表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/45

番外編:いつか、同じ月を見よう




 理沙が日本に戻って来てから、六日が経過した。

 着いたその日は時差ボケの頭をリセットすべく、延々と自室のベッドで眠る。

 翌日からは帰国を知らせていた高校の友人たちと会ったり、久しぶりに母親との買い物に付き合ったりと、慌ただしい毎日を送っていた。


 そして今日は31日――大晦日。

 両親と楽しく夕飯を食べ、年越しそばをいただく。やがて時計の針が夜中の11時半を過ぎる頃、理沙は完璧な防寒装備で友達と合流した。

 毎年恒例、年明け最初の初詣でだ。


「ねーフランス人の彼氏出来た?」

「はあ⁉ が、学校に行ってるだけだから、そういうのは別に……」

「いないの? 超イケメンの同級生とか」


 イケメン……と言われ、理沙はちらりと自身の手首を見つめた。そこにはレイヴンから贈られた白のレザーブレスが変わらず輝いており、思わずにやけそうになる口元をきりりと引き結ぶ。


「あ、でも銀髪の王子様みたいな人はいる」

「何それ⁉」

「いっつも寝てるから『眠れる森の美女』って言われてるけど」

「すっごい自由~」


 やがて朱塗りの立派な鳥居の前にたどり着いた。参道には人が溢れ、左右には屋台が並んでいる。携帯で時間を確認すると、日付が切り替わるまであと少しだった。


(そろそろかな……)


 少しずつ前に並ぶ人の数が減っていき、ようやく理沙たちの前に賽銭箱が現れた。それぞれ小銭を投げ入れると、柏手を打って両手を合わせる。


(神様……今年は色々と、ありがとうございました)


 そこでふと、理沙は『裏稼業』の時に助けてもらった龍神様のことを思い出した。

 今理沙が祈りを捧げているのはどんな神様なのだろう、と思いつつ、去年あった物語のような出来事を思い出す。


(今年も……レイヴンと、一緒にいられますように)


 むん、とそこだけ強くお願いをして、理沙はようやく顔を上げた。すぐに列を離れ、先に抜けていた友達たちと合流する。


「あ、ごめん。あたし親からお土産頼まれててさ、ちょっと買ってきていい?」

「あたしも。お守り買わなきゃ」

「オッケー。じゃあこの辺りで待ってるね」


 理沙たちはそれぞれの求めるもののため、一旦その場を別れた。

 特に頼まれ物がなかった理沙は、境内の中央で赤々と炎を上げる、庭火の傍へと足を進める。真っ赤な焔が炭化した木を覆い、辺りには火の粉が舞っていた。

 その光景をわあ、と眺めていた理沙だったが、慌ただしく携帯を取り出す。


(あ、もう時間過ぎてる!)


 デジタルの表示は0:09を示しており、理沙は急いでロック画面を解除した。きょろきょろと辺りを見回した後、空に浮かぶ白銀の月をカメラに収める。

 そのままWhatsAppのアプリを起動させると、一番上にいた名前をタップした。


『Meilleurs Vœux!(あけましておめでとう!)』

『今年もよろしくお願いします!』


 ぺこん、ぺこんと軽い音を立てて、レイヴンへメッセージが送られる。

 理沙はしばらく画面を眺めていたが、相手にメッセージが届いたことを証明する灰色のチェックが二つ付いただけで、何の返信もない。


(あ、こんな時間に悪かったかも⁉ ど、どうしよう、取り消す?)


 だがメッセージを消すとそれすらも表示されてしまうため、逆に変に気にさせてしまうかもしれないと理沙は狼狽する。そんな時、少し離れた位置から「天音さん?」と呼ばれ、理沙は思わずそちらを振り向いた。

 そこにいたのは、中学生の頃――理沙が振られた男子生徒だった。


「やっぱり天音さんだ。びっくりした、すごい変わってたから」

「あ、う、うん……」

「一人? 俺たちこれからカラオケ行くんだけど、良かったら一緒に行かない?」


 思いがけない好意的な態度に、理沙は最初動揺を隠せなかった。気づけば彼の背後から友達らしき男子が「誰だ?」「可愛いじゃん」とこちらを覗き見ており、理沙の全身に言いようのない不安が走る。


「ご、ごめん。わたしも友達と来てるから……」

「高校の? じゃあ良かったらその子たちも一緒に――」

「い、急いでるから! じゃあ!」

 理沙はたまらず、神社の裏手へと逃げ出した。あれほどあった人の波が一気に無くなり、どこか物寂しい空間に迷い込む。

 彼らから離れられたことを確認すると、理沙はようやくほうと足を止めた。


(だめだな私……まだ、怖いって思ってる……)


 中学の頃の苦々しい思い出。きっと彼にとっては、大したことのない言葉だったのかもしれない。それでも当時の理沙は傷つき、その痛みのために自ら変わる決意をした。そう簡単に忘れられるものではない。


(でもびっくりした……あんな普通に話しかけられるなんて……)


