第12話:襲撃
――――――――――北の街道を走る馬車の中。ゼイパレス王国第三王女タスミン視点。
「……姫様」
「何でしょう?」
街道を飛ばす馬車から後方を注視していた護衛隊長が深刻な顔をしています。
よからぬことが起きているのでしょうが。
「お気付きかもしれませんが、不審な者どもがつかず離れずの距離におります」
「やはり……」
西の隣国ティレニアとの関係がここのところよくありません。
いえ、お父様である陛下の見解としては、ティレニアの経済政策の失敗で民が不満を抱えている。
その不満を我がゼイパレス王国に向けるように誘導しているのだろう、ということでした。
よくある責任転嫁ではありますが、実に迷惑な話です。
そのためわたくしがティレニアを表敬訪問いたしました。
ゼイパレス~ティレニア間の陸路交易を活発化しようという案を持って。
買占め売り惜しみで物価が高騰しているティレニアにはもちろん、我がゼイパレスにとっても利のあるアイデアでしたから。
物流を大きくするのは経済の特効薬ですものね。
ところがこれが完全に裏目に出ました。
わたくしは第三王女でしかなく、また経済の専門家でもありません。
ただの子供ですものね。
口当たりのいいことだけ言って舐めてるのか。
本気ならばもっと身分の高い者か権限のある者を、ということなのです。
我がゼイパレス王国にしてみればわたくしの訪問がメインで、友好的なところを見せておこうという考えでした。
案だけ出しておいて、交渉は経済官僚同士の折衝から、という腹づもりだったのです。
わたくしのような子供の訪問にティレニアが本気で咬みついてくるとは考えておりませず。
はあ、お務めを果たせずガッカリです。
「追手はティレニアの者ですか?」
「おそらくは。というかどうやら先回りしているやつもおるようで」
「……何ですって?」
わたくしを血祭りにあげて国威を張ろうという考えですか。
それほどティレニア王家の求心力は弱まっているのですかね?
いえ、国がやらせているわけではなく、単純に国力が落ちているから治安が低下して盗賊が出る、ということなのかもしれませんが。
いずれにしてもわたくしが死んではゼイパレスも黙ってはいられないです。
戦争になってしまうでしょう。
国力を落としているとはいえこれあるを予期していたであろうティレニアと、完全に想定外のゼイパレス。
よろしくない戦いになりますね。
わたくしは死ねません。
「ただやつらは武装していないように思えるのです。動きが軽過ぎます」
「見守りないし監視の者ということですか? では心配ないのでは?」
少しほっとしたところへの護衛隊長の言葉は強烈でした。
「姫様、それは甘うございます。ゼイパレス領内に入ってから襲いかかってくる算段やもしれません」
「えっ? 武装してないのでしょう? それに国境の関で止められるでしょうし」
「既にゼイパレス領内に兵が伏せてある、とすればどうです?」
既にゼイパレス領内にティレニア兵がいるという考えは、わたくしにとって盲点でした。
街道沿いの国境近くは森の中ですから、人口希薄地帯です。
両国の緊張もあってティレニアを刺激しないよう、開発することを推奨されていない地域ということもあります。
兵を伏せる場所などいくらでもあるでしょう。
ゼイパレス領内であれば、知らぬ存ぜぬで襲撃の批判を躱せるという考えですか?
そしてわたくしが死ねば、くだらぬ提案をした小娘は天罰に遭った、とでも嗤うのでしょうか。
何と卑劣な!
「姫様、落ち着いてください」
「はい」
「既に援軍の要請は出してあります」
それでも護衛隊長の顔は晴れません。
敵が我が国領内に兵を伏せているのが本当なら、伝令が目的地へ辿り着いている可能性は低いのではないかという懸念があるのでしょう。
またまとまった援軍を出せるような大きな町が、街道沿いにしばらくないということもあります。
「我が国領内に入ったら、守りを固めてさらにスピードを上げます。小官が声をかけるまで、姫様は絶対に馬車から顔を出してはなりません。よろしいですな?」
「はい」
神様、わたくし達に幸運を!
