Epilogue.
私は最愛の恋人の魂を救うため、神の下僕となった。
下僕は皆『調停者』と呼ばれ、生きることも死ぬことも叶わない時間軸のなか、『贖罪』と称された依頼をこなす。
姿かたちが変わらないので、一か所に長くとどまることは危険だ。そのため『調停者』のほとんどはさまざまな国や世界を行き来して、放浪する生活を送っている。
数年前にたどり着いたこの場所は、歴史的な建造物や教会が多く、どこか懐かしさを覚える国だった。
私は裏通りにある店舗用の建物を借り受け、そこで仕立て屋を開くことにした。
新しい土地での生活には慣れたもので、言語の習得に時間はかからなかった。一つだけ予想外だったのは、この土地に別の『調停者』がいたことだ。
派手で人好きする性格をしており、靴職人としての腕前も確かだった。ただいい女……特に、将来美人になりそうな女性を見ると、見境がなく口説き始めることだけが難点だろうか。
そんなある日、以前暮らしていた国――日本の知人から依頼が入った。渡航費用を出すから、メイクスタッフをして欲しいという破格の願い出である。
知人に恩義を感じていた私は快諾し、すぐに日本へと飛んだ。
いざ現場に案内されてみると、どうやら相手はかなりの要人の細君だったらしく、私はSPたちが睨みつけてくるなか、無言で仕事をこなすはめになった。
無事パーティーは終了し、私はその足でフランスに帰ろうとした。だがチケットの手配が上手くいかず、私は五時間以上の暇を持て余す羽目になってしまったのだ。
私は時間を潰すため、以前住んでいた地域を訪れることにした。
そこは本当に普通の住宅地で、登下校の生徒たちがはしゃぎながら駆けまわる――そんな平和で凡庸な姿を私は何の感慨もなく眺める。
やがて小さな公園にたどり着いた。
だがそこで私は、突然心臓を掴まれたような衝撃を覚える。
(……あれ、は)
ブランコで一人寂しくうらぶれていた彼女は、染色も縮毛もしていない綺麗な黒髪を二つに縛り、多くの女子学生と同じ制服を身に着けていた。しかし一体何があったのか。分厚いレンズの眼鏡の下から、ぼろぼろと大粒の雫を零している。
それはオレンジとピンクが柔らかく交わる、美しい黄昏時。
か弱く泣き濡れる少女を見た私は、はっきりと確信した。
(シャルロッテ……)
私が愛し、そして救うことの出来なかった女性。
神の名を騙った悪魔として、彼女は聖なる炎によって浄化された。神の怒りを買った報いとして、彼女の魂は根源から消滅し、もう二度と生を得られない――それを私が、無理やりに捻じ曲げた。
結果として、彼女の魂は生まれ変わったはずだった。
――はず、というのは他でもない。私自身、生まれ変わった彼女と出会ったことがただの一度もなかったからだ。
なにせ生まれ変わる先は、それこそ星の数ほどある。この世界だけではない。仕事で赴くあらゆる異世界に生まれ落ちる可能性だって。
(いきて、いる……)
私はたまらず、彼女に駆け寄ろうとし――すぐに足を止めた。
転生した彼女は私のことを覚えているはずもなく、また私も、彼女と以前のような関係に戻るつもりはなかった。
むしろ――あの時救えなかったことを思うと、私ではない他の誰かと幸せになるべきだ……そんな考えがよぎったのだ。
だが彼女は泣いていた。
シャルロッテよりわずかに色の濃い、瀟洒なブラウンの瞳からはらはらと悲しみを溢れさせている。
その横顔があまりに儚く、消えてしまいそうに見えて、私は己の欲望と理性をしばし戦わせた。
やがて欲望が勝利の拳を高々と振り上げ――私はそれを必死に宥めながら、そっと彼女の前に立った。
「――大丈夫、ですか?」
「……?」
ゆっくり上げられた顔を前に、私は息が止まりそうになった。
容姿はもちろん、シャルロッテのものとは全然違う。だがその心根が――魂が、彼女のものだとはっきりと感じ取れた。
年若さ故か化粧もしておらず、今はまだ素朴な顔立ちではあったが、きっと将来はシャルロッテと変わらぬほど、多くの人目を惹きつける女性に成長するだろう。
「よければ、これを」
「な、なんですか、これ……」
「あなたが、あまりに悲しんでいるようだったので」
あらかじめ準備していたものの、結局開封しなかったオリジナル(Toi et Moi)の口紅。
彼女の齢には少々早いかもしれないが、どうにか涙を止めてもらう口実が欲しくて、私はそれを差し出した。
突然の不審者からの贈り物にも関わらず、彼女はその箱を丁寧に受け取ると、不思議そうな顔でしげしげと眺めている。
その素直な姿に、私はかつての恋人を思い出した。
小さいけれど平和な村に生まれ、二人だけで過ごした幸せな時間。だがそれはすぐに失われ、彼女は多くの男たちを率いる『聖女』となった。
己の人生を、思うがままに駆け抜けた彼女は、はたして何を望んでいたのだろうか。
その答えが『彼女』なのではないかと私は気づく。
(シャルロッテ……もしかして君は、普通の女の子になりたかった?)
平凡で非力な、どこにでもいる女の子。
それであれば――私がこれ以上関わるのは望ましくない。
彼女には私ではなく、普通の幸せを与えてくれる相手が必要なのだ。
私は彼女の涙が止まったことを確認すると、下僕として与えられた権能を使って、さっさと彼女の前から姿を消した。
ただ少しだけ心配だったので、彼女が無事かどうか――それだけを知る『探知の力』をあの口紅に与えておく。
だがもう二度と、彼女の前には現れまいと誓った。
――しかしそれから数年後、彼女は突然私の前に現れる。
真っ黒だった髪は、シャルロッテよりも濃い金髪に。
だがその綺麗な瞳だけは、きらきらと輝いたままで。
(あの時私がどれだけ驚いたか……きっと、知らないのでしょうね)
天啓か、運命か。それともただの偶然か。
いずれにせよ、神の手駒としていいように踊らされている自分に苦笑しながら、彼女がこの店――『Toi et Moi』を訪れるのを、私は今日も待っている。
(了)
以上で完結です。お付き合いくださり、本当にありがとうございました!
次回作も現実恋愛です。
が、ちょっと変化球として、多数決でラストが変わる選択式の物語をご用意しました。
コメントの有り無しで未来が変わりますので、もし気になる方はこちらもお付き合いいただけたら嬉しいです~!




