第33話:ティレニアの冒険者
――――――――――ティレニアの女冒険者マーサ視点。
食事を取っていたら声をかけられた。
「おい、マーサ。難しい顔してるじゃねえか」
「ん? ああニックじゃないの」
「せっかくの美人が台無しだぜ」
「いい男は『憂い顔も素敵だぜ』って言うものなのよ」
「ハハッ、一本取られたぜ」
ここの食堂はおいしいけれど、若干値段が高い。
だから冒険者仲間のニックが来るとは思わなかったんだけど。
「で、どうしてそんな麗しい憂い顔を披露してるんだよ」
「決まってるじゃないの。今度の共同作戦についてよ」
『共同作戦』なんてぼんやりした言葉を使ったのは、機密も含まれているんじゃないかと思うから。
……誰も聞いてる気配を感じないし、小声なら問題ないわね。
「ゼイパレスへの別動隊による侵攻作戦か」
ニックの言葉に頷く。
<察知>持ちのニックが普通に喋っているなら、さほど注意しなくてよさそう。
ティレニア王家はゼイパレスとの戦争を決断したんだって。
それで冒険者二〇人くらいで、現在は使用されていない山越えの旧道を使った陽動を行えという要請が、何と王家から冒険者ギルドに来た。
「二〇人じゃ規模が小さ過ぎるじゃないの」
「大軍を送れる道じゃねえって判断だからな」
「結局勝負は街道の会戦で決まるじゃない。あたし達の働きなんて、どうせ認められないでしょ?」
そう、ニックもあたしも作戦に参加するの。
「まあな。だから俺達の欲を刺激するために、略奪許可が出てるんだろうけどよ」
「泥棒じゃない。略奪を黙認ならともかく、許可なんて聞いたことないわ」
「……あとで問題になれば俺達に責任をおっ被せるつもりなんだろ」
「ニックだってわかってるんじゃない」
特にニックは隊長を仰せつかってるのよ?
責任から逃れられない。
……まあニック以外の者が仕切るんじゃ収拾つかなくなりそう。
あたしもニックが隊長だから渋々ながらも参加するけど。
「俺だって気が向かねえよ。だが冒険者の立場ってやつがあるだろ」
「冒険者ギルドの立場でしょ?」
「同じことだぜ」
思わず口を噤む。
ティレニア王国の冒険者ギルドには王家が出資してるの。
だから基本的に王家の依頼は断れなくて。
ギルドに所属しない野良冒険者ってほぼほぼムリだし。
あーあ、こんな無茶な要請が来るなんてなあ。
「王家の言うことには従っておかなきゃいけねえってことよ」
「わかってるけど……。どうして今戦争なの?」
あたしは状況がよくわからない。
視野の広いニックなら、あたしよりは掴んでる情報が多いのでは?
グラスを回すように振るニック。
どうでもいいけど、ニックは食事しないのかしら?
「……不敬な発言になるんだけどよ」
「ニックは存在自体が不敬だから、構わないわよ」
「ひでえな」
「あたしに不敬じゃなければそれでいいわよ」
「ひでえな」
アハハと笑い合う。
ニックがちょっと真剣な顔になる。
渋いハンサムな顔だと思うわ。
「……ティレニア王家はガタガタだろ?」
「それはあたしも少し思ってた」
かなり物価が上がってしまって、政策の失敗だっていう平民層の批判の矛先が王家に向かっちゃってるの。
でも農産物の不作は王家のせいじゃないんだから、仕方なくない?
「要するに突き上げ食っちゃってるんでしょ? ガタガタとまで言えるかは知らないけど」
「まあ俺達みたいな場末の冒険者に王都のことはよくわからねえからな」
「でもニックは鼻が利くから知ってるんでしょうね。納得いかないと寝不足になるから教えなさいよ」
「おお? マーサがそんなことくらいで寝不足になるのかよ」
「寝不足だと美容に影響しちゃうわ」
「大事じゃねえか」
再びアハハと笑い合う。
今回の作戦には納得いかなくてイライラしていたけれど、ニックと話してたら楽しいわ。
「王家内部が揺れてるんだぜ」
「内部? 物価がどうこうの話だけじゃなくて?」
「おう。次期王を巡る争いってやつがあってよ」
「ええと……」
確か正妃様の子の第二王子が王位継承権一位なんでしょ?
