2. 友人と再会
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──植木の陰に隠れ、私はじっと息をひそめていた。
見てほしい、この圧倒的存在感のなさ……!
ひたすら地味な優等生を演じ、空気と同化して生きてきた私は、それゆえ気配を消すのも得意である。
もしかしたら、隠密の才能もあるかもしれないわね。運動神経が壊滅的でも、いけるかしら。
……などと、つい余計なことを考えてしまうのは、少し緊張してるからだろう。
なんたって今日は運命の日なのだ。
ここで間違えると、計画が全て台無しになってしまう。
絶対に失敗できない。
なぜなら、今日こそは、ソニアを捕獲……違った、生涯の友に出会う日となるからだ。
◇◇◇
二回目人生で、ソニアと出会ったあの日。
私は、図書館で借りた本をよいしょと必死に運んでいた。何冊も本を借りたのは、商理学の課題をするためだった。
三回目の私は、同じ課題が出る日を心待ちにしていた。そして今日、ついにその課題が出た。
放課後、前回と同じ時間に、中庭をつっきっていく。見覚えのある植木に着いて、辺りを確認した。
ここで間違いない。
植木の後ろに身を隠し、そっと周囲を窺うと──
いた、ソニアだ。
視線の先で──ピンクと水色に髪を染め、制服を着崩して、ジャラジャラとアクセサリーをつけた少女が、そわそわしながら身をひそめていた。
よっし、ターゲット発見。ここが三回目の私とソニアの初接触である。
今回の人生で、私はずっとソニアとの接触を避けていた。予想外の変化があると、計画が立ち行かなくなるかもしれない、と考えたからだ。
そのため、可能な限り、二回目と同様に過ごすようにしていた。
派手なソニアを見ていると、懐かしくて胸がいっぱいになる。目がチカチカすることにさえ、テンションが上がってしまう。
なんだかんだ、ソニアはやっぱり私の親友なのだ。今日をきちんとこなして、久しぶりにソニアと顔を合わせて話がしたかった。
そうしているうちに、植木を挟んだ向こうの道から、ざわめきが少しずつ近くなってきた。
──来た。レグルス王子とその取り巻きの方々だ!
息を殺して、彼らが行き過ぎるのを待つ。
ざわめきが過ぎ去ってから、そいやっと私は枯れ枝を踏みつけた。足元でパキッと音がして──
「……!?」
ソニアがこちらを振り返り、ぎょっとした顔をして後ずさる。
それはそうだろう。
相手を逃がすまいと気合いを入れた地味な女生徒が、眼鏡をキラリとさせてガン見してたら、それはもう怖いと思う。
怯えさせて申し訳ない。しかし今日は必ず、ソニアをわが家に拉致……いやご招待するつもりだ。
逃がさないから覚悟決めてね!
私はクソデカ眼鏡をくいっと上げて、おもむろに口を開いた。
「つかぬことをお聞きしますが……あなたはそこで何を?」
「べっ別に……何でもいいでしょ、あなたには関係ないじゃない!」
「もしや、先ほど通った殿方の中に、想いを寄せる方がいたとか……?」
「え、いや……その」
「その想い人とは、レグルス殿下でしょうか……?」
「えっ、やだ、なんでわかっちゃったの!!?」
ソニアは相変わらずソニアだった。「やはりそうでしたか」と頷くと、うっかり自白してしまったことに気づいた彼女は、ハッと我に返って顔を真っ赤にした。
「もうやだ、恥ずかしい……」
「相変わらずピュアですね……」
「何か言った……?」
「いえ、何も」
「ね、ねえ、このことは誰にも言わないでね……!?」
「もちろんです。私には話す相手もいませんし、どうかご安心ください。ところであなたはこの後、特に予定はありませんよね?」
「え、それ確認!?」
「ここでお会いしたのも何かの縁です。ぜひ、わが家へいらしてくださいませ!さあさあこちらです!」
動揺してる今のうちだ!
