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ネベルム大陸記~喪の王宮~  作者: 猫戸針子
第1幕 暗殺者 殺戮天使ルー Rubato
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伸ばした手の先の異物 (一)回想

 ルー達が劇場舞台裏で任務を続行している頃、セスはローラントに真実を語る時を選んでいた。


「ルーがマリエル様の最期を知らない?」

「……伝えることがどうしてもできませんでした」


 目を伏せたセスから、ただならぬ様子を感じ取ったローラントは、しかし真実を知りたかった。自分がどんなに調べても把握できなかった何かが、確実にここにある。


「聞かせてくれ」


 苦悶に顔を歪めるセスに、ローラントは声を和らげ問う。

 そして、セスは重い口調で語り始めた。

 離宮を脱出するそのさなか、マリエルが残った時のことを。為す術のなさだけが残ったその決断は、ローラントの胸を締めつけた。

 しかし、やはり理解できないことがある。


「そうか……だが、いくつか確認したい。なぜルーが殺しをしている。相当に手慣れているようにも見えた。それに、逃亡先ならばメロヴィアを選ぶものではないか?」

「それについては私からご説明致しますが、よろしいですか?」


 ジョゼが発言の許可を求めた。この者がただの使用人だとは、もうローラントも思っていない。

 何者なのか知る必要がある。


「申してみよ」

「ありがとう存じます。それでは……」


 ジョゼは、離宮脱出の後から今に至るまでの歳月を静かに語り始めた。



 ***


 五年前のあの日。


 マリエル妃の最期を伝え、ルディカ王女を匿ってもらうために、セスとジョゼ、スティーンらは祖国メロヴィアを目指していた。彼らは戻ればそれなりの地位でもあり、巫女頭の証を受け継いだルディカは、丁重に扱われるはずだからだ。

 しかし、国境近くで合流したメロヴィア連絡担当のスティーンからもたらされた報せは、耳を疑うものであった。

 祖国は今、苛烈な政変の真っ最中であり、宰相と王弟によって、現王はじめ王族は幽閉。忠誠を誓っていた貴族は投獄。そして、聖職者たる巫女と、その家系──マリエルの親族は、王族よりも権力を持ち王権を揺るがす害悪だと、全員虐殺された。


「そんなことがあってよいのか! 大精霊に選ばれし神聖な陛下と巫女達をそのように……ありえん!」


 だが、口に出しセスは思い至る。巫女頭であったマリエル妃暗殺には、この政変が関わっているのではないだろうか。

 祖国は列強に囲まれた小国だ。ゆえに狡猾な手段を取らざるを得ないこともある。エルミアと通じ都合良く利用することで、マリエル母子に手を下させることなど、メロヴィアならば常套手段だろう。あるいは……その逆も有り得る。

 セスは、口の中に苦味が広がった。この憶測はあまりに現実的だ。


 そんなメロヴィアから逃れてきた連絡員のスティーンは、処刑が決まった巫女達にマリエル母子の守護を託され、妃の元へ移動している最中であった。


 互いの情報を交換し、絶望的になる。


「せめてルディカ様だけは……」


 巫女頭守護役のスティーンも、処刑の対象となっていた。


 一方セスの家系は典型的なメロヴィア貴族であり、中立の立場を取っている。マリエル妃が「祖国に帰れば仕える必要がない」と言ったのはそういうことである。

 だが、セスはルディカを守ると心に決めていた。


「心当たりがある。表では生きられなくなるが……」

「あんたの兄上か……」


 セスの次兄はメロヴィア国王に不義を働いたと国外追放されている。

 家人が接触することも、国に足を踏み入れることも許されない。そんな彼は今、エルミア裏社会で生きており、「影の支配者」と称される存在となっている。


 ルディカは大人達のやり取りをじっと見つめながら黙っていた。

 脱出して以来、どうしても言葉が出ない。母がどうなったのかも、聞いていない。だからと言って彼女は誰を責める気はなかった。

 幼いはずのルディカは、その年齢に見合わずあまりに聡すぎたのだ。ゆえに現状どうすればよいのか……考え続けてしまったのだ。


 主は自分に変わった、との自覚は胸に確かに刻まれていた。


 ペンダントを手に取る。母がいつも持っていた、祖母から受け継いだという物。いつから受け継がれているのか。これが何なのかルディカは知らない。

 それでも、これを母から受け継いだ。

 ならば……自分は母のように気高くあろう。


 一歩また一歩、小さく震える足を前に出し、皆の顔を毅然と見渡す。


「その人に会わせて。私は、皆を守りたい」


 ずっと黙っていたルディカが、皆を背負うと決意を示した瞬間だった。


 セス、ジョゼ以下集った者達は、皆肩を震わせ涙した。ルディカを守っているつもりが守られていたのだ。

 皆この時より、どのような状況になろうと、姫と共に生きることを決め、忠誠を誓った。


 その後、一行は王都を離れ南部の屋敷へ身を寄せた。

 そこでルディカは、セスの次兄に主として振る舞う気高さと賢さを見出される。次兄はその資質を愛し、淑女の教養と裏で生き抜く術を授けた。

 一方セスとジョゼは裏の仕事を任され、やがてタルンシュタットにギルドを築く。


 ギルドを立ち上げる際、ルーは決めていることがあった。


「セスをマスターと仰ぎ、皆従うこと。僕は実行部隊に回る」


 この頃にはルディカの名と王女であることを捨て、皆と平等に接し合い、言葉遣いも改めていた。

 だが、母のペンダントだけは、庶民として生きようと離すことはなかった。

 ジョゼはルーの決断に猛反対した。密偵員も充分に危険であるが、守りながら共に行動するつもりでいたのだ。


「もう決めたの。主なんて考えが今も残ってる。君達は僕の為にこの道に来るしかなかった。だったら僕はこの腕で応えるよ」

「なんで守らせてくれねえんだよ! 確かにおまえは成長したし腕が立つ。だが、大切な……」

「大切なのは全員。離宮を出てメロヴィアからも見放されて、僕はそう心に誓った。結局は皆にお世話になってるけど、根っこの部分は変わらないの。ジョゼ、僕は簡単に死なない。必ずギルドを盛り上げてみせる」


