君の魂の中にある英雄を放棄してはならぬ
僕は今日、思い出のこの場所で死のうと思ってここに来たはずだったのに、今それを阻止された上に彼女からお願いを叶えるように要求されていた。
「お願い...?」
「そう!お願いです!おじさんにしか叶えられないお願いです!」
「僕にしか叶えられないお願い?それって、怪しいことじゃないよね?」
「失礼ポイント二回目ですよ。こんなに可憐な少女がそんな怪しいことお願いする訳ないじゃないですか!」
可憐な少女...?
確かによく見てみれば、少し幼さを残しつつも大人びた整った顔立ちに、胸元辺りまであるミディアムの銀髪に、華奢な体、声も明るく優しい声色をして、どこか儚さのある可愛らしい女の子だとは思うけど。普通自分で可憐な少女って言うか...
「おじさん、今失礼なこと考えてませんでした...?」
僕の心の声を察したのか、彼女は少しむっとした顔をして聞いてきた。
「いや、可愛らしい子だと思うよ」
僕はごまかしながらも彼女を褒めた。
「やっぱりそうですよね!私も男性だったら私と付き合いたいと思いますよ」
僕の声は無視されたのか、彼女は勝手に盛り上がって照れていた。
僕は話を本題に戻すべく、勝手に盛り上がっている彼女に聞いた。
「ところで、お願いって何なの?」
すると、彼女は大きく深呼吸をして少し冷静になり、姿勢を正してから本題であるお願いの内容を話した。
「お兄さんお願いです、私を日本一の歌い手にしてください」
一言、それだけだった。だがその一言は、まるで今まで共に活動をしてきた仲間に対して、
彼女の今までのそしてこれからの人生を全て託すかのように、覚悟と勇気の籠もった深く重い一言だった。
嘘偽りのない真っ直ぐな眼差し、僕はその眼差しに身震いをした。
ーあぁ、この懐かしい感覚。前にも一度味わったことがあるー
魂が躍るこの感情。いつのことだっただろうか思い出せない。思い出したい。
でも、僕に彼女の将来を保証できるのか。
いや、無理だな。さっきまで死のうとしていた男にそんな資格はない。
「ありがとう。初対面である僕に夢を語って頼ってくれたのはすごく嬉しかった。けど、ごめん。僕にその資格はない」
僕は彼女のお願いを断った。これで良かったんだ。どの道終わった人生、警察に捕まったところで何も変わらない。
この何も成しえなかった人生に祝福を。そう思い、彼女の顔を見た。
何一つ変わっていなかった。いやむしろ、真っ直ぐな眼差しの奥にある灯はさっきよりも熱く大きく燃え上がっていた。
なぜ、僕にそんな目をしてくれるんだ。こんなどうしようもない奴に。
「お兄さんの魂の中にある英雄はそれでいいんですか」
「魂の英雄...」
「お兄さんにもあったんじゃないですか、夢のために挑戦した日々が。その日々は無くなってしまったんですか。
忘れてしまったんですか。大切な日々じゃなかったんですか。また、追い求めたいと思わないんですか」
「うるさいな!!!君に僕の何が分かるって言うんだ!僕だって、僕だって...あの日々を失いたくはなかったさ...」
彼女の核心を突いた言葉に、僕は思わず激高した。と同時に、涙が溢れてきた。
忘れるはずがない。あの日々は、僕にとってかけがえのない大切なものだ。
「お兄さん!」
彼女が僕を呼んだ。
怒りと悲しみで溢れ出た涙を拭いながら、彼女を見上げた。
「一緒に行こう!」
彼女は手を僕に差し出しながらそう言った。
心臓が鳴る。体を躍らせながら。
感情が高鳴る。魂を躍らせながら。
思い出した。
君が僕を連れ回したあの日も。
君が僕の殻を突き破ったあの日も。
そして、眠っていた僕を叩き起こした今日も。
暗闇を照らす一等星であるかのように君は僕を導いたのだった。




