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極楽地獄還魂記  作者: 有嶺 哲史
第二章 転生して再会
3/13

極楽還魂記

 おれは有嶺哲史。

大学を出て就職した会社ではOL達に全く冴えない男と見られていた。

だれにも相手にされず遅れ気味で田舎娘と見合い結婚をした。

妻の容姿は平凡だったが頭は良かった。

良すぎて平凡なおれと食い違いがしばしば起こり、頻繁に怒鳴られた。

そのうち怒鳴り声に慣れてしまった。

中年の頃妻はまさかの病死をしてしまい、おれは独り者になった。


 それから数年後、妻の夢を見た。


▼ ▼ ▼ 


 夢の中で、おれは建国初期の唐にいる唐人だった。

維摩経(ゆいまぎょう)を信奉して商売に成功し、あだ名を〝おだまり長者〟と呼ばれる大金持ちになっていた。


 ある日おだまり長者が寝ていると夢に現れた亡妻は極楽生活に飽きてきたと言った。

そしてそちらの娑婆(しゃば)に連れ帰ってくれと言った。

面倒だなあ、という表情を見せた途端いつものごとく怒鳴られた。

まあいいか、久し振りに現れた妻の願いだから叶えてやろうと思った。

そこで全国の寺院を廻り虚空蔵菩薩、弥勒菩薩、観音菩薩その他をリクルートして仏様軍団を作った。

そして皆で十万億仏国土も離れた西方極楽浄土に遠征した。

途中、菩薩の誰かが船頭歌のように


 〝三光(日月星)西に行くことは、衆生をして西方に、勧め入れんが為とかや〟



 道中で出現する魔物たちを菩薩達がシバき倒しながら極楽に到着した。


 極楽に入ると金銀宝石でできた道や建造物、功徳を湛えた池と蓮の花など、眼がつぶれるかと思った。

阿弥陀様に会えるまでにやたら取次が多い。

取次が変わる度布施を要求された。

ここのしきたりを知らないので大金を持ってきたおれは仄めかされると入場券のように気前よく渡した。

なんだかテーマパークに来たような感じだ。

しかし考えてみると、極楽は昔からすべてが金銀宝石などの七宝で出来ている所として有名で、辺りの風景まで燦然と輝いているのに皆何で布施を欲しがるのだろう。


 ところで女は? 娑婆の女は往生するとき男に変わるという。

これを変生男子(へんじょうなんし)というらしい。

最近は世の風潮に合わせ、女のままでも往生可能になったという。

それとは別に、元から正真正銘の女である天女が沢山いた。

皆美しい。

どこから何をしに来たのか、どの天女に聞いても口ごもるばかりでなんか要領を得ない。

ボーッとしていると、そのとき


「あらぁ~あなた。やっと来たわねぇ。おひさしぶりねぇ」


一人の天女が喜び一杯でおれの腕をつかんでいた。

突然の日本語だ。

おれは唐人のはずなのに意外にも日本語の方がよく解る。

そういえば皆何語を話していたのだろう。

日本語だったような気がする。


「ずっと待っていたのよ。逢いたかった」


うれし泣きを始めたのは弓美子と仲良しだった小柄なOLのパイちゃんだった。

事務所で弓美子についで二番目に美しかった彼女から想いを打ち明けられておれの心は花園のように楽しくなった。

花冠と領巾(ひれ)は着けているが殆ど裸の天女姿を見た時、パイちゃんというあだ名の理由が判った。

会社の制服の下には意外に豊満なおっぱいがあったのだ。

パイちゃんは昼休みなど友達としゃべるときよく猫のように机の上に座った。

プリッと突き出す小尻に見とれているおれに、振り返って彼女はにっこり微笑み返したものだ。

今その小尻を裸で見ると()きたて餅のようだ。

明るく笑うパイちゃんは年を取っていなくて昔の美貌のまま。