ソニアが正常な判断を取り戻す前に、畳みかけるようにうちに誘う。こうして未来の王太子妃捕獲……じゃなくて、友人計画は成功したのだった。
◇◇◇
タウンハウスで一通り話をして、色々説得した結果、ソニアは王太子妃を目指すことになった。私はそのことにひとまず胸を撫で下ろした。
しかしここからが本番だ。
再びソニアを「清楚な美少女」に生まれ変わらせて、レグルス王子と恋に落ちてもらわねばならない。
前回手助けをしてくれたのは、侍女かつ女神の御使いのマリアだった。
しかし彼女は女神の元へ帰り、この世界にはもう存在していない。
マリアの不在はかなりの痛手だが、いなくなったことを嘆いても始まらない。
そこで私は、あらかじめ両親に頼み込み、彼女に負けずとも劣らない優秀な侍女を専属にしてもらっていた。
「ソニア様、いかがでしょうか~?」
ソニアの栗色の髪を結い終わった侍女──ユディトがおっとりした口調で確認する。
「わぁ……素敵ね。ありがとう、ユディト」
「ふふ、気に入っていただけて光栄です~」
ソニアの複雑に結われた髪には、美しい真珠のピンが幾つも挿してある。これぞ清楚。
ユディトは常に笑顔を絶やさず、性格もおっとりしている。でも、仕事に関してはとても優秀で、髪を結うのも得意なのだ。
主人の私は、自分で雑に二つ結びにしてしまうから、今まで宝の持ち腐れだったけどね!
にこやかなユディトに、ソニアも心を開いている。その様子にとても安心した。この二人の相性が悪かったら、計画が上手くいかなくなっちゃうものね。
こうして私たち三人は、着々と「ソニア清楚化計画」を実行していったのだった。
◇◇◇
そういえば……ソニアとジーク先輩を引き合わせたら、前回と同じく険悪になっていた。
まあ、これは折り込み済みだったけど、先輩、二周目なのにとっても大人げないなぁ……!
一応、私と先輩は恋人だ。
そして恋人であると同時に、逆行人生の相棒で、同志のような存在でもあった。
だから先輩には「ソニア清楚化計画」を逐次報告している。情報共有は大事だよね、うん。
でも報告すると、先輩は毎回ベンチの上で、膝を抱えていじけてしまう。
「君ら三人はいつも楽しそうだよね……」
指でベンチをぐりぐりしながら、こんなことを呟いている。
ソニアやユディトとキャッキャしている話を聞くと、除け者にされた気分になるらしい。めんどくさい男だ……
仕方ないので、武闘大会の前に、もう一度植物園に一緒に行くことにした。先輩は相変わらず、変装を貫通するほどのキラキラを放出していた。
そうこうしている内に、闘技大会の季節になった。ジーク先輩は今回も危なげなく優勝。もはや王者の貫禄だ。
それから年末のイベント、学院の舞踏会が開催となり、「清楚化計画」は集大成を迎えた。
前回同様、渋る先輩をどうにか宥めすかして、令嬢方のハートをかっさらう大役を演じてもらう。
そうした努力が実を結び、ソニアとレグルス王子は晴れて恋に落ちた。計画は大成功である。
良かった良かった。
──と、そこまでは全て順調に進んでいた。
でも最終のフェーズに入って、私はある失敗をおかした。
舞踏会の次に起こる大きな出来事。
それは、ユーリ・ファトマ筆頭公爵が裏で糸を引く、北方の横領事件。
この事件はどうしても慎重にならざるを得なかった。
前回は偶然、帳簿の工作に気づいた。
それを手がかりに、先輩の実家への冤罪を防ぐことができたけど、万一公爵の策略が成功したら……と想像して焦ってしまったのだ。
早めに悪事の証拠を掴みたい。
そう考えて、二回目を踏襲するというポリシーを捨て、出来る範囲で公爵の周りを探った。
それがファトマ公爵に感づかれ、用心深い公爵は、思いきった行動に出る。
彼は、隣国に逃亡してしまったのだ。
次回ジーク視点です。




