表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/62

伸ばした手の先の異物(二)転機

 ローラント達が暗がりに案内されると、ルーの灯したランタンからこぼれた明かりが、足元を照らすほど広がった。


「ここ、昔は採掘場だったんだって。兄様、坑道って知ってる?」

「知っている。私は王宮にばかりいるわけではないぞ」

「ふーん。王族なんて祭りに来るくらいしか知らないな。まあ、廃坑は庶民でも珍しい物だから楽しんで」


 素っ気ない言い草だが、物珍しそうに眺めているローラント達に、ルーは丁寧に説明をして歩く。


「光っているのは何の石なのだろう」

「蛍光鉱だよ。掘った人達が迷わないように、採り尽くさないで残して道標にしたんだって。光が拡がって見えるのは湿気のせい。だから、滑らないようにね~」


 ケラケラと笑いながら先へ進む。ルーの持つランタンが揺れ、拡散した光が洞窟の奥まで照らす。

 ゆっくり解説してやりたいルーだが、腹が減っては急ぎたくもなる。


「あんまりのんびりしてると帰り遅くなるよ?」


 帰り……。ローラントはルーを共に連れ帰る算段がついていない。王族として連れ戻したい。だがルーは今、縛られず自由に生きている。

 様々に悩みながら、ローラントはルーにどうしても掛けたい言葉があった。あの鮮やかな殺しの瞬間。確かに見たあの動き。


「鍛錬、続けていたんだな」

「ん~?」

「見事だったよ。エルミア王国式剣術」


 喜んだルーは振り向き、ぴょんと飛びながら構えだけ見せた。


「毎朝鍛錬やってるよ。身が引き締まるから好きなの。さっきは無意識だったけど、殺しにも使いやすくて便利!」


 驚いた顔を向けるレオニールの肩をローラントは軽く叩く。

 エルミア王国式剣術とは、非常に高難易度な技だ。大貴族までは知識としてのみ学ぶが、実際に扱う者は数えるほどで、全ての技となるとひと握りだ。それをルーは実戦に用いている。


「こうも開花するとはな」

「天才だからね」


 ふざけているルーはその事実を知らない。なぜなら、ルーは宮廷から隔絶された離宮で軟禁生活をしていたからだ。ローラントが教えてくれた、という認識しかなく、楽しみながら全てを習得した。

 前を行くほっそりとした背の下には短剣を帯びている。ルーが熟練した剣士となったのは、あの戦いぶりを見れば理解せざるを得ない。

 多くの才を持ちながら離宮で埋もれていたルー。こんな所でさらに埋もれさせてよいものではない。ローラントは決意を固めてゆく。



 いくつか分岐のある道を灯りに沿って歩き続けること一時間。行き止まりにワインセラーを挟んだ扉が二つ見えてきた。


「ここが兄様たちの部屋ね。怖い従者さん達は別室にいてもらうけど」

「怖いという割に簡単にあしらっていたぞ?」

「捕まえようとするような人達が怖くないはずないでしょ。はいはい、君たちは向こうの部屋ね。中は扉で繋がってるから安心して」


 入口の扉が開かれると、天井が高く、調度品が並べられた品の良い部屋が現れた。

 ルーの腹の虫の音を聞きながら、洞窟の中を随分と歩かせられたローラント達は、唐突に出現した豪奢な部屋に驚きを隠せない。


「ここは貴賓用か?」

「そんなとこ。色んなことがあるからね。マスターはその内来ると思うから寛いでて。あまり不自由はさせないようにするから」


 じゃ、と手を上げすぐに立ち去ろうとするルーをローラントは呼び止めた。

 戸惑いはしているが、元々ルーを探しに来たのだ。会えたのなら話したいことはたくさんあった。


「まだここにいてくれないか?」

「話すことはないよ。マスターに一任……」

「私が話をしたい。ルー、聞いてくれないか?」


 メロヴィア国がルーの言った通りなら、打てる手はある。


「父王とユリアンと接触したな? ユリアンは正体を知らぬようだが、父は恐らくおまえをルディカだと分かった」

「……。」

「マリエル様について私なりに調べはしたが、刺客の正体が分からなかった。ジョゼから話を聞き、やっと一端が掴めたような状態だ。おまえはこのまま暗殺者として生き続けるのか? 母について調べたくはないのか? 今のままでは父王に王女として迎えられる未来は見えるが、果たして自由でいられるかも分からん」


 強く手を握るルー。指が白くなるほど。痛々しい様子だが、このまま見過ごしたくない。ローラントにはやはり、今のルーの境遇が良いとは思えなかった。


「私の元へ来い。弱小王女と言ったな。後ろ盾なら私がなろう」

「それ、どういう意味? 王子が王女の後ろ盾なんて変だよ」


 幼いルーと過ごしながらずっと考えていたこと。それをローラントは今打ち明けることにした。

 そっと手を取る。逡巡する様子のルーだったが、手を預けてくれた。大の男を一撃で仕留めるような手にはとても見えない。小さな手。


「おまえを私の正妃にする」


 大きな濃紺の瞳がこぼれ落ちそうなほど広がる。

 しばし沈黙の後、ルーはゆっくり首を振った。


「皆が大事なの。王女の勤めよりも。王族に生まれたならお母様のようでありたかった。だけど、今は付いてきてくれた皆のために生きたい。お母様が亡くなったのは、僕が分を弁えなかったから」


