終章 元"悪女"の幸せな結末
ウルギークとの戦乱で勝利をおさめ、王国に平和が戻ってきた。
ジーク先輩は、単騎で敵軍につっこんでいき、公爵を生け捕りにするという離れ業を見せつけていた。さすが元"英雄"だ。
でも、自分の戦功にはあまり興味がないようで、それより「これで何の憂いもなく結婚できるね」とご機嫌だった。
いつも以上に大量のキラキラを撒き散らす先輩に、「私も嬉しいです」と素直に気持ちを伝えたら、先輩は、パァァァッと顔を輝かせていた。
なんだか眩しすぎて神々しい。魔王どころか神にもなれそう。
そして、ここまでくると、私も「やれやれ、やっと結婚かぁ」という気分になっていた。
私は相変わらず、ジーク先輩をジーク先輩と呼んでいた。恋人であることは、ソニア様とレグルス殿下以外に隠してたし、特に変える必要を感じてなかったからだ。
あ、ソニア様に対しては、敬称つけてるけどね。親友とはいえ、今は主従だし。
でも、結婚したら、さすがに先輩呼びは変かな……などと呑気に私は考えていた。
しかし、とある事情から、私の先輩呼びはもう少し続くことになってしまう。
凱旋から1ヶ月ほど経ち、戦乱の処理もほぼ終わった頃。
私とジーク先輩は、主たち──レグルス王太子とソニア様に、二人揃って呼び出された。
ソファの向かいに座るレグルス殿下が、神妙な顔で切り出す。
「……まだ非公式だが、二年後に父上が退位なさり、僕が即位することが決まった」
そして、殿下の隣のソニア様が、後を引き取る。
「それでね、即位の前に、わたくしと殿下の結婚を進めようという話になったの」
「なにぶん急だから、あまり時間がない。ゆえに、君たちの助けがどうしても必要なんだ。つまり……ライヴァルトとアデル嬢の結婚は、暫く待ってもらえないだろうか」
その瞬間、隣にいるジーク先輩から、ビョォォォッとものすごい冷気が吹き荒れた。
おそるおそる隣を見る。先輩は完全に真顔になっていた。こわい。すごくこわい。
もしかしてこれ、"魔王"になっちゃうのでは……?
私は必死に、殿下とソニア様に目配せした。
ここは私に任せろ、と。
「……まずは、二人で話し合ってくれ」
「本当にごめんなさいね」
主たちが言う。というわけで、ひとまず解散だ。
ジーク先輩の逆鱗に触れた殿下とソニア様は、若干顔が青ざめている。そりゃこわいですよね。私もこわいです。
この人、余裕で一国滅ぼせるからね……!
「では、御前失礼いたします!」
「……失礼します」
無表情のジーク先輩を引っ張って、私は執務室の本棚に近づいた。そして一冊の本を引き抜くように傾ける。
すると本棚がズズッとずれて、細い通路の入口がぽっかりと姿を現した。
──ほんの一部の人間しか知らないことだが、ノース王国の王宮には、このような秘密の通路が張り巡らされている。
一回目人生の私は、反乱軍から逃れるため、王宮からの逃亡を図った。その時に隠し通路を通ったので、その存在はよぉく知っている。
まあ、あまり思い出したくない記憶だけど。
三回目の今回、またそれを使うことになったのは、運命の皮肉というべきか。
私たちは、恋人であることを周囲にひたすら隠していた。そのため殿下とソニア様は、通路から行ける隠し部屋の一つを、逢瀬に使っていいと許可してくれたのだ。
レグルス殿下の執務室や、ソニア様の私室にも秘密通路の入口がある。二人の側近である私と先輩は、そこを通って、いつも会っていた。
「……」
狭い通路を進み、隠し部屋まで無言の先輩を連れていく。そこは、ソファやテーブルがあるだけの、本当に小さな部屋だった。私たちが王宮勤めになってから、二人で会うのに時々使ってる場所である。
先輩をソファに座らせて、「お茶をいれますね」と離れようとしたら、先輩は私を引き留め、ぎゅっと抱きしめてきた。
「何のために、こんなに頑張ったんだろう。いっそ、国を滅ぼしちゃおうかな……」
「いやいやいや、国家転覆とか、ほんと止めてくださいね!!?」
「冗談だよ……」
嘘だ。いま、絶対に闇堕ちしかけてた。
「私だって楽しみにしていたので、とっても残念ですよ。でも、あなたとは穏便に結婚したいので、もう少しだけ一緒に頑張りませんか?」
「…………わかった。アデルがそう言うのなら」
慰めるように声をかけると、先輩はため息をついて、私の肩に埋めていた顔を上げた。そして体を離し、私のクソデカ眼鏡を取る。
私はソニア様の付き人になっても相変わらず、ド地味な令嬢姿で通していた。眼鏡を取るのは、実家と先輩の前だけだ。
「アデルからキスしてくれたら、頑張る……」
「えっ……」
実はキスするのは初めてではない。
ないけれど……私からしたことはなかった。
「……してくれないの?」
先輩はこてんと首を傾げ、じっと私を見つめる。私はうっとなった。あざとすぎる。
「……わかりました」
なんだかひどく緊張して、心臓が痛い。
決心を固めて目をつぶり、そっと唇を重ねて顔を離すと、先輩は甘いため息をついて、もう一度私をぎゅっと抱きしめた。
「……早くアデルと結婚したいなあ」
「私もです」
「うん……大好きだよ」
……どうやら、国家転覆は諦めてくれたようだ。
そのことに、私は心からほっとした。
◇◇◇
その後、爆速で結婚の準備を整えたレグルス王子とソニア様は、半年後に婚姻の儀を挙げた。目の回るような忙しさから解放された私たちも、ようやく結婚する運びとなった。
まあ、ジーク先輩とのおつきあいは、周囲にひた隠しにしてるので、完全なる極秘婚だけどね!
