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極楽地獄還魂記  作者: 有嶺 哲史
第三章 ラッピのハルマゲドン
11/13

ハルマゲドンの勇ましい戦い

 合図が来て戦いが開始した。

真っ先に敵地の中に殴り込んだのは勇敢なラッピだった。

今まで安逸(あんいつ)に流れていた極楽の女兵達は見かけこそ勇ましく美しいが、腰の太刀を高速で振り回すラッピを恐れて逃げ回った。

天極軍の男達は異界の女であるラッピの股間を見て驚き、つい凝視してしまう。

そのスキに鉄扇で頭を殴られて伸びてしまった。

たった一人の活躍で天極軍の陣形は崩れた。

恐るべきオテンバ娘がいると、天極連邦にその名が(とどろ)いた。


 調子よく戦っていると急に雰囲気が変わった。

天極軍のザコたちが口々に戦の神様、毘沙門天(びしゃもんてん)が出てくると騒ぎ始めた。

さすがにこれは相手が悪い、と思いラッピは暗い林に隠れた。

出てきたのは毘沙門天ではなくどう見ても上杉謙信だ。

彼が修羅道に行かなかったのは解せない。

しかも悪いことに上杉謙信は無類の女嫌いだ。

女の武器が通用しない。

これはピンチだ。

 どうしようと考えていると後ろがフワーっと月夜のように明るくなった。

振り返ると月天が三日月と兎の入った光る球を転がして遊んでいた。

動かせば発光するようだ。

月天は女だ、女に違いない。

ひょっとして味方かも……


「私にまかせて」


と言った月天は上杉謙信の前に出て行った。

すると謙信は月天を睨み、動かない。

意外にも油汗をかいている。

そして彼女についていってどこかに消えた。

どういうことか。


月天は実は女じゃない……ボーイズラブだった。


 まもなく九義経軍団が攻め上って来ることになっている。

もし謙信と義経の闘いになったら現世では絶対見られない我が国史上最高の戦が見られるだろう。


 羅獄の守りは牛頭馬頭が担当している。たぶん分身の術を使って大軍勢となって鼠一匹通さない固い守りをしているのだろう……この間地獄に帰っていないラッピはかれらの活躍を知らない。