 ルーはローラントの手をそっと離す。彼が嘘を言っているようには見えなかった。だからこそ……。


「暗殺稼業なんてしてるとね、分かってくるんだ。ああ、余計なことをしなければ、この人は長生きできたのにって。あの時僕は、静かに息を潜めて生きてればよかった。お母様を認めて欲しいなんて欲を持たずに。メロヴィアやエルミアが絡んでいようと、間違いなく……」


「違う!」


 微笑みで悲しみを隠し、自分を責めるルーの細い手をローラントはしっかりと握り直す。

 皆を大切に想っているルーの優しさ。非情な暗殺者の顔。しかし、根底には10歳で母を失い、戸惑い泣くルディカがいる。


「欲張れば良い。何も恥じるようなことをおまえはしていない。私はおまえの狩りの話を聞き、成長が誇らしかった。同時にそんなおまえを認めず疎むような国であってはならないと考えた。いいか? 王女だった子供が、若年で手練れの暗殺者になどなれない。こんなに生き方を変えられる王族はどこにもいない。私とて無理だろう。だからおまえは何にでもなれる。ならば私の妻となり、国を動かせ。エルミアにもメロヴィアにも一泡吹かせてやればいい。そして、おまえが選んできたように、再び仲間を率いてみろ。私と再会したことを好機に変え、おまえの大切な者を守ってゆけ」


 微笑んでいたルーはローラントの強い眼差しと言葉を受けながら、次第に顔を歪め泣き出しそうになっていた。瞳が揺れる。ハッとするほど美しい。

 再会時には余裕がなかった。が、気だるそうに喋るルーを見ていて、笑いながらもあまりに美しく育っていたことに驚いていた。


「ありがとう、兄様。僕、すごく混乱してるから、今答えなんて出せない。マスターにも話して欲しいし。僕らは簡単に抜けれるような世界にいないんだ」

「そうですよ。勝手に話を進められては困ります。まあ、その話は助かりますがね」

「ジョゼ!」


 物陰から現れたジョゼに、レオニールは酷く驚いた。気配を全く感じなかったのだ。

 メロヴィアの特殊密偵スティーン。非常に高度な隠密能力を持つ集団。その全員が今、ルディカの元にいる。

 これは、味方に引き入れられれば相当な武器だ。


 ジョゼはレオニールの思惑など見透かしている。

 利用できる、とレオニールが考えたのなら、ルーに有利に働かせる材料になりそうだ。


「殿下に食事の用意をと思ってね。ルー、おまえも食ってないだろ。殿下、先ほどのやり取り、全てお聞かせ頂きました。セスは話し合いにルーを同席させないつもりでおりましたが……そういったおつもりならば、食事を召し上がりながら、というのはどうでしょう。ルーにもそろそろ食べさせてやりたいので」

「確かに。ルーの腹の虫が元気だな」


 途端にふくれっ面になったルーは、プイッと顔を背けジョゼの方に行ってしまった。堅物のレオニールもさすがに笑う。


「淑女の前ですよ、殿下」

「あれだけ聞こえれば気になるだろう。食事は皆で。我らは戦場で皆寝食を共にしてきた。王族だとて私にはそれほど気を遣わないでくれ。今は非公式だ」

「かしこまりました。ルー、運んできてくれないか? ベルが待ってるぞ」

「ベルおねーさんが作ったの? じゃあ間違いなく美味しいね! 行ってくるー!」

「摘み食いしないで急いで持ってこいよー」


 礼も何もせずに軽やかに扉を出ようとしたルーは、少し考え、ローラントに首を少し傾げる会釈をして出て行った。ほんの少しの仕草で溢れ出る気品。


「ああしていても母の教えは忘れていないのだな」

「マリエル様はルーの憧れの存在なのです。今もそれは変わりません」


 ジョゼはローラントに微笑み答え、持ってきたコーヒーをコポコポと注ぐ。

 そういえばルーはカフェで働いていたのだった、とローラントは思い起こす。となると、カフェと酒場が仲間の拠点。いや、おそらくはカフェだろう。店名がマリエルなのだから。



 ***


 隠し通路からギルドへ戻ったルーに、気を揉んでいたメンバーは一斉に駆け寄った。が、ルーがスープの匂いを嗅ぎ鼻をヒクヒクさせ、


「美味しそう!」


と声を上げた途端に皆脱力した。


「お腹空いてそうだものね。行く前に少し食べて行ったら?」

「向こうで一緒に食べることになったよ。マスターも早くいこーよ。嫁になれって言われた」


 最後の爆弾発言でセス以下皆騒然としたが、ルー本人は摘み食いし始めている。


「ルー、それは……」

「ジョゼが対応してるよ。まあ、悪い話ではなかったけど問題はさ……ギルバート様の方だよ。僕は不義理をするのだけは嫌だな」


 義理人情を尊ぶ世界。王家だろうとなんだろうと、筋を通さねば撥ね付けられ、一筋縄ではいかない。

 その頂点に君臨するセスの次兄ギルバートに、幼いルーは気に入られ、今リンツァギルドに集うことができている。

 こういった経緯もあり、セスも慎重になりたかった。


「では、そろそろ話し合いに行こうか。先ほどは兄の名を出さなかったが……ベル、給仕に回ってもらえるかい?」

「もちろんよ。ここで気を揉んで待っているのは嫌だし」


 予定のある者は通常通りと指示され、皆それぞれの業務に戻ることにし、密偵員がギルバートの元へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