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極楽地獄還魂記  作者: 有嶺 哲史
第二章 転生して再会
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泰山府君

 食卓の上に封書が置いてあった。

裏の差出人欄を見ると〝李世民〟と書かれていた。

またも皇帝陛下の手紙だ。

都に行くのは久しぶりだった。

建国から年月が経ち、帝国の首都長安は相変わらず壮麗であるが、自然と人を惹き付ける重厚な落ち着きが備わった。

春先の空はよく晴れ、繁栄の喧騒も懐かしかった。


 宮殿に入った。

老境に入った太宗皇帝が平土間まで降りてきて満面の笑みでおれに握手しながら言った。


「おお、西天大聖。達者であったか」


感激のあまりボーっとしていたら後ろから頭が高い、と何者かに頭を押さえられ床に擦り付けられた。

見ればそれは白髪になった魏徴(ぎちょう)だった。

またコイツか。

他に重臣はいなかった。


 皇帝はおれを庭に誘った。

そこには見事に咲いた梅の木があった。

これは素晴らしい、名木ですな、と褒めると皇帝は


「庭端の梅と名付けたが、ちょっと困ったことがあってな」


と言った。


「一番見ごたえのある朝になると天から天女が降りてきて、いい枝を手折って天にもってゆくのじゃ。そのうち丸坊主になってしまう。その前に西天大聖になんとかしてもらいたいのじゃ。見聞広き卿ならば、知恵も道具も持ち合わせておろう」


「分かり申した」



 おれは天に向かって大声で叫んだ。


「天津風、雲のかよい路吹き閉じよ、乙女の姿しばし留めん。留めかねたる春の世の、色香上なき花盛り、よそめの色も面白や」


稀に見る美しき天女が舞い降りた。

これこそ和歌の徳なれや。


天女は言った。


「あら面白の花盛りや。何としても一枝手折り天上へ帰らばやと思ひ候」


天女は梅枝(ばいし)に手を伸ばし、その幽玄な雰囲気に、我を忘れたおれもまた、夜もまだきの折柄に


春宵一刻値千金しゅんよいいっこくあたいせんきん、花に清香(せいきょう)月に影……」


こりゃいかん。

うっかり乗せられた。

花の命は泰山府君が決めるべき。


 東方の泰山に向かい呼びかけた。


「エマー、エマー!」


するとエマ、すなわち元女閻魔が降りてきた。

泰山府君の格好だ。


「私は父の代理なれば大丈夫、まかせてね」


「さてこれは陛下の名木、花の寿命を守るべき」


「それより、いとしい旦那様。今から二人で愛を」


「その前に、ここで天女に花の枝を手折ることを止めさせて花の命を伸ばしたい。やってくれるか」


「花の命は泰山府君が決めるもの。しかも他ならぬ旦那様の御願い、もちろんやらいでか!」


天女が不服そうにしたのでエマは言った。


「花のように美しい汝の命を縮めよか」


天女はあわてて震えた。

泰山府君代理のエマは軍配を振った。


巻き起こった強風に飛ばされて天女は蒼天高く点となって見えなくなった。


「こののちは、この梅の木の花時を三倍に伸ばしましょう。あれは化楽天の天女。あなたとどこかの世で関わった臭いがしたわ。梅の香りよりも強かった」


「梅の香は幽かなもの。夜の闇で嗅ぐべきか」


「春の夜の 闇はあやなし 梅の花 色こそ見えね ()やは(かく)るる……さああなた、久しぶりよ、今度こそ愛の営みをやらいでか!」


夜に梅の香りを愛でながら再会する約束をしてエマを帰した。



 この間魏徴はよそを向いて知らん顔していた。

気になっていたことが解決して喜んだ皇帝はおれに言った。


西卿(せいけい)は以前極楽に転生した妻を連れ帰ったそうじゃが」


「確かに連れ帰りましたが、それは妻とすり替わった姪でござった」


「やはりそうであったか」


「その姪も再びあの世に帰り申した」


そこに魏徴が割り込んだ。


「男ヤモメのお主はもう一度還魂の旅に出る。今度は地獄に落ちた本当の妻の還魂じゃ。さっきの女神が嫉妬するわい。ヒッヒッヒ」


〝魏徴め、なぐってやろうか!〟


火花を散らして睨み合うおれと魏徴に皇帝はカラカラと笑った。


「ふぁっ、はっ、はっ。よかろう。妻を地獄から持ち帰った折に地獄還魂記の執筆を命ず」


「ははぁー!」



 前回話しかけてきた玄奘という沙門は天竺に行ってまだ帰っていなかった。


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