穏やかな日々を破る手紙
姉達はすぐ見つかった。割と近くの席にいたのだ。すぐに姉は俺達に気付いた。
「あら? フェリシア・マイヤーじゃないの? アンタが私と対決するの?」
あれ? 意外にも姉もフェリシアの事を知ってたのか。俺が知らなかっただけで、案外、有名人なのか?
「ち、違うわよ! なんでわたしがアンタと戦わなきゃなんないのよ!? ちょっと! どういう説明したわけ!?」
フェリシアが俺の肩を叩こうとしたのでスルッと避ける。
「あうっ!?」
「まだ説明してません。姉さん、フェリシアさんは姉さんに訊きたいことがあるんだって。さ、フェリシアさん」
そういって彼女に場所を譲る。少し戸惑っていたようだが、意を決したのかフェリシアが口を開く。
「そ、それは、その、あ、あのぅ、そのぅ……で、殿下のこと、どう思ってるの?」
「殿下ってこの学園には三人いるけれど、どの殿下?」
「く、く、クリストハルト殿下よ!」
「ああ、座学の成績は良くて、上級生の講義にも参加している。あと訓練の講義はへっぽこってくらいかしら?」
「へ、へっぽこって……いや、そうじゃなくて、す、好きかどうかを訊いてるのよ、わたしは!」
「あぁ、そういう……ええっとね、あ、ほら、今、席を立って売店に向かってる男子生徒がいるでしょ? 貴方、アレが誰だか知ってる?」
姉が俺達の後方を指差す。フェリシアと共に振り返る。確かに姉の言う通り、男子学生が歩いて売店へ向かっているところだった。あそこはサンドイッチの売店だな。
見知らぬ彼がどうしたというのだろう? 向き直ってフェリシアが尋ねる。
「いいえ、知らないわ。アンタの知り合いなの?」
「私も知らないし、話したこともないわ」
「ハァ?」
「つまりね、あの男子生徒と同じくらいにしか感じてないの、クリストハルト殿下に関しては」
「???」
「鈍いわねぇ、好きでも嫌いでもないってわけ。分かる?」
「……ええっと、興味ないってこと?」
「そうよ」
「う、ウソよ! だって、レオンハルトに聞いたわ! アナタの好みってクリストハルト殿下じゃない!」
「はぁ?」
姉が俺に目を向ける。
「えと、前に言ってたじゃん、姉さんの理想の男性……眉目秀麗、頭脳明晰、高身長でお金持ちだって」
「ったく……レオ、こっちへ来なさい」
「え? う、うん……」
多分、怒られるんだろうな……でも、ここで逃げたら後で酷い事になりそうだから、姉の傍へ寄る。
「少し屈んで、前髪を押さえて額を出しなさい」
「う、うん……」
言われたとおりにすると、姉は手を俺の顔の前に持ってくる。あ、これはデコピンか。微弱だが身体強化もしてるし、大して痛くもないだろう。
バチン!
「い、いてぇ!?」
あまりの痛さに額を押さえて蹲る。こ、この人デコピンに魔力を乗せたぞ? もしかして、俺が祖父から習った通魔撃を覚えてるのか!? こんな使い方をするなんて……
「ったく、フェリシア?」
「は、はい?」
「この子が言ってたのに重要なものが一つ抜けてるわ」
「そ、それは?」
「それはね、他の女には冷たいのだけど、私にだけ優しくしてくれる、っていうものよ。この前提があった上で、さっきレオの言った条件があれば、なおいいわねって話」
その場にいる女子学生全員が言葉にしなくとも、あぁ、と納得しているようだった。……意外と女性ウケはいいのか? ハンネも賛同してたしな……
「で、でも! クリストハルト殿下はアンタに色目を使って……」
「フェリシア!」
「は、はい?」
姉が語気を強めて彼女を呼ぶ。フェリシアはその勢いにビクッとして、静かになってしまった。
「これでも私は貴方に感謝しているのよ?」
「へ?」
「私が新入生の時にね、王子の側近が嫌がらせしてきたの。まぁ武闘会でぶっ飛ばしてあげたけどね。王子が側近の動きを止めないのに、私を好きも何も無いでしょう? そこに貴方よ。貴方、去年からずっとクリストハルト殿下にくっついていたでしょう? おかげで側近からの嫌がらせは無くなったわ」
「そ、そう? でも、側近のシュテファンがホントにウザいのよ!」
「あぁ、分かるわ。あの頭の悪さで騎士団に入りたいんでしょう? あんなのが騎士団に入ったら騎士団の質も地の底まで落ちた、ってあちこちで言い触らしてやるわ」
「わかるぅ~、あの男、この前わたしを突き飛ばしたのよ?」
「まぁ、それは酷いわね」
「それに……」
徐々に王子の側近への悪口に変わり始めた。姉の学友やフェリシアの友人も参加しだす。姉は理想の男性は王子なのか? という話から逸らしたのだろうか?