小柄な体、侍のようなきりっとした上がり眉、女らしいつぶらな眼。

ぽっちゃりした頬と可愛く小さいぷるんとした唇などがなつかしい。

肌はポヤポヤで赤ちゃんの肌のようにきめ細かい。


「なぜ君はそんなに若々しいの? 今のおれの年から数えると君は二十年前に退職しただろう?」


「いえ、二十日前よ」


なぜだ、意味が解らない。

ともかく知っている人に会えるのは喜びだ。

おれも再会に感激したがしかしここは極楽、彼女は娑婆で既に死んでいる。


「美女が処女のまま夭折して往生すると天女になれるのよ。男に変わることもできるけどあなたを待っていた私は女のままでいたかったので天女を選んだのよ」


という。

昔同じ職場で働いていたOLは皆おれに冷たかった。

あの頃の彼女もおれには全く関心が無いと思っていた。

ところが今日聞くと彼女だけは実は違っていたらしい。

おれは聞いた。


「どこかの知らない人と結婚するので退職したと思っていたのに処女のまま?」


「前世で歎き悲しむ私を抱き上げてくれたやさしいあなた、忘れたの? あなたの妻になって恩返ししようと思ってずっとあなたを見ていたのに、あなたはとうとう気付いてくれなかったわね」


眼の前で泣き出したが、あのころパイちゃんが目立たないしょぼいおれなど恋の相手に選ぶはずが無いと思い込んでいた。

だから彼女の思いに気づくはずが無かった。


「その後、なぜ死んじゃったの?」


彼女はそれには返答せず


「あのころを思い出すわ。仕事中いつもあなたの気配を感じるのが嬉しかった。今あの頃に戻って事務室であなたと二人だけと思ってみて。誰よりも先にあなたに抱き上げられて嬉しくてうれしくて。その途端私は天地をひっくり返されるの。慌てる私を無視してあなたは私のなにかをかぞえはじめる。いいわ、わたしはあなたのものよ。こころゆくまでしらべてね。あっ、そっちはだめ! でもあなたならいい……こんな妄想をしていたの。でも現実のあなたは何もしてくれなかったね」


パイちゃんは泣き出した。

周りには誰もいない。

よし、そんなら彼女の想いに応えよう。

自分の義務を感じて丁重に処女を奪う儀式をするとあとは遠慮も何もなくなった。笑顔でパイちゃんはおれの首に手を廻して、そしてついに……パイちゃんは爆発する快感の乱流に翻弄され性欲の奔馬となった……その快楽の模様は投稿サイトの規制により書けない。

ならば大したことない、という意味ではない。


 終わった時、疲れ果てて満足したパイちゃんは弛緩して寝そべって言った。


「望みは叶った。何万倍も気持ちいいわぁ」


パイちゃんは腹這いになり肘を突いて顔を持ち上げた。

遥か遠くまで極楽の風景を見廻す彼女は来し方を想い、腹の中で早くも始まった胎動に母になる幸せを感じていた。

満ち足りて晴れ晴れした表情は最高だった。

おれは彼女の為に喜んだ。

しかし彼女はおれの体をいじりながら意外なことを言った。


「天女は朝目覚めると処女に戻っているの。昼間は嫌な相手に無茶苦茶されても鬼のような男の欲望を満足させなければならないの。それを毎日何億年、いや永遠に続けるの」


「うっそぉ~、天女って職業はそんなものだったのか?」


「だから大抵の女は男に変わって往生するの。でも娑婆で男に寄せた思いを満たされず死んで天女になったら、その心残りの男とここで一度交われば子を産んで悟って満足して消えることが出来る。どこにも転生しない。だから二十日後私は本当に消えて、いなくなるのよ。体はもちろん魂も残らない。でも今はとっても幸せ。やっとあなたの妻になれて。私は転生して来た目的を果たすことができた。これ以上命も転生も何も要らない」


