3. 戦場にて
【ジーク視点】 ややシリアス。
──王国の東に広がる大平原。
ここに二つの大軍が集結していた。
今回の会戦は、王国にとって久々の大規模戦闘となる。号令を待つ兵たちも緊張を隠せない。
王国軍中央の本部には、初陣のレグルス王太子とその婚約者、魔法師部隊を率いるソニア・ガーラント公爵令嬢の姿もあった。
そして僕──ジーク・ライヴァルトは、護衛と側近を兼ねて、王太子のそばにつき従っていた。
半月前。
隣国ウルギークの軍がノース王国の旗を掲げ、国境を越えた。
王都攻略を目論む隣国ウルギーク軍と、何としてもそれを阻みたい王国軍は、平原を挟み、火花を散らしている。
この発端となったのは、陰謀が三度の飯より大好きな、ファトマ筆頭公爵の亡命だった。
◇◇◇
そもそもあの腹黒公爵は、巻き戻り前と変わらず、今回も暗躍していたらしい。裏で横領したり、不正な横流しをしたり、ウルギークと秘密裏に交渉したり。本当に懲りない男だと思う。
そして今回もまた、僕の実家に冤罪を擦りつけようと画策していたようだ。
恋人になったアデルは、僕の家族をとても心配していた。僕の恋人は本当にいい子だ。眼鏡外すと超絶美人だし。
──いや、話を戻そう。
前回で横領が明らかになったのは、偶然、彼女が帳簿の工作を見つけたからだという。アデルは赤点から救ってくれただけではなく、僕の家族まで救っていたのだ。まさに、女神のような子だと思う。
前回の発覚は偶然だった。だから彼女は、「万が一でも、公爵の策略が成功したらまずい」と、この件だけは早めに決着をつけようとしていた。でも──それが裏目に出た。
……魔王がどうとかブツブツ呟くアデルは、いつになく焦ってた気がする。ローエングリム家の権力まで使って、公爵の悪事の証拠を掴もうと必死になっていた。
しかし身辺を探られ、危険を察した公爵は、あっさり隣国へ亡命。まるで燕のような、見事な身の翻し方だった。
◇◇◇
断言するけど、これは絶対にアデルのせいじゃない。裏切り者を出した王家の不手際だ。
なのに、彼女はひどく落ち込んでいた。
よく張り詰めた顔をするようになって、一緒にいても物思いに耽る時間が増えた。
そして──学院卒業を目前にしたある日、アデルは何かを決意した顔で宣言した。
「私、財務官にはならず、ソニアの相談役になります!」
その言葉を聞いて、僕はひどくショックを受けた。だってアデルは……時間が巻き戻る前も、今だって、財務官になるためにたくさんの努力をしてきたからだ。
「君は、財務官になりたかったんだろ。その夢を諦めるなんて……」
「ジーク先輩、私は確かに、財務官になろうとしてましたけど、夢とは少し違うんです。私の本当の目標は、『安定した生活』です」
彼女はそう言って笑った。でも、どこか必死に見えた。
……その時、思ったんだよね。
王家への忠誠とか、ソニア嬢との友情とかではなく、何かもっと別の理由で、アデルは王国に尽くそうとしてるんじゃないか、って。
はっきりした根拠はない。
僕が勝手にそう思ってるだけだ。
ただ、根拠らしきものは幾つかある。
最初は、小さな違和感だった。
たとえば──二人で初めて植物園へ行った時。
彼女は「鳥に餌をあげるのは禁止だと書いてあった」と言っていた。
でも今回、園内をよく見て回ったけれど、そんな注意書きはどこにもなかった。注意書きを見落としただけかもしれないけど。
それから財務官を諦め、ソニア嬢の相談役になった後。
彼女はまるで、あらかじめそれを知っていたかのように、隣国の侵略を正確に予測してみせた。
アデルはとても賢いから、隣国の動きを予想するのも難しいことではなかったのかもしれない。でも、やっぱり違和感は拭えなかった。
たぶんだけど、アデルは何か大事なことを隠してる。
そして、何度も感じた違和感は、ある一つの疑問に行きつく。
大好きなアデル。
君は、何回目の人生を繰り返してるんだ──?
