
ルーは給仕をしているセスに目を向ける。控えめにサインが来た。「事実だ」と。
カップを持つ手が小刻みに震え、堪らず立ち上がった。
「酷なことを聞かせておるな。港に着くまでまだ時はある。今日のところはここまでに……」
「聞かせて!」
父の言葉を遮り、ダン、と両手をテーブルに打ち付ける。
母の健康を毎日願っていた。
それが、もし……もしも人為的に阻害されていたものなら。ドクドクと鳴る鼓動が耳に響く。
深呼吸をし、何とか気持ちを落ち着かせると、椅子に座り直した。
「では、続けよう。そなたの母がいかに勇敢だったかを」
船が大きく軋む音が鳴り、カップがカタカタと揺れる。ルーは平常心を保とうと、カップを支えたる手に意識を向けた。
一度目を閉じた王は、ゆっくりと開き、額に影を落とし語り出す。
「回復の兆しもなく、病に伏し弱りきった身体でも、マリエルは懸命にそなたを産んだ。あの時は母子共に死する可能性が高いと聞いていたが……マリエルは奇跡を起こしてくれた。そなたの元気な産声は、今もよく覚えている。傍で微笑むマリエルも」