……どうでも良くなってきたので、俺はその場を離れ、食事する事にした。
「ここいい?」
「うん? ああ、レオンハルト、いいよ」
「ありがと」
カスパルとヘルムートの着いている席を見つけたので、そこへ寄る。
「そういえばレオンハルト、噂になってるよ、アンゲーリカ様とのこと」
「あぁ、カッコ悪いって?」
「え? いや、羨ましいってさ」
「羨ましい? まぁ、そうか……でも、あれさぁ、揶揄われてるのは分かってたんだけど、恥ずかしくってさぁ……顔が真っ赤になってたと思うんだよね」
「まぁ、あれだけ綺麗な人だからなぁ。僕だったら緊張で固まって引き摺られてたと思うよ」
「ハハハ、大げさな」
「いや、それくらい緊張するって話しさ」
そんな風に他愛もない話をしていると、予鈴が鳴った。俺達はそれぞれ講義へ向かう事になる。カスパル達は座学だそうだ。俺は座学は終わっているので、今度予定が合えば、一緒に訓練の講義を受けよう、という話になっていた。
魔術訓練は一度やったので、前回をなぞるだけだった。身体強化の検査が無かったくらい。そして、訓練の講義が終わってから俺は講師に話し掛けた。
「え? このまま次も魔力弾の訓練を続けたい?」
「はい。自分の中で納得できないんです」
「う~ん、そうか。でもこのままだと成績は低くなるよ? それでもいいのかい?」
「はい、構いません」
「分かった。では次回以降も魔力弾の訓練にしておくよ。ただ、何時でも属性魔術の訓練に移りたかったら言ってくれていいからね?」
「はい。その時はお願いします」
そうして、講師は俺の前から去っていく。講師のいう成績ってのは、後に王宮へ報告されるのだろう。あのレベルの魔力弾を属性で求められると、かなり魔力を消耗しそうなんだよな。これは逃げではない。戦略的撤退だ。……流石に苦しいか?
講義を終え、次の講義時間は再び新武装についてのアイデア出しをやる。何も纏まらずに放課後になった。
姉と合流し、グローサー家の護衛を呼んでもらう。姉と待っていると、何か視線を感じる。何時も姉に向けられている兵士からの視線ではない。
周囲を窺ってみるが、よく分からなかった。王太子妃によると、学園の周囲で騎士による巡回を増やしたそうなので、そういうのが関係しているのかもしれない。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
「そう?」
姉が俺の様子を気にしたが、よく分からない事を話しても伝わらないだろう。お互い馬車に乗り込み、姉に尋ねる。
「そういえば姉さん、フェリシアを気に入ったの?」
「そうね。あんな分かり易い子滅多にいないわ。面白いから、時々話に来てくれればいいのだけど……」
「でも、講師やフォルクマーが気を付けろって。王子の気が変われば、巻き込まれるぞ、って注意されたよ?」
「フン、何を今更。あの王子がどう気が変わろうとも、動くことは無いわ」
「そう?……そういえば、フォルクマーとの練習試合ってどうなったの?」
「まだね。そろそろ予選会が始まるから、その前にやっておきたいわね。ランプレヒトに話を通すか、レオがフォルクマーに会う機会があれば伝えておいてちょうだい」
「うん、分かった」
そうして、俺達は宿へ戻ってきた。夕食まで白猫と訓練場で遊んだり、夕食後は屋上で鍛錬して過ごす。姉はもう新魔術の調整はいらないと言って、荒地へ行くのは止めになった。
俺の近くで馬乗りの姿勢になって真・身体強化をやり始める。
「姉さんは、それが訓練なの?」
「まぁね。今日は真だけど、明日は精煉をやるわ」
「ふぅん、それが母さんの言ってた鍛錬法?」