 ギルドを立ち上げた所で収益が見込めなければ、すぐに撤収させるだろう。新参ならば他のギルドから出し抜かれることもある。

 群を抜いて実力を示し、かつ目立つにはルーのような少女暗殺者はうってつけだ。


「頼んだよ、マスター!」


 殺し屋とは思えないほど清々しい笑顔で、ルーは全てをセスに託した。



 ***


「なぜ殺しをしているか、とお尋ねになりましたね。そうする他になかった、と申し上げること以外ございません」


 ただ事実を淡々と語るジョゼは、あくまでも静かだった。

 ローラントは変わり果てたルーの様子にようやく合点がいくが、軽々に判断してよいものではないことを痛感する。

 だが、感傷に浸っている場合でもない。ルーを取り戻すことが最優先だ。王族の責務としても。

 何か、打開策はないか。思案していると、レオニールが口を開く。


「メロヴィアの政変は一時的なもので、王弟と元宰相は処刑された。今は国も落ち着いているはずだ。なぜ頼らない?」


 彼らの話は同情に値するとは思える。が、依然拘束されたままであることは警戒せねばならない。レオニールはできる限りの情報を引き出し、何らかの交渉に持ち込むつもりだ。


「そんなのできたらここにいないって。レオニールは相変わらず頭が堅いね」


 どこからかスルスルと降りてきたルーは、軽い調子で歩くと、ローラント達とセス達の間に立った。

 深刻な空気をカラリとぶち壊したルーに、ジョゼは溜息を吐く。


「隠れているかと思えば。任務は?」

「無事完了! みんなもう解散したよ」


 ジョゼの呆れ声に、ルーは手だけをヒラヒラと振る。

 途中から聞いた話の流れでは……。ルーは少し頭を巡らす。恐らく、なぜこうなったかの経緯を説明していたのだろう。メロヴィアを話題に出しているのだから。

 面倒なこと極まりないが、ここまで話が進んだなら合わせるしかない。


「まずは久しぶり。さっきは知らない人のフリしたから挨拶できなかったね。まあ、知らないようなもんだけど」


 軽い調子のまま突き放すルーの言葉に、ローラントは彼女との間に大きな溝を感じた。ルーは少しも構わず続ける。


「で、メロヴィアのことだけど、あの国に行ったところでお母様がいないなら僕は幽閉か殺されるだけ、ってことまではわかるよね? んで今はさ、巫女の家系も途絶えてるし、王族は奇病が流行って機能不全。風前の灯らしいよ。そんなとこに後ろ盾もない外国の孤児王女なんてお荷物でしかないからね。だいぶ前からメロヴィアは、エルミアから離れたがってたみたいだし、余計にじゃない? 情報網薄いよレオニール。兄様の側近なのにそんなんで大丈夫?」


 ごく普通のことを言っただけのルーだが、レオニールに対する親しみは隠せていない。敵対し捕らえられそうになったというのに……。

レオニールは慇懃(いんぎん)に言い返そうとしたが、視線を合わせた途端、ふと口をつぐんだ。姫にどこか昔の面影を見た気がしたのだ。表情がわずかに緩んだ。


「確かにあなたの言葉も一理あります。先ほど堕ちたと申した無礼、撤回致します。変わらず聡明でいらっしゃる」

「堕ちてはいるから別に構わないよ。マスター、これからどうするの? 僕もう帰りたいよ。お腹も空いたし」


 任務を達成し満足しているルーは、駄々をこね始めてしまった。場は完全に台無しになり、今度はセスは溜息を吐く。

 ローラントは小さく笑う。天真爛漫さは変わらない。面倒くさがっているルーに、ローラントは半ば諭すよう話し掛ける。


「まず、事情を知った我々は、おまえ達とある程度の折り合いをつけねば帰してはもらえんだろう? こちらからの提案もある。逃走も危害を加える意思もないことは約束しよう」


 ローラントの発言にレオニールは従うことにした。考えていることは恐らく……。

 セスもこのまま劇場に留まらせる気はなかった。向こうが話し合いを希望するならば、聞いてみる価値はある。上手く行けば、ルーの環境を変えることができるかもしれない。


「分かりました。ルー、拘束を解いてやりなさい。その後は、わかるね?」

「りょうかーい」


 軽い返事で4人の手枷を切ると、ルーはさっさと隠し通路に行ってしまった。セスとジョゼは肩を落とす。

ローラントはルーがだいぶ掻き回している様子に、ついに笑ってしまった。


「お寛ぎ頂ける場所へご案内します」


 恭しく礼の姿勢を取るジョゼに、ローラントは頷いた。どこへ連れて行かれるのか知らぬが、彼らが自分達を殺める気がないことだけは分かった。


「早くー! 駆け足!」


 痺れを切らしたルーが呑気に呼んでいる。


 調子を狂わされながらも、レオニールはやはり懐かしさを覚えた。幼い頃のルーもこんな風に自由奔放だった、と。


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