 坂道を極楽から地獄側に少し入った休憩場所で男の色気がムンムン立ち込めていた。

見ると天極軍の在原業平がぽつんと一人、大あくびしていた。


麻呂(まろ)と戦おうとする敵兵が誰もおらぬのよ。アァ~」


こんな色男を傷つけたら全世界の女全員からフルボッコを喰らう。

だから敬遠されているのだ。


「では、あなたから進んで好みの高貴で美しい女性兵を手籠めにしまくったらどうか」


「皇族級の高貴さでなければやる気が出ぬのよ。退屈は歌にも詠めぬ、世の中にたえて女のなかりせば男の心は退屈ならまし。アァ~つまんない」


そのとき彼の前に頭から炎を出す青鬼が現れて言った。


「在中将亡きあと千二百年間恨み続けて青い瞋恚(しんい)の炎を上げているのじゃ」


「千二百年間も同じことを考えていた? 聞くだけでも退屈で、退屈で、アアア~」




 地獄の防衛線を堅く守っている牛頭馬頭の戦いは以下のようだった。


 これは戦いの前の天極軍、作戦会議である。


「牛頭馬頭といってもしょせん、本性は家畜だろう? ならば……」


獣医師の意見を参考に考えた作戦は、牛馬の本能に付け込むことだった。

男の天人と女の天女をペアにして、天人は太い木槌を持ち、天女は雌牛や雌馬の臭いを沁み込ませた布を腰に巻いて地獄の前線に下った。


 戦いが始まった。

牛頭や馬頭を見つけると天女が四つん這いになって雌の鳴き声を真似た。

同族の雌と思い込んだ牛頭馬頭が天女に乗り上げている僅か1~2秒の間に天人が後ろから牛頭馬頭の頭を木槌でグワンと殴った。

殴られたのが分身なら即消えた。

分身の術でいくら増えていても同じ癖、弱点を持っていたので要領の分かった敵にとって数などなんぼのもんじゃい、と勢いが加速していった。

次々分身を消しているうちに、やがて本体が当たった。ボコられた本体は


「ラッピちゃんに鉄扇で殴られた教訓をわすれてた。ごめん」


と言いながら気絶した。

本体が気絶するとたちまちあまたの分身が消えた。


作戦は大成功、地獄の防衛線は突破された。


 疲れ果てて地面に横になった天女たちがおしゃべりしていた。


「あの大きさ、最初から言っといてよねえ」


「ああ驚いた。破けるかと思った」


「あれがクジラだったら体を突き抜けちゃうよ」


「彼等は布の臭いだけで発情したんじゃない?」


「本当に私たちがやることだったの? もしかして木の台でもよかったのじゃない?」


実はそのとおりだった。

畜産の現場では本物の雌は使わない。

天女達は男達にかつがれていた。

こんな仕打ちをされる所とは知らず、天界に生まれ変わったときに花を供えて返す返すも喜んでいたことが悔やまれる。


 突破されたところに天極軍の消防隊が突入し、次々と地獄の火を消していった。

無間地獄も火が衰えると快適な空間になった。

それに続いて極楽に往生した一般人の戦士たちも地獄に入り込んできた。

乱戦になった。

そのとき


「おんや?」


向こうから目の覚めるような美そのものが歩いてきた。

近づくとファッショナブルに着飾った弁財天だった。

相当考えたのか、衣装も武具も恐ろしくかっこいい。

鮮やかな色彩が饗宴する衣裳、金銀に輝く武具との対照、素人イラストレーターには想像もできない。

皆戦闘を止めて見惚れた。


「何だこれは? 反戦デモか?」


一瞬で噂が広まり大勢の見物人が出てきた。

彼女は誇らしげに鼻を前に突きだし、無限の前方を見ながら胸をせり上げ腰を左右に捻りつつ長い脚を誇示するモデル歩きでやってきた。

彼女が調子に乗って笑顔を振りまいていると突然奪衣婆が目にも止まらぬ早業で衣装を剥ぎ取った。

見物から大喝采(だいかっさい)が沸き起こった。

火が消えたあとの地獄の風はあまりに快適で、腋の下や股間をくすぐるように抜けてゆく快感にどっぷり浸っている彼女は全然気づかない。

夢見るように歩いて行く美の女神を見て兵たちはたちまち戦闘を忘れた。


「対敵謀略お色気兵器か?」


「東京ローズか? それともジプシーローズか?」


「東京ローズはともかく、敗戦直後に現れたジプシーローズを知っているとは、君も古いなあ」


「何人かいたけど、ああ……どの子も最高だったなあ。あのころは楽しかった」


女神の神通力とはこれほどなのか。

群集はダラーッとなって臓腑も骨も抜けてしまった。



 乱戦もたけなわのころ紫式部は天極軍に和泉式部がいるのを見て驚き、声を掛けた。


「ぬしはなんでそっちにおるのじゃあ。御堂関白(みどうかんぱく)様の職場仲間であったに」


和泉式部の返事は


「わたしは和歌が得意。和歌には徳がござるゆゑ、女子(おなご)なれど和歌の徳により、詠み置く歌舞の菩薩と呼ばれておるのじゃわいな」


「娑婆でそう呼ばれておるだけで、本当の菩薩ではあるまい」


「そなたは和歌も作れども子も作らんと、御堂の関白さまと二人だけで暗い部屋に入ったわいな。犬猫の体勢をも(いと)わぬゆゑそなたは地獄におちたのじゃな?」


「じゃかあしゃい。わらわが地獄におる理由は、人を夢中にさせる物語を書くこと自体が邪淫であったに他ならぬゆゑじゃわいなあ」


「さてこそ、ともかく勝負じゃあ」


「こいっ!」