問題なくない?
「陛下には四人の王子がいるだろ?」
「そうね。でも正妃様の王子が優先されるんでしょ?」
「王位継承順位という面ではな」
「えっ? 王位継承順位通りになるものなんじゃないの?」
「そんなことあるか。これまでのティレニア王で即位直前に王位継承権一位だった者なんて半分しかいねえ」
そうなの?
ニックって随分細かいことまで知ってるのね。
驚きだわ。
「王位継承権が当てにならないとなると、次期王って何によって決まるの?」
「もちろん陛下の意思だな」
「ああ、当たり前ね。つまり陛下の意思と王位継承順位が一致しないのね?」
「ところがそうでもない」
「えっ?」
一致しているなら揉めることなくない?
「王位継承権一位の第二王子が王太子候補本命と思われてはいる。が、凡庸という話なんだな」
「ふうん?」
「それで側妃腹の第一王子に待望論が出始めている」
「第一王子は優秀なんだ?」
「そういう噂だな」
でもまだ第一王子も第二王子も十代前半じゃなかったっけ?
全然判断できるような年齢じゃなくない?
いや、第二王子が一目でダメだって思われるようなクソガキで、周囲に諦められちゃってるのかもしれないけど。
「第三王子の母は大商人の娘だ。財政を立て直すために第三王子を推すべきという説もあるな」
「えっ? 第一王子と第二王子だけの争いじゃないんだ?」
「もう少し複雑なんだぜ。第四王子は陛下の寵妃の子だしな。実は陛下は第四王子を最も可愛がってるんじゃないかとも言われている」
「ものすごく面倒なんじゃないの」
ニックが達観したような顔だこと。
「ああ、面倒だな。だから将来絶対後継者で揉めるだろって、一部で言われててよ。目先の利く商人が密かに備蓄に走ってるんじゃないかってな」
「だから物価が上がっちゃってるの?」
「あくまで噂だぜ?」
噂だとしてもそれに追従する者が出るから、王家の混乱が収まらない限り豊作でも物価は落ち着かない?
となると市民の不満もまた燻り続ける?
「……ふうん」
「マーサも状況が見えてきたか?」
「ちょっとは。要するに今のまま王家の市民人気が下がってるんじゃ、より不穏な情勢になっちゃう。革命まで考えなきゃいけない?」
「ハハッ。革命はともかく、王家も状況を好転させたくなったんだろ。それにはゼイパレス戦での勝利が必要だと」
「戦争が始まると、余計物価が上がるんじゃないの? 普通」
「マーサの言う通りだな。しかしティレニアは既に戦争に向けて準備ができている。ゼイパレスは途上だ、という考え方もできる」
「短期決戦ならティレニアに分があると?」
「少なくとも上層部はそう見てるから、戦争に踏み切るんじゃねえの?」
ほぼわかった。
でも……。
「ニックは戦争に反対なのね?」
「当たり前じゃねえか。大体ゴルドー達が帰ってこねえだろ?」
ゴルドー達三人組は先行してゼイパレスに潜入した。
街道から入って、あたし達の侵攻する旧道から帰ってくる予定だったのだが、予定帰還時になっても戻ってこないの。
「ゼイパレスに寝返ったんじゃないの?」
「かもしれん。しかしやつらの素行は悪いからな。捕まったのかもしれん」
頷ける。
でもゴルドー達ってレベルは大したことないけど、抜け目ない印象はあるんだけどなあ?
「いずれにしてもゴルドー達が帰ってこないとなると、情報は漏れてると考えるべきだろ?」
「あっ、そうね」
「侵攻作戦は容易じゃねえ展開になるってことだぜ」
「御馳走様」
「ハッ、食欲があるのはいいことだ」
「消化が良くない話を聞かされちゃったけどね」
三度笑い合う。
さて、どうなるんでしょ?