◇
――――――――――北の街道へと急ぐザックとヒトシ。ザック視点。
身体強化魔法をかけて北の街道へ走る。
チラッとヒトシのほうを見たが、全然余裕がある。
大したもんだぜ。
元々穴掘りばかりしてただけあって、体力はかなりあるじゃねえか。
レベルもレベルだし、十分戦士としてやっていけるんだが。
ただルルイフのじーさんの考えとしちゃあ、なるべくゆっくり育ててやれというニュアンスだった。
というか精神や思考の成熟を優先しろという感じか。
オレも賛成だが、修羅場は待っちゃくれねえもんだ。
戦闘にヒトシを駆り出すことになっちまったようだが、オレのせいじゃねえよ。
不可抗力だ。
「よし、チェフの村だ」
街道沿いの村チェフまで来た。
しかし考えていたような騒ぎにはなってねえな。
メイエスの冒険者らしきやつもいるが、肩透かしって表情だ。
ということは……。
「ヒトシ、どう思う?」
「チェフってこんな小さな村なんですね。援軍なんか出せないですよ」
「おう。伝令の騎士もムリだと悟って、ムダなことをせずすぐに近くてデカい町メイエスに応援を求めに駆けたのかもな」
「王族を乗せた馬車が本当に北の街道を通っていたのなら、伝令の騎士がチェフを経由したことは間違いないと思います。だったら聞き込みをすればもう少し情報が出てくるかもしれません。でも……」
「そんなことしてる時間はねえ、ってことだな?」
「はい。チェフがこれだけ平静なのでしたら、王族の馬車はもうチェフを無事通過したのか、でなくばよりティレニア王国との国境側で襲われているかどちらかだと思います」
「よし、いい判断だ。ティレニア側へ行くぜ」
「はい!」
オレの考えていたことと一緒だ。
ヒトシはなかなか頭もいい。
あるいは<ガイド>スキルの補助込みかもしれねえが、スキルを使いこなすことだって重要だからな。
既にチェフを通過してるなら、危機は未遂に終わったんだと思う。
確認なんかあとですりゃいいことだ。
問題はまだティレニアとの国境側にいる場合だ。
再び身体強化魔法をかけて走り出す。
街道をティレニア側にだ。
北の街道沿いでは、チェフは最もティレニアに近い村だ。
ここより西に集落はない。
人口希薄地帯だから、敵さんにしてみりゃ最も襲撃に都合のいい場所だ。
「ヒトシ」
「……はい」
ヒトシも<察知>しているのだろう。
戦いの予感を。
「対人戦は初めてだな?」
「そうなんですよ」
「緊張するんじゃねえぞ? 何たってヒトシはかなりのレベルだし、回復魔法も持ってるんだからな」
「はい」
「人相手だとズル賢く立ち回らねえといけねえ」
「あはは」
「王族の馬車なら結構な腕のやつが護衛してるはずなんだよ。にも拘らず苦戦してるのならば……」
「ぼく達二人がまともに参戦したってダメということですね?」
「おう」
……これは言っておかないとな。
「相手に<察知>持ちがいなきゃ、少々人数差があっても勝てるだろうぜ。不意打ちできるからな」
「<察知>持ちがいた場合はどうします?」
「戦闘か撤退かの判断はオレが決める。ヒトシはオレに従え」
「……はい」
「間違っちゃいけねえぞ? オレ達は王族の馬車を助けに来たんだが、援軍ではあっても絶対に戦わなきゃいけないわけじゃねえ」
いや、まさかオレやヒトシ以上のレベルのやつらが敵の中にいるとは思えねえ。
もしそうなら王族には悪いが、尻尾を巻いて一目散に退散だ。
初陣のヒトシを勝ち味の薄い戦いに巻き込めねえからよ。