紫式部の長い薙刀が旋回し和泉式部の胸をかすめた。

ハラリ切れた服の間から和泉式部のふくよかな乳房がはみ出てきた。

しばらくして赤い血が一滴垂れてくると和泉式部はニッと笑って歌った。


「やわ肌の熱き血汐に触らるれば君のリビドーいきり立つべし」


紫式部は言った。


「誰かの歌をパクったな、しかも卑猥に変えおって。いいかげんにせい」


ふたりの平安女房の戦いは和歌の戦いになっていた。



 G.クルーニーに似た男の閻魔代務者の前に別れた妻が現れた。

裁判で決まった慰謝料をまだ払っていない、ここで六十億円払えと、えらい剣幕だ。クルーニー似の男は逃げ回りながら


「それは違う。判決は六十億ドルだった」


「えっ、ドルだったの? そうなの? 騙したな、コノヤロー、コラーッ!」


地獄のスタッフで大金を必要としていたのはこの男だった。




 再び極楽を見ると、天極軍の中にラッピを見て驚いている女武者がいた。

死ぬとき、青春の花の咲き乱れ匂い立つ母校での胸に秘めかねた燃え上がる思慕を思い出した。

それゆえか、天界に往生したら女子高生の体に戻っていた。

背の高い、知的でかつ潤いに満ちた美しい女にラッピは聞いた。


「あなた、見ているだけじゃないの。なぜ私と闘わない?」


「しからば!」


一渡り干戈(かんか)を交えた後、女武者は〝待った〟をして言った。


「あなたやっぱり。ひょっとしてあの人の?」


茫然としているラッピを見て女武者はとろけるような優しい表情になった。

思いがけない話になり、女武者は泣きながらラッピを抱いた。

やっと再会した娘を抱く母親のようだった。

娑婆では瀬戸野鯛子という名で、もちろんラッピは知らないし何の感慨もない。

しばらくおとなしく抱かれていたが、攻撃を再開した。

鯛子は抵抗せず、されるままに肛門、直腸に……彼女にとって消滅前の無上の快のプレゼントとなった。


「姿の見えないあなたは後ろからやってくる、ああ~私はここで滅びるわ」


虚空をつかんで震える女武者の体をラッピはプラズマ電流で内側から焼いて行った。笑みを浮べた鯛子は灰も残さず消えていった。

一度死んだ亡者はまた死ぬと消えるのみであった。



 天界の別の女武者が現れた。

若く美しく見えるが、なんかカサカサしている。

ラッピに向かって武者口上を言った。


「私、美しいでしょう? しかも驚くなかれ、超エリート大学を首席で卒業し超エリート官庁に入省し、世界一の大学に留学して最も難しい弁護士試験に受かったのよ」


ラッピには意味が解らない。

ラッピは地獄でわずかな教育しか受けていない。


「ふう~ん?」


女武者の名誉のために言えば、はしたない自慢話は戦いの一環だった。


「あなたなんか、眩しくて眼を開けて私を見られないでしょっ! しかもっ、しかもじゃ、あちこちテレビにひっぱりだこだったのじゃい! うらやましかろう、べえー」


ラッピは言った。


「じゃあその間、恋人が一人もできなかったんじゃあないの?」


「ぐさっ! ……」


女武者の胸に刺さったその言葉は致命傷になり、自ら消えた。



 ラッピは飽きてきて極楽の木陰で休んでいるうちに眠ってしまった。

眠っている間、何者かにほっぺたをなでられている感じがした。

その手の感触に根源的親しみを感じた。

目覚めると裸だった下半身が落ち葉で隠されていた。

幼い、遥か昔に戻った気がした。

床に座って泣きながら帰ってくる親を待っている気分だった。

あるはずのない古い記憶だった。

自分の始まりは何だったのか。

気になって探し求めるように極楽と天界を走り回った。



 誰かが幻獣国の門を無断で開けたらしい。

九義経が白い天馬に乗り、あまたの幻獣が義経について出て行った。

山海経(せんがいきょう)で〝き〟と呼ばれる手が無く足が一本の牛など、役に立ちそうもない幻獣が満ち溢れた。

幻想の氾濫同様これらの現象は世の中が煮詰まって新しい世に変わる前兆だ。

いつのまにかあらゆる時代の亡者たちが出てきて誰彼構わず戦い始めた。

項羽と神武天皇が戦っていた。

魏と邪馬台国が同盟して呉蜀と戦っていた……わけが分からなくなってきた。


その中でも九義経ひきいる羅獄軍団が天極の結界を破って侵入した。

天極軍の本隊は、まず毘沙門天の軍勢だ。

見れば唐代の恐ろしく古い武装だ。

彼等はちょっかいを出さなければ仏像みたいに動かず何もしなかった。

次に上杉謙信の軍勢だ。

彼は鉄砲隊を持っている。

まずいんじゃないの? しかし九義経は戦の天才、どんなに不利な状況も味方にできる。

上杉謙信は源義経を尊敬していたためか、最初のうち上杉軍は敬礼しているように静止していた。

そのあと両軍衝突になった。


「雨か」


手取川の戦いでは大雨が降って織田軍の鉄砲が使えなくなったので上杉軍が勝った、という俗説がある。

しかし極楽で雨かと見えたのは水ではなく慈悲の花びらだった。

普段残虐なことをするのが仕事の兵士たちも皆感動して戦闘を止めてしまった。

そのままで羅獄軍は敵の中心部を占領したことになった。

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