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火花燃ゆる、魂の花  作者:


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第2話 商工会の会議と衝突

 早春、雪解け水が流れる音がどこからか聞こえてくる季節。

 町の商工会議所の一室は、まだ朝だというのに、妙に重苦しい空気に満ちていた。壁にかけられた灰色の日めくりカレンダーは、年号だけが新しく、それ以外は何も変わっていない。

 仁は、慣れないネクタイを締め、いらだちを抑えながら席に着いた。隣には、派手な色の手拭いを首に巻いた弟子、杉浦光が座っている。光は普段の明るい笑顔を消し、緊張した面持ちで周囲を見回していた。


 会議の議題は、来る花火大会の予算と規模縮小について。

 テーブルの中央に座った宮坂沙織が、プロジェクターのスクリーンにグラフを映し出した。棒グラフは右肩下がり、円グラフはスポンサー撤退を示す数字で埋め尽くされている。

「…昨年から、主要スポンサー三社が撤退を表明しました。このままでは、花火の玉数、打ち上げ時間を大幅に削減せざるを得ません。最悪の場合、大会の存続そのものが危ぶまれます」

 宮坂の事務的な口調が、現実の厳しさを突きつける。ざわめきが会議室に広がる。

 仁は、胸の奥から湧き上がる怒りを必死で抑え込んでいた。

「人を呼べなければ、町は沈む。花火大会は、単なる祭事ではなく、この町に人を呼び込み、経済を回すための重要なイベントです」

 宮坂がそう締めくくると、商工会の人々が口々に意見を述べ始めた。

「榊原さんの花火は、確かに綺麗だが…」

「どうも地味なんだよな」

「もっと若い人が食いつくような、派手な演出がなきゃ」

 その言葉一つ一つが、仁の胸に突き刺さる。

 派手さ?

 魂を込めて作った花火を、そんな薄っぺらな言葉で評されたことに、仁の我慢は限界に達した。

 仁は立ち上がり、静かだが、強い声で言った。

「花火は、派手さじゃねぇ。魂だ」

 会議室の空気が一瞬にして凍り付く。仁の言葉は、集まった人々の現実的な思惑とはあまりにかけ離れていた。

 彼らにとって、花火はあくまで町の経済を活性化させるための手段であり、仁の言う「魂」などという非効率なものは、議論の対象にすらならないのだ。

「魂とか、そういうのは…」

「魂だ。一発の玉に込める、火薬の配合、紙の貼り方、開花までの『間』…どれもこれも、何代も受け継がれてきた職人の魂だ。それを『派手さ』という言葉で一括りにするな」

 仁の言葉は、もはや反論というよりは、叫びに近かった。


 そのとき、隣に座っていた光が、おずおずと手を上げた。

「あの、榊原社長の言うことも、わかります。でも、見せ方を変えることはできると思うんです」

 仁は、光が何を言い出すのかと、いらだちを隠せないまま光を見た。

「音楽に花火を同期させたり、ドローンを使って、花火とは違う『光』の演出を加えたり…」

 光の提案は、仁の信念とは真逆の、デジタルと融合した新しい花火の形だった。

「そんなものは花火じゃねぇ!」

 仁は、光の言葉を遮るように大声で怒鳴った。光の顔から、一瞬にして血の気が引く。会議室の重い空気が、さらに沈殿していくようだった。

「花火は、火薬の爆発だ。火薬と紙と、職人の手で作り上げる、一発勝負の芸術だ。音楽に合わせて、きっちり計算された演出。

 そんなものは、ただのショーだ。それは、この榊原の四代にわたる歴史を、否定することになる!」

 仁は、熱に浮かされたようにまくし立てた。光は、何も言い返せずに、ただ下を向いた。その肩が、かすかに震えている。


 その様子を見ていた宮坂が、冷静な声で口を挟んだ。

「榊原さんのおっしゃることも理解できます。ですが、私たちは花火そのものではなく、町を救うためにこの大会を開いているんです」

「俺にとっては、命をかけた花火そのものだ。命をかけた花火で、客寄せパンダになるなんて、冗談じゃねぇ」

 仁は、宮坂の言葉にも反発した。

 仁にとって花火は、生きる意味そのものであり、決して他者のために利用されるものではなかった。仁の頑なさが、会議室の中で孤立していく。誰もが、もうこれ以上仁と話しても無駄だと悟ったように、沈黙してしまった。


 結局、議論は平行線のまま、会議は解散となった。仁は、誰とも言葉を交わすことなく、会議室を後にした。

 光は、仁の後を追うように歩き、仁に声をかけた。

「社長…さっきは、すみませんでした。でも、俺は…」

「もういい」

 仁は、光の言葉を遮り、冷たく言い放った。光は、二度も言葉を遮られ、今度こそ完全に打ちのめされたように、肩を落とした。仁は、その光の姿に一瞬、胸が痛んだが、自分の信念を曲げることだけはできなかった。



---



 会議の後、仁は一人で工房に戻った。いつものように玉に糊を塗ろうとするが、手が震えてうまくいかない。筆先がかすかに震え、糊が玉に不均一に塗りつけられる。


「硬ぇな…」


 父の言葉が、脳裏をよぎる。

 花火は感情だ。自分は今、怒り、苛立ち、そして不安という感情に囚われている。それが、そのまま玉に伝わってしまう。こんな玉では、夜空で綺麗に開くことはないだろう。


 仁は、刷毛を置き、窓の外を見た。春の雪が、静かに舞っていた。

 花火の伝統を守るべきか。それとも、時代の変化を受け入れ、新しい道を模索すべきか。

 仁の心は、二つの選択肢の間で揺れ動いていた。しかし、仁のプライドが、伝統を捨てることを許さなかった。


「派手さなんか、必要ない。俺の花火は、魂で勝負する…」

 仁はそう心に誓い、再び作業台に向かった。だが、その心は、まだ頑なで、そして重いままだった。


 会議での衝突は、仁の頑なさを際立たせた。光のアイデアは、仁の信念と真っ向から対立し、二人の間に深い溝を作った。そして宮坂の言葉は、仁に「伝統」というプライドと、「集客」という現実との対立軸を明確に突きつけた。

 この衝突は、ただの意見の相違ではない。それは、花火という伝統芸術が、時代と共にどう変化していくべきか、という大きな問いかけだった。


 仁は、その問いに、まだ答えを見つけられずにいる。

工房の外では、吹雪が春の嵐に変わろうとしていた。それはまるで、仁の心の中で渦巻く、嵐のようだった。

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