一般の教会で素顔を晒すのは抵抗があったため、私たちの結婚式は、王宮の奥にある礼拝堂を使わせてもらうことになった。
礼拝堂の隣にある控え室で、侍女のユディトに支度を整えてもらう。
真っ白なウエディングドレスを着た私に、彼女は丁寧に化粧を施してくれた。正面の鏡に映った私は、自分で言うのも何だけど、本当に美人だ。
「お嬢様、いかがですか~?」
「とっても素敵だわ……!ありがとう、ユディト」
「私こそ、こんな晴れの日に、お支度を任せていただけて光栄です~!本当にお綺麗です、お嬢様」
ユディトもニコニコしている。
いろんな角度から見て、私は心から満足した。
やっぱりユディトの腕は抜群に良い。ジーク先輩も喜んでくれるかしら……と思っていると、不意に視界がブレた。
────そして気がついたら、マリアと最後に話した、あの白い空間にいた。
◇◇◇
「ここは……」
扉も窓もない、真っ白な壁と天井に囲まれた、四角い空間。
私はそこで呆然としていた。
ここって時空の狭間で、女神の領域だっけ……?
何で今さら、と思っていると、
「……アデルハイデ・ローエングリム様、この度はご結婚おめでとうございます」
後ろから、懐かしい声がした。
「……!」
振り向くと、司祭服のような純白の衣装を纏った、かつての侍女──マリアが佇んでいた。
「女神の力を少しだけお借りして、あなたに言祝ぎをしに参りました。……よくここまで頑張られましたね」
「……っ、ありがとう、マリア。そうなの。私すごく頑張ったの……!」
化粧が崩れる、と思ったけれど、涙が止まらない。
一回目の私は、確かに"稀代の悪女"だった。そして、たくさんの人を不幸にした。その一人がジーク先輩だった。
二回のやり直しの果てに、今があることを、私はきっとこの先も忘れないだろう。
「三回目のあなたも、女神のおそばで、ずっと見守っておりました」
わんわん泣く私を、マリアがそっと抱きしめた。
そう、私の三回分の人生を知っているのは、この世界にたった二人。
私と、マリアだけなのだ。
胸がいっぱいで、なかなか涙が止まらない。暫くして、やっと私が泣き止んでから、マリアはそっと体を離した。
「……そろそろ私は、女神の御元に戻らなくてはなりません」
そこで、ふと何かを思い出したように続けた。
「ジーク・ライヴァルトは、時間を巻き戻したことで、潜在的に受け継がれていた"魔王"の力を使い果たしました。お二人の子孫から、"魔王"が現れることは未来永劫ありません」
「そうなんだ……」
「ええ。ですから、心置きなく、どうか幸せにおなりください。アデルお嬢様」
マリアは優しく微笑む。
そして、ふっと視界が揺れた。
◇◇◇
はた、と気がつくと、私の魂は、控え室にいた自分の体に戻っていた。
あれだけわんわん泣いたのだ。さぞ酷いことになってるんじゃ……。おそるおそる鏡を見ると、化粧はまったく崩れていなかった。
あれは、現実ではなく、女神の空間だったからなのかな。何にせよ、良かった……!
「お嬢様、そろそろお時間です」
ユディトがそう言った直後、控え室の扉が開いて、礼服をきっちり着こなしたお父様が入ってきた。
「……わが天使がついに結婚か。すごく寂しいよ。でも、とても幸せそうだね」
「ええ、幸せです」
笑って椅子から立ち上がり、お父様の腕に手をかける。
「では行こうか」
「……はい」
──礼拝堂の扉が開かれる。
お父様のエスコートで、私は赤い絨毯の上を歩いた。極秘婚なので、列席者はとても少ない。ジーク先輩と私の家族、王太子夫妻だけ。
ソニア様はすでにポロポロ泣いていて、王太子に慰められている。
祭壇の前、真っ白な礼服を纏った先輩は、私をじっと見ていた。先輩は今まで一番というくらい、キラッキラに輝いている。
お父様の腕から手を離し、壇上へ上がり、先輩と向かい合う。
──先輩が、心から嬉しそうに笑みを浮かべた。
三回繰り返した人生で、いいことも悪いこともたくさんあったけど。
私にとって、今日が一番、幸せな日になった。
後日談完結しましたー。
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