と言ってパイちゃんはつぶらな瞳をおれに向け本当に嬉しそうにほほ笑んだ。

愛に生きる女パイちゃんは天女のルールによって、ひと月もせず全て消えてしまう。

可哀そうで黙って抱きしめた。

パイちゃんは早くも膨らんできた腹をさすっていた。

あれ、時間がこんがらかっている。

パイちゃんは現代の日本、いまおれは唐の時代、と気づいた時パイちゃんは幻のようにすっと消えた。

パイちゃんが退職後すぐ亡くなった時、また聞きした死因は老衰だった。

家猫みたいに二十歳過ぎで老衰なんて今でも信じられない。

我に返ってそもそも法律上の妻を迎えに来たことを思い出した。

いよいよ妻に再会できる。

妻はおだまり長者を迎えるためにいつものように腕によりをかけて不機嫌な顔を作っているだろう。



 このとき雄大な極楽の空が荘厳な極楽色に変わり、さらに雄大になった。

辺り一面大勢の仏たちで埋め尽くされ、おごそかな雰囲気になった。

菩薩達の多さに驚いた。

他の仏国土からも呼ばれて見に来たのだろう。

おれはその中心にいて菩薩達に見られている。

少しして真ん中に最も尊い影がゆっくり見えてきた。

出現した阿弥陀様は有名寺院の御尊像のようにまことに穏やかな表情だったが、その最初の言葉に面食らった。


「ワシを憶えておるか?」


「え? いえ」


「懐かしいのう。そちらの世界で言うところの未来におる、お前の分身がここで言う昔に生きたままやってきて極楽の危機を救ってくれたのじゃ」


やっぱり時代がこんがらかっている、だけでなく娑婆と極楽では時間の流れる方向が逆らしい。


「はぁ、生きたままここを訪れる者には時間が逆向きのようで。娑婆の未来の記憶はあるはずもござりませぬが、浄土のために一助となりしかば幸甚の至り」


阿弥陀様は時間のこんがらかりを意に介さない。


「インテルメディオの崩壊のとき、皆まことにいたわしいことになったのう」


とおっしゃれば居並ぶ大勢の仏達も悼むように目を落とした。


インテルメディオ? 聴いたことが有るような気はしたが何も思い出せない。

でも阿弥陀様が救えない、ということは誰も死ななかったのだろう。

ならいいんじゃあないの?


「それにしても人間からもらう布施は魂の香りがして格別じゃのう」


と大そう喜ばれ、献上した莫大な布施を収められると菩薩達が霊妙な音楽を奏で始め、すぐ場の気分は明るく変わった。

ふーん、そうなの? 魂の香り? 阿弥陀様はまるで妖怪みたいなことを……などと思っていると阿弥陀様は楽しくも不気味なことをおっしゃられた。


「極楽は別れた人に再び逢える場所。人生の心残りの最終処分場。楽しんでゆかれよ」


ということは? 親の敵と鉢合わせたらどうなるの? そこは極楽、楽しみの極みの里だから皆信じられないほど楽しいことになるにちがいない。


 阿弥陀様はこのあとすぐに姿を消した。

なるほど過去ばかり考えるから時間の向きが娑婆と逆であるのがいいのかも。

極楽に来てまで娑婆のように未来のスケジュールに追いまくられる生活はしたくないし。

そのあと妻に再会した。

うれしくて思わず抱き合ったが、妻は極楽に転生したとき男の体に変わっていたので気持ち悪かった。


 尊者たちはおれと妻のために、酒も肉も無い極楽式の送別会を催してくれた。

酒盃の代りにおれに渡された盃に銀河が浮かんでいた。

この杯の銀河は何? と傍にいた某明王に聞いた。

聞かれた明王は何も知らず後ろにいた毘沙門天に聞いた。

毘沙門天はさらに羅刹女(らせつにょ)に聞き……その繰り返しが続き皆サワサワと話しはじめ、やがてサワサワは極楽全体に広がった。

そのうち判ったようで、静かになった。

明王は雄大な銀河を見るように、得意げに


火焔山窯(かえんざんよう)にて焼きたる銀河窯変の仏盃にて御座候(ござそうろう)。高熱の窯の中で絶妙の冷え方をなしゆけば釉薬(ゆうやく)が昔滅びたる銀河の姿を映し出す由にござる。釉薬もただドボンと浸け申したのではござらぬ。念と手間をかけて重ね掛けされてござる。これに菊嬢水(きくじょうすい)を入れて一杯飲めば1日寿命が伸びると承り候」


