舞台裏の刃(三)劇場
セスがローラント達を秘密の場所へ案内している頃、ルーは計画通り舞台袖にいた。
防衛卿の死体はルーがローラントとやり取りしている間、メンバーは意識がルーに集中しているのを利用し、止血布で強く傷口を押さえひっそり運び出していた。
ルーのことは気掛かりだが、こいつをさっさと使わなければならない。
待っていた仲間が用意していた厚手の布に松脂を混ぜ、首に幾重にも巻いて血を固める。滴らせないための処置だ。
暗殺者は痕跡を極力残さない。殺害直後の運搬で、ダラダラと血を落とさないための、彼らの技だ。
「ごめんごめん! マスター来たからもう大丈夫!」
止血作業が終わる頃、ほうほうの体でルーがひっそりと現れ、メンバー達は安堵した。
「面倒事があったらしいな」
「うん……僕のせいで、ごめん。もしかしたら、この街にいられなくなるかも」
泣きそうな顔になるルーの頭に、メンバーは手を当てた。腕が立ってもまだまだ子供だ。
「そんなことを今気にしなくていい。マスターが考えてくれるだろう。俺たちは依頼を遂行するぞ」
「……うん!」
ルーはゴシゴシと目を擦り、気を引き締める。
今、ルーは舞台袖死角から周囲を確認している。計画通り幕間だ。
(よっし!)
合図すると、仲間達は淡々と死体を運び、用意した衣装と卿の服を照らし合わせる。
「着替えない方が良いね。こいつの服の方が目立つよ」
「ふはっ、違いない」
ひそひそと話し合っている間に、別のメンバーが舞台装置のぶら下げ用鋼ワイヤーを静かに準備した。
ワクワクしながらも警戒を怠らないルーを信用しているメンバー達は、力仕事を手早くかつ慎重にしてゆく。
舞台高台の中央に設置された大道具に死体を組み込み、メンバーはルーのいる舞台袖の死角に素早く戻る。
「台本通りに進むみたい」
「んじゃ、作戦A続行だな」
演目が始まり、劇団員が華々しく登場する。舞台裏には幾重にも仕掛けが施され、計算された動きで道具が移動する。
そして、背景が薄暗い物に変わる瞬間、卿の首に巻き付けていた布をメンバーが組み込んでいた別ワイヤーで引き、回収する。
特定の背景道具が入れ替わるのと同時に、卿の死体は落下し、腹心夫人の桟敷からほぼ垂直に見える位置で止まった。
それはちょうどオペラ歌手が登場した時のことだった。
劇団員さえも仕掛けの一部かと思って眺めていた。
死体の首元から赤い滴がポタポタと垂れ、舞台の上に赤い染みを作る。オペラ歌手はまだそれに気付いていないが、観客と舞台袖では気付く者が現れ始めた。
なかなか戻らない防衛卿を案じながらも、ベルに手を握られ安心して舞台を楽しんでいる副官夫人は、舞台の上から人形のような物がぶら下げられたのを見た。顔は夫人からよく見える位置だ。
ベルはそれを確認し、夫人の意識を呼び戻すように独自調合ハーブの香水を吹きかけた。
演出効果を高めるため、少し前にワインに垂らした阿片チンキにより、夫人の意識を僅かに朦朧とさせていたのだ。
夫人の頭が徐々に冴えてゆく。
歌手が悲鳴を上げ、血溜まりに腰を落としている状況をハッキリと認識した。
「あ……ああ………」
ぶら下がっているのは
「いや、そんなっ……」
愛を交わした人が
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
糸で吊るされている状態だった。虚ろな目でこちらを見ている。朗らかなあの人とは似ても似つかない蒼白の顔で……。
観客が悲鳴を上げ逃げ出す中、夫人は震える足で立ち上がり、舞台へ向かう。ベルは逃げ惑う人々の中に紛れ込み姿を消した。
「任務完了、ずらかるぞ」
「うん!」
死体が無事吊るされたのを確認したルーとメンバー達は、観客達の悲鳴の中、紛れて立ち去った。
後はどうなろうと知ったことではない。
「ねえねえ僕さ、マスターのとこ行ってくるよ」
「おまえは隠れていた方がいいんじゃないか? 」
既に安全な場所に出ているメンバーとルー。他のメンバーも散り散りに脱出した。
「僕も聞きたいことがあるし、あの石像引き取ってもらいたいから。ブローチも返してもらいたいし」
今一番期待されている王族を捕らえているのに呑気なことである。メンバーはやれやれとルーの肩に手を置く。
「俺はベル達と合流してからギルドで待機する。気を付けろよ」
「うん、そっちもね」
互いに別の方へ。
雑踏に紛れながらルーは目的地へと向かった。
ベルは既に密偵員から話を聞いていたところであり、気がかりで仕方がなかったが、ギルドへと戻った。




