1. 恋に浮かれる
ごきげんよう、ビン底眼鏡の地味優等生、アデルハイデ・ローエングリムです。
私はなんと、三回の人生の記憶があります。
うん、何言ってるかわからないわよね。私も、若気の至りの妄想とかだったら良かったのになぁ……と思う事はある。
だって、案外苦労が絶えないのだ、これが。
一回目人生で、"希代の悪女"として非道の限りを尽くし、ギロチンで断罪されるという凄惨な最期を遂げたのち、私は時間逆行した。
二度目は同じ轍は踏むまい、と誓って、地味を装い、ひたすら勉学と仕事に励んだ。そうして穏便に人生を終えた……と思ったら、再度時間が逆行し、三回目の人生が始まってしまったのだ。
三回目の時間逆行の原因。それは、一回目人生で私を断罪した"英雄"、二回目人生では友人だったジーク・ライヴァルトが、無意識に力を使ったからだ。
なんと、彼の正体は、創成の女神さえ力の及ばない、"魔王の末裔"だったのである。
彼は、私が老衰で儚くなった後、「どうしたら私と一緒にいられたのかな……」と激しく後悔し、時間を巻き戻してしまったらしい。
いくら好きな人と人生を歩めなかったからといって、時間逆行なんかするかな、普通……
まあ、私も、ジーク先輩を憎からず思ってたしなぁ……というわけで、彼の気持ちを受け入れての三回目スタート。
とはいえ、三回目だって安穏としてはいられない。私の平穏無事な人生のために、王国に存続して貰わねばならない。
他にもレグルス王子とソニアの事とか、ファトマ筆頭公爵の事とか……壁は山ほどある。
となると、上手くいった前回をなぞるのが最善だろう……と私は考えた。
もちろん、臨機応変に対応すべき事も出てくるだろう。ただベースとしては、今回も地味な優等生としてやっていこうと決心したのである。
先輩にも、それを伝えて理解して貰った。
でも……私の一回目、二回目人生の苦労を知らないジーク先輩は、私と両想いになった事で、完全に恋に浮かれたお花畑男と化してしまっていた。
◇◇◇
「──先輩、今の話、一体どういうことですか!!?」
「……僕は、君の事で頭が一杯で」
私が詰めても、先輩は困ったようにほわほわした笑顔を浮かべている。
……屋上庭園での逢瀬は、誰かに見つかった時のリスクが高すぎる、と判断した私たちは、とあるカフェの個室で月に二回会う、という方法に変えた。
いや、最初からこうすれば良かったのよね、本当は……
最初は先輩にファンクラブがあるなんて知らなかったし、知った後も、色んな事に頭がいっぱいだったからなぁ……
ともかく、今日はそこで先輩と会う日だった。
先輩もビン底眼鏡とカツラで変装しているので、学院の生徒に見られてもバレないだろう。
これで一安心……と思ってたのに、別の所で大問題が発生していた。
ソファに並んで座っていた先輩は、じっと私を見つめてくる。漂う空気が甘ったるい。
「先輩、距離が近いです!」
「うん、アデルは今日もかわいいね」
殴るぞ、おい。いい加減、人の話を聞け。
ぐいっと先輩を押しやって、私はすっくと立ち上がり、半分涙目で指を突きつけた。
「そんな、浮かれたこと言ってる場合じゃないですよ!!?なんでまた赤点なんか取っちゃったんですかあーーー!!!??」
そうなのだ。
恋に溺れたジーク・ライヴァルトは、前回と同じ期末試験で、また赤点を取ってしまったのだ。
これは非常に、ひっっじょーーうに、困る。
万一先輩が追試に落ちて退学になったら、今後の予定が大幅に狂ってしまう。
特に、ソニアとレグルス王子を引き合わせる舞踏会は、先輩の協力なくして成功するとは思えない。
もちろん、先輩にとってもいい事ではない。留年ののち退学なんかになったら、先輩は家族に顔向け出来ないだろう。おつきあいすると決めた私だって心苦しい。
確かに先輩には、なるべく前回人生をなぞるようにしたい、と言った。言ったけど、赤点までなぞらなくたっていいのに……!
ほわほわしてる先輩を見てると、段々涙が引っ込んできた。これ、早めに対策を考えないとまずいんじゃないかな。泣いてる場合じゃない。
私は何パターンか対応を考えて、最終的に二つに絞った。
その一、「先輩が学院からいなくなったら、私、とっても辛いです」と、上目遣いで訴える。
その二、 「学生の本分は勉強だろうがぁぁ!ちゃんとやれ!!!」と心を鬼にして厳しく当たる。
どっちにしようか、暫し考える。うん、決めた。
私は、鬼になる…………!
「……先輩、学生の本分は勉強です」
「はい」
すっと冷えた空気を察したのか、先輩がソファの上で正座する。
「一度やったことのある試験で、赤点を取るってどういう事ですか?」
「すみません」
「次の追試は、ご自分で勉強なさってくださいね。前回教えましたし、一人で出来ますよね?」
「……」
「出来ますよね?」
「…………ハイ」
今度はジーク先輩が軽く涙目になっているようだが、ここで甘やかしては先輩のためにならない。学院に在籍する限り、試験はずっとあるのだから。
……でも、それだけじゃやる気になってくれないかもしれない。ちゃんとご褒美もあった方がいいだろう。
「……追試をパスしたら、一緒に王立植物園に行きましょう。私は先輩と、またアップルパイを食べに行きたいんです。だから頑張ってくださいね」
「わかった……!」
先輩の顔がパァァッと輝いた。
地味な変装をしてるのに、キラキラを大量にばら撒いている。まぶしすぎ……!
これ、人目があるところでは、気をつけた方がいいかもしれない。地味な変装まで貫通するなんて、元"英雄"のカリスマは侮れない……
そして数週間後。
先輩は見事自力で追試を突破し、二人揃って、王立植物園とアップルパイのおいしいカフェに行く事が出来たのでした。
これ以降は、先輩も浮かれすぎて赤点を取る、なんて事はなかったので、心を鬼にして良かった。
……本当、世話が焼ける人だ。