「1日?」


「極楽の1日は娑婆(しゃば)の1年でござるよ」


「なるほど。されば極楽の時間軸は娑婆の時間軸に対して-1/365の傾きなのじゃな?」


明王はポカンとした。

数学が不得手なようだ。

彼はまた後ろに聞こうとしたので、極楽を大混乱させたくなかったおれは


「ざれごと! ざれごとでござるよ。お気に召さるな」


とはいえ、100年じゃなく1年とはしょぼい。

しかも飲んだ分だけ余命が増えると言っているのか、それとも余命は変わらず飲んだ分だけ瞬時に老化すると言っているのか? どちらでも寿命は伸びたことになるが。


 菊嬢水とは何か、と聞こうと思ったら後ろで何者かがモジモジしているのに気が付いた。

見るとまことに美しい天女が薄衣(うすぎぬ)に包まれた体を苦悶の表情でくねらせていた。

ピンクの半透明スライムのような若い女の裸体の曲線は美しくも悩ましく(うごめ)いた。

失禁ぎりぎりで両手で前を押さえて切なく悶える姿は、遠足中に野中で催してしまい途方に暮れる小学校の美人女教師のように色っぽい。

半透明の女体には各種内臓やドキドキ動く心臓も見えた。

そしていっぱい溜まった巨大な膀胱がうごめくたびに天女は声を上げてのたうちまわった。

先ほどの美人女教師は閃いて、野中で少女たちに外向きに円陣を組ませて中央に自分が入り全員しゃがんで尻をむき出し、一斉に放尿した。ところが少女たちが早く終わって全員遊びに行ってしまったので先生一人あられもない姿で残されたそうだ。