 友達と別行動していてよかった、と理沙はため息を零す。そろそろ戻らなければ、皆が戻って来ているかもしれない。だがまだ彼らがいたら――と理沙は逡巡する。

 すると突然、ポケットに入れていた携帯が音を立てた。

 誰⁉ と理沙は取り落としそうになりながら画面を見る。そこに表示されていた名前を見て、理沙はすぐさま着信のボタンを押した。


「も、もしもし!」

『――夜分に失礼。いま、大丈夫ですか?』

「は、はい!」


 久しぶりに聞く、レイヴンの声。

 まだ一週間も離れていないのに、懐かしさと愛しさで涙が出そうだ。


『メッセージ、ありがとうございます。素敵な月ですね』

「す、すみませんあたし、夜中なのに……もしかして、起こしちゃいましたか?」


 すると電話口の向こうで、レイヴンがふふ、と笑ったのが分かった。


『もう忘れたのですか?』

「はい?」

『日本とフランスでは、八時間の時差があるんですよ』


 ああ、と理沙は頭を抱えたくなった。飛行機の時にあれだけ注意していたのに、戻って来た途端すっかり失念していたなんて。


「そ、そうでした……じゃあそっちは」

『今、午後四時を過ぎた辺りです。そろそろ閉店の準備をしようかと』

「よ、良かった……」


 迷惑をかけたわけではないとわかり、理沙はようやく安堵する。

 不思議なことに、レイヴンの声を耳にした途端、先ほどまでの取り乱していた心が嘘のように凪ぐのが分かり、理沙は心の中で苦笑した。


『しかし……こんな時間に出歩いているのですか?』

「あ、はい。友達と初詣で……ええと、神様にお参りというか」

『用事が済んだら、早く家に帰るように。絶対に一人になってはだめですよ』

「は、はい!」


 周りに誰もいない今の状況が見えているのか、と理沙は少しだけ挙動不審になる。だがいつものレイヴンの口調に、思わず顔をほころばせた。


「レイヴン、あの……ありがと」

『何がです?』

「その、……一番に話せて、嬉しかったから」


 そっと零した理沙の言葉に、携帯はしばし沈黙した。

 だがすぐに、穏やかな笑みが聞こえてくる。


『……私もです』

「え?」

『私も……あなたの声が聞きたかった』


 予想だにしない返事に、理沙は思わず目をしばたたかせた。自身に都合のいい幻聴かと耳を疑ったが、どうやらそうではないと徐々に実感する。


(遠い、なあ……)


 こちらの空はこんなに真っ暗で月も輝いているというのに、レイヴンがいる場所ではまだ星も瞬いてはいないのだ。

 八時間。

 その圧倒的な時間を前に、理沙は不思議と胸が痛くなる。


(会いたい、なあ――)


 すると、耳元からレイヴンの優しい声が続く。


『――私も、です』

「えっ⁉」


 もしかしてうっかり口に出していた⁉ と理沙は奇妙な声をあげてしまった。するとスピーカーの向こうから、くっくと短い笑いが起きる。


『当たっていましたか?』

「な、え、もしかしてこれも『調停者』の力で」

『そんなわけがないでしょう。たまたまです』


 嬉しそうに笑いをこらえるレイヴンの顔が想像でき、理沙はようやく赤面した。

 レイヴンとしては冗談半分で言ったのかもしれないが、それで気持ちを当てられているのだからたまったものではない。


「もー驚かさないでください」

『失礼。……ですが、少しは元気が出ましたか?』

「え?」

『電話に出た時、いつもより沈んだ声だったので』


 そう言われた理沙は、続く言葉を呑み込んだ。

 どうして分かったんだろう。いつも通り、明るく出たつもりだったのに。


『何があったかは知りませんが、あまり気にしてはいけませんよ』

「……はい」

『あなたの居場所は一つではない。これからまだいくらでも、広がっていくのですから』


 心を読まれているのかと思った。

 だが今の理沙にとっては何よりも嬉しく、思わず涙ぐみそうになるのを堪えて、出来るだけ明るく返事をする。


「はい。……ありがとう、ございます」

『日本にいる間は、友達やご両親と楽しく過ごしてください。そして――早く、こちらに戻って来てほしい』

「……!」


 耳を疑うような言葉に、理沙ははわわと頬が熱くなる。


「レ、レイヴン、それって」

『あなたがいないと、フェリクスがうるさいのです。毎日来ては「リサはまだ戻らないのか」と。さすがに仕事に差し支えます』

「ああ、そういう……」


 その光景がありありと浮かんできて、理沙は脱力したように笑った。だがその直後、レイヴンの静かな声が続く。


『ですが……あなたがいないここは、たしかに少し寂しい』

「レイヴン?」

『だから――早く帰って来て下さい』


 呆然とする理沙をよそに、レイヴンが最後に『――Meilleurs Vœux.』とだけ言い残す。気づけば通話は切れており、理沙は収まらない動悸を抱えたまま、一人真っ赤になったままその場にしゃがみ込んでいた。



(了)


  


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よければこちらの作品もお願いします!

ゴリラの神から加護されたお嬢様の気持ち考えたことある??【完結済】

さまざまな動物神の加護を得られる世界で、戦闘系最強SSR「ゴリラの神」を引き当ててしまった⁉
戦いが嫌いな女の子が、何故か所属することとなってしまった騎士団で、力業でなんとかする物語。


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