◇◇◇
「──準備は整いました」
「そうか」
王子と将軍の声で、思考の海から現実に戻る。
レグルス王子は今回、全軍の司令官に任命されている。でも実際に指揮するのは、王国軍のトップであるこの将軍だ。
「……あの方はなぜ、こんな戦を仕掛けたのだろうな。ただ民を苦しませるだけなのに」
苦い顔で王子が呟く。
王位獲得を目指す公爵のために、ウルギークは平原の東側を埋め尽くすほどの大軍を揃えた。
戦費だってバカにならないだろうに。
しかも、進軍途中の町や村で物資を徴収し、民の不満を買っていた。
そこまでやるからには、ウルギークにも相応の見返りが約束されているんだろう。公爵を王位につかせたら、領土か、財か。いずれにせよ、ろくでもないと思う。
それとは別に……この戦いは、僕にとっても絶対に負けられない戦いだった。
まず、ファトマ公爵との因縁が一つ。そして、もっと切実な理由があって──
『戦争が終わるまで、結婚は待ってほしいんです』
愛するアデルにそう言われてしまったのだ。
ほんと愕然としたよね。
順調に全部進んだら、アデルの卒業と同時に結婚しよう、って約束してたのに。
……あのファトマとかいう男。
僕は、絶対に許さない。
平原の向こうをじっと見つめる。田舎育ちの僕は目がいい。敵軍の一人一人までよく見えた。
敵軍の一部に王国風の部隊がいるのは、すでに幾つかの領地があちら側に寝返ったからだろう。
権力欲というものは、本当にどうしようもない。
そんな策謀渦巻く戦闘を前に──僕の心はひたすら、水を打ったように静かだった。
「……ライヴァルトは本当に動じないな」
僕を見て苦笑する王子に、首を傾げて答える。
「そうですね……自分でも不思議ですが、なんだか懐かしい感覚さえあります」
「何言ってるんだ、お前は……何でもいいけど、死ぬなよ」
「もちろんです。僕はアデルと結婚するまで、絶対に死なないと決めております」
「それ、彼女に聞かせてあげたいな」
「もう十回は言ってます」
「……戦場での惚気はご法度だ。有名なジンクスだよ、知らないのか?」
王子は呆れたように笑った。
……その数分後。
角笛が吹き鳴らされ、戦闘の火蓋が切られた。
◇◇◇
平原のど真ん中で両軍がぶつかり合う。
僕は王子の許しを得て、馬に騎乗し、王国軍の先頭を駆け抜けていた。
背後から、ソニア嬢率いる魔法師部隊が、敵軍に火の雨を降らせている。彼らの援護を受けて、僕は敵軍のただ中へ突っ込んでいった。
敵兵を蹴散らし、向かう先。
敵の部隊に守られながら、攻撃魔法を繰り出すファトマ公爵を発見した。
あのムカつく顔を見て──僕の中の何かが、ブチッと切れた。
時間逆行して、やっと、アデルといい感じになったっていうのに──
結婚延期したのは、お前のせいだからな……!
その怒りは完全に私怨だったが、そんなことはどうでもよかった。
「────怖がるなよ、さぁ行け」
馬を励まし、単騎で突っ込んでいく。
立ちはだかった将軍風の騎兵二人は、すれ違いざまに一撃で叩き潰した。 それでも馬を止めない。ファトマ公爵のいる場所を目指し、戦場を駆け抜ける。
そしてついに、公爵の目の前に到達した。馬上から見下ろした整った顔は、恐怖でひどくひきつっていた。
「──くそっ、くそ、くそ!!!」
焦った公爵が魔法防御を展開する。しかしこの魔法を破壊できることは、逆行前に証明済みだった。
「無駄だ」
冷たく言い放ち、剣を何度か振り下ろした。
ガキン、と鋭い音がして、魔法の壁が砕け散る。
「……ぐっ」
驚愕する公爵を剣の腹で昏倒させ、馬上に引きずりあげる。もうここに用はない。
「……よし、撤収だ」
さっさと馬首を巡らせる。公爵を雑に鞍に乗せ、逆向きに走り出した。
そして来た時と同様、魔法や槍の攻撃を掻いくぐり、僕は生け捕りにした公爵とともに自陣へあっさり帰還した。
「……よくぞ生還した、ライヴァルト」
「ほんと無茶するわね。ねえ、あなた本当に人間?」
「もちろん普通の人間ですが」
「嘘だろ」
「嘘よね」
レグルス王子とソニア嬢からは、そんな温かい労いの言葉を頂戴した。
将軍二人が討ち取られ、ファトマ公爵の身柄をこちらが確保したことで、戦いは王国軍の勝利に終わった。ウルギーク軍は壊走して自国に逃げ帰った。
──公爵の生け捕りや、将軍二人を倒した功績で、僕は多額の褒賞が貰えることになった。でも、そんなのにまったく興味はなかった。
ファトマ公爵は反逆者として断罪され、おそらく毒杯を呷ることになるだろう。それが終われば万事解決だ。
はぁ……ほんと長かったな……
これで、やっとアデルと結婚できる。それが心から嬉しい。
彼女にどんな秘密があるのかは知らない。
それよりも、僕はやっぱりアデルのことが、大好きなんだ。
ジークのチート回でした!
次は、やーーーーっと結婚式です。
たぶん、発売日の9/2あたりに……更新しますので少々お待ちください……!