天女は幼さの残るその美顔を苦悶にひきつらせ呻き必死で我慢しているが、その中にチラチラ恍惚の表情が混じってきた。

おれは声を掛けた。


「そなたは何者か」


「わっ! わらわは菊嬢天女(きくじょうてんにょ)なり……あぁっ! 大切な客人に新鮮な菊嬢水をたっぷり献ぜんと……うぅっ!……ぁああ~っ!」


下半身から昇って来る苦悶に混じる快感に恍惚となって、とぎれとぎれの必死の返事だ。

おれはすべてが理解できた。


「我慢めされずともよい、拙者(せっしゃ)所望(しょもう)せぬゆゑ、すぐ(かわや)にゆきゃれ」


と声を掛けると菊嬢天女は一転して喜悦の表情になり、素早くおれに二、三度拝礼してダーッと遠く駆けていき、周りの雲をサッと体に巻きつけて即席のトイレを作った。

そして下界では大雨が降った。

傍にいた明王がニヤニヤしなが


「美人の菊嬢天女にオシッコを我慢させて苦悶の表情を見るのがここの楽しみの一つでござる」


おれは明王を殴ってやろうかと思った。

戻って来た菊嬢天女の冠の下の、用を足してホッとした美しい顔はにこにこしておれを見ている。

なんか見覚えがあると思ったらおれの姪だった。

姪は近所でも評判の美人だったが、まだ何も知らない二十歳前に早逝していた。

娘の秘所から出る液体を飲むなどと言えば妻がなにかいちゃもんをつける、と思ったら今まで隣にいた妻がいないことに気が付いた。

別れの宴席なので親しい友人たちとせいぜい名残を惜しんでいるのだろう。


 途中で一度姿を現した阿弥陀様も手拍子をしながら大音声で歌ってくれた。

歌は御自身を讃える無量寿経だった。

お返しとして、おれは観無量寿経を歌った。

歌い終わって感無量となったが、仏達が初めて聞いたような顔をした。

本場にこの歌は無かったのだ。

極楽の住人たちはおれに、|東来魔訶不可思議歌讃長者菩薩《とうらいまかふかしぎかさんちょうじゃぼさつ》、略して長者菩薩というあだ名を付けた。

おれも菩薩になれたと感動していたら突然鋭い声が聞こえた。


「宴たけなわの折なれば、座興でござる!」


青年の様な気迫で文殊菩薩が叫んだ。

あたりに緊張が走った。

ずっと機会を伺っていたらしく炯々(けいけい)と光る眼でおれを凝視しながら何やら難しい質問をした。


「すべてにおいて、言葉も、説明も、指示も、識別もない。すべての問答を離れるのが不二法門(ふにほうもん)に入ることであると思うが、如何?」


厳かに凛として響き渡る文殊菩薩の声に居並ぶ他の菩薩達が興味津々、眼を剥き耳をそばだてた。

おれは何のことかさっぱりわからず頭はカラッポで唖然として口を開けていた。

極楽の心地よい風が口をやさしくなでて行く。

全てが停止したような空気の中でしばらく時間が流れた。

すると突然文殊菩薩は感嘆の声を上げ、


「善いかな、善いかな! 言葉も説明も無い。これぞ不二法門。さすが維摩居士の弟子、おだまり長者!」


と称賛された。

口の開け方が善かったのだろうか? 何が善かったのか、このとき居並ぶ菩薩たちは皆立ち上がってワッハッハと笑い、善きもの見たりと唱え笑いながら踊り始めた。

訳もわからずおれも立ち上がり、いっしょに菩薩の笑い踊りを真似た。

あの明王も笑っていた。

笑う明王は初めて見た。

不二法門のひとつ、善悪不二(ぜんなくふに)の境地というとき善きものといっても日常普通の意味ではないと、いうことだけはおれも知っている。

ボロが出ぬうちに帰らなければ、と思った。

 一緒に大遠征した仏様軍団を解散すると宣言したら帰りの費用を受け取るべきかで軍団内に少し悶着があった。

おれは気前よく全額を払った。



 いざ帰らん、としたとき文殊菩薩が穏やかに進み出て


「待たれよ! 長者菩薩。こちらに残って一緒に大究竟(だいくぎょう)を味わわぬか」


と誘われた。

大究竟とはある宗派の究極の悟りの境地でその内容は門外不出。

不二法門と関係があるとか、修行によって心停止も再起動も思いのまま、なんてことはおれも聞いているが本当はどんなものかさっぱり解らない。

そんな畏れ多いことはとてもできぬ、と断ったら文殊菩薩は


「なれば、はるか後になるやもしれぬが、夢の中で大究竟を見せて進ぜようぞ」


と言ったので、厚情に感謝し文殊菩薩とがっちり握手した。


 白雲が湧き舞い上がる中、別れを惜しむ極楽の住人達や解散した仏様軍団に見送られて帰ろうとした時


「待たれよ! 長者菩薩。そなたへの頼みがある」


釈迦十大弟子の内、知恵第一の舎利弗(しゃりほつ)尊者が呼び止めた。

なんと原始仏教の原典の一部を渡すという。

皇帝陛下への贈物だ。

これには裏があった。

実は、大乗仏教が成立する時シャリホツが権威主義的な男女差別者とされ、花びら問答(天女散花(てんにょさんげ))で天女にコテンパンにへこまされるようなアホとして伝えられた。

その不名誉を挽回したいため誤伝前のオリジナルをくれるらしい。

極楽特製版といわれ、ある懸念からおれはちょっと開いてみようとしたらシャリホツはにっこり笑い


「懸念には及ばぬ。無字経ではない」


と言われた。

何という幸運、おれは残りの布施すべてを渡して感謝した。

極楽に元からあった金銀宝石は実は価値ゼロでありながら同時に最高価値だそうだ。

すると一物二価になる。

これでは経済市場が成立しない。

娑婆の善人の布施が中途半端で最も使いやすいという。

悟っていても経済活動は必要なのだ。

彼らは娑婆から見れば皆死者であるが極楽では生きている有情(うじょう)なのだから。


「待たれよ! 長者菩薩」


今度は明王だった。

おれの横で色々説明してくれたことに感謝した。

すると明王は尊い本来の阿弥陀様の姿に戻った。

彼は宴会中歌う時を除いて少し下品な明王に変化しておられたのだ。

阿弥陀様をなぐらないでよかった。


「汝の妻と一体になっているときは加齢を止めよう。疲れを癒し余生は大いにだらけて送るも良し。もし汝が妻でない者と一体となった折にはその相手と別れることになるであろう」