「ちょっと違うけどね。お母様はこの状態で動きなさいって言ってるのよ。でも、汗もかくし面倒でしょ。だから最低限はやってるのよ」
「じゃあ、俺と軽く手合わせとかしてみる?」
「いやよ。武術じゃアンタに敵わないんだから。それより、自分の鍛錬を進めなさい。今日も冷えるから、早めに切り上げるわよ」
「はぁい……」
姉から離れて、自己鍛錬を始める。あんなのでこれからのグローサー流は大丈夫なんだろうか? ちょっと心配だなぁ……
それから数日が経った。あれ以来、マグダレーネは宿にやってこない。おかげで、柔の技法は進まないままだ。まぁ、俺も習得する自信はないのだが……
学園では、お互い予定を合わせ、一度だけカスパルとヘルムートと一緒に戦闘訓練の講義を受けた。俺の予想通りというか予想以上というか、ただ外周を走るだけの訓練をこなせないのだ。
「ハァハァ、れ、レオンハルトは、す、すごいね……」
「そう?」
「だ、だって、ぜ、全然、息切れしてないじゃないか……」
「まぁ、これくらいは……」
こんな感じで、その回も外周百周をこなせなかったのだった。魔術訓練は俺の希望通り、ただの魔力弾を撃つ講義が繰り返された。この調子でいけばこの冬の半ばで全ての講義を終わらせられそうだ。
フェリシアとは滅多に会わなかった。彼女の話では訓練や講義ではなく、クリストハルト王子を追うのに忙しいのだそうだ。
「あれ?」
「どうしたの?」
「いや……」
何時ものように姉と学園から帰る時、ここ数日、感じていた門兵以外からの視線を感じなくなった。今日は休みなのか、それとも別の場所へ移動したのか、それとも昨日で終わりなのか……よく分からないまま馬車に乗り込む。
今日はハンネの休暇日なので、別の使用人がいる。ハンネがいないからか、白猫の出迎えもない。まぁ、ハンネのいる日でも、白猫は宿でダラダラしているそうなのだが。
そうして宿へと戻ってくる。宿へ入ると、珍しく受付嬢から呼び止められた。
「あのレオンハルト様、レオンハルト様宛に手紙を預かっております」
「俺宛? 誰だろう?」
「こういっては失礼ですが、あまり身なりの良い方には見えませんでした」
「ふぅん?」
取り敢えず、封を破って手紙を見てみた。
「?……ハッ!?」
急いで駆け出す。移動床を待つのがもどかしく階段を使って、一気に四階まで身体強化で駆け抜ける。まさか……まさか……!
大急ぎで大広間の扉を叩くように開く。そこにいたグローサー家の護衛、女性の討伐隊員に尋ねる。
「ハンネは!?」
「あ、お帰りなさい、レオンハルト様。ハンネですか? ハンネなら昼食後、出掛けた切りまだ戻ってませんが?」
「クッ……」
「あ、レオンハルト様?」
急いで自室へと跳び込む。ベッドの上にいる白猫を見つけた。
「ムーナ!?……ハンネと一緒じゃなかったのか……クッ!」
その場でスマホを具現化する。
「ハンネの魔力を検知だ!」
「了解。――反応なし。範囲を広げますか?」
「もちろん!」
「――反応なし」
「クソッ!」
受付嬢から貰った手紙を放り出し、部屋を出て広間も抜ける。再び階段を駆け登り、最上階へ。係員からカギを開けてもらい屋上へ出る。そこで手にしていたスマホから飛行バイクを具現化した。
飛行バイクに跨ると、いつの間にかついて来ていた白猫が俺の肩に登ってくる。
「ムーナ? ま、いいや、振り落とされるなよ」
白猫がにゃあ、と答える中、俺はバイクを急発進させた。受付嬢から預かった手紙、それにはこう書かれていたのだ。
『女は預かった。返して欲しくば我々の要求を飲むことだ。まずは――』