「妻でない者と一体になったのは何かの手違いだったとしても?」


「ワシにもそれはどうにもできん」


別に気にせず恩寵に涙して感謝し、いよいよ最後の別れとなった。

阿弥陀様はおれの背中を友達のようにバンとたたいた。

振り返ると大勢の菩薩その他が見送っていた。

おれはパイちゃんを探した。

ひと月もせず完全に消える彼女は神女になった。

最高の笑みで両手を大きく振って見送ってくれた。

極楽の一日は娑婆の一年と言われるとおり、さっき受精したばかりのパイちゃんの腹が臨月の大きさになっていた。

時間軸がどちらを向いていようと原因のあとに結果が来るという因果応報の真理はどこも変わらない。

小柄な彼女が双子を孕んで突き出た腹を、横を向いておれに見せた。


「名前も考えているのよ。πの子供だからμとνなのよ」


何かのシャレだろうが分からなかった。

パイちゃんは百年分の笑顔で送ってくれた。


黒い大きな穴の前で妻と並んで振り返り、見送る多くの有情たちに返礼した。



 妻を連れて来迎用の黒い穴を抜けるとすぐこの世に帰った。

あれ! こんな近道を知らずに十万億なんとかを旅したのか。

極楽で男の体に変わっていた妻は穴を抜けると女に戻っていた。

しかも恐ろしく若返っていた。

女子高生くらいにまで若くなっていた。

そのころの妻をおれは知らない。

性格も声も。


「見て見て! あなた。このお肌つるつるよ! 髪の毛もふんわり! おっぱいが膨らんできた! 嬉しい! あなた、おうちに着いたらピチピチの私の体に十万億回火をつけてね! でも少しでもヘタこいたら二度とさわらせないからっ! アッ、ハッ、ハッ」


こんなに明るかったのか。

しかも少しスケベだ。

野蛮人の様にあけすけな笑い方をするようになった妻に聞いた。


「やっぱり女に戻るのがいいかい?」


「もちろんよ! 邪魔なものが付いていて、あんなものなければいいと思う」


「え~っ! そっ、そうか? 服も脱がず立ったまま放出できる。おれは何と便利なものよと思っていたが」


使い方を知らない妻は本当に変生男子を経験したのだろうか。


妻は久しぶりの娑婆に戻ったので良い意味でむらむらしている。

ところが生きたまま往復したおれは若返らない。

残念。


「見て! 胴のくびれと腰の膨らみを!」


喜ぶ妻は踊るようにぐるっとまわった後、おれの首に手を廻し、にっこり笑って口づけをしようとする。

今までこんなことをしたことが無い。

しかもこんなに魅力あるきれいな娘だったのか。

長すぎると思っていた顔がちょうどバランス良く短くなって女らしく見える。

顔が変わった。

どういうことだ。

菊嬢天女の恩返しで美人になったのか。

そのとき髪の中に小ぶりな冠が見えた。

あれ、と思ったがすぐ忘れた。


 娑婆に戻ってウキウキして、既に気が散り始めている妻に聞いた。


「質問はこれで最後だから答えてね。極楽にはどんな珍しい生き物がいたかね?」


すると妻は女子高生のように唇を突き出して


「えーっとォ、木と草があってェ……」


「もういいよ」


 おれはこっそり持ち帰った銀河窯変杯を神棚に置いた。

魂も霊も消えるパイちゃんのために毎朝菊嬢水を彼女の思い出に捧げようと思ったのだ。

しかし菊嬢天女を持ち帰るのを忘れていた。

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