姉の理想と不機嫌な王女との約束
「なに言ってるの、養子縁組なんかして高位貴族の勉強なんて、まっぴらごめんだわ」
「そ、そうですか」
男爵家だというフェリシア・マイヤーに、養子縁組して高位貴族になってから嫁ぐ方法もあるみたいですよ、と告げてみたら拒否されてしまった。家格を気にしているのかと思ったら、そうでもないらしい。
「それで、エリザベートってどんな男に興味あるの?」
「ああ、姉の理想は高いですよ? 確か……眉目秀麗、頭脳明晰、高身長でお金持ち、とかだったかな?」
「ちょ、ちょっと! それって殆ど殿下じゃない!?」
「へ?」
眉目秀麗――まぁ、顔立ちは整ってるか。
頭脳明晰――言わずもがなで、クリストハルトの成績はとても良い。誰よりも早く座学を終わらせ、その上、上級生の講義にまで参加するくらいだ。
高身長――将来どうなるか分からないが、今のところ低くはない。
お金持ち――王族だから、お金持ちでいられる。王宮を去る事になっても、国からの手当ても厚いだろう。
え? もしかして、姉の理想の男性って王子になるのか?
「どうしたの? なにか答えてよ」
「あ、いえ……う~ん、あ、そうだ。フェリシアさん、今日の昼食いっしょにとりませんか?」
「はぁ? アンタ、子爵家なんでしょ? ダメよ、わたしは殿下一筋なんだから」
「いえ、昼休憩に姉を紹介しますから、そこで姉に訊いてみましょう」
「はぁ、アンタ、モテないでしょ?」
「へ?」
「乙女心の何たるかを分かってないわ。エリザベートが自分の思い人を素直に明かす訳ないじゃない」
「そこまで言うなら、姉に王子についてどう思ってるのか尋ねてみればいいじゃないですか? 同じ女性のフェリシアさんなら、姉の表情や口振りから嘘かホントか見抜けるんじゃないですか?」
「ふーん、成る程ね。アンタ、意外と頭いいじゃない!」
そう言って、彼女は俺を叩こうとした。なので、スルッと躱す。多分、ハイタッチ的な意味だろうが、何時もの癖みたいなものだ。
「ちょ、ちょっと、どうして避けるのよ? ノリ悪いわねぇ?」
「すいません、つい……それより、お昼休憩の時、学食の入り口で待ってますから、お願いしますね」
「わ、分かったわよぅ……あ、ちょっと!」
彼女はまだ何か話そうとしていたが、俺は先へ走り出した。用は済んだのだから、これ以上、無駄なお喋りに付き合うつもりはない。
「おーい! 時間だ! 集まれー!」
そうして、訓練場内の外周を走り続け、講師から制止の声が掛かる。結局、百週は行かなかったな。無駄話しすぎた。
皆が講師の元に集まり、訓練終了の予約券を受け取っていく。そこで解散になるのだが……
「よう、レオンハルト、お疲れ様」
「あ、うん、お疲れ、フォルクマー」
「お前、あの女と知り合いなのか?」
「あの女? フェリシアさんのこと? それなら今日、初めて会ったんだけど?」
「そうか……あの女……」
「あー、レオンハルト・グローサー君?」
「はい?」
フォルクマーと話しながら更衣室へ向かっていると、後ろから講師に話し掛けられる。
「フェリシア・マイヤー男爵令嬢との付き合い方はよく考えたまえ。今回は新入生ばかりの訓練なのに、二年生の彼女が参加している。この意味は分かるだろう? 更に彼女は座学の講義は補修ばかりで、この一年間、ほぼ王都に滞在していたのだ。しかも、殿下に対して馴れ馴れしく、礼節も弁えていない。君が彼女から悪影響を受けないよう、忠告だけはさせてもらった」
「は、はぁ……ありがとうございます?」
「うむ、では、この後の講義も励むように」
そういって、講師は俺達の前から立ち去っていく。その様子を見ながらフォルクマーが口を開いた。
「オレの言いたかったことを言われちまったな。まぁ、そういう訳さ。王子の優しさからか、或いは何か考えあってかは分からないが、あの女に注意したり警告したりしない。ただ、側近たちは疎ましく思っているそうだ。あの女と仲良くしてると、王子が心変わりした時、君も巻き添えを食らうぞ」
「そういう意味か……でも、今日の昼食一緒にとるって約束しちゃったんだよね」
「お、お前なぁ……オレは忠告したからな。ただ……」
「ただ?」
「オレはレオンハルトとも対戦してみたいんだ。武闘会で好成績を残せなくても、グローサー家に勝ったと言えば、親父も認めてくれるだろう?」
そういえば、フォルクマーはブライテンライター伯爵領に度々現れる怪盗を捕まえるため、捜査に加わりたいとか言ってたっけ。
俺に勝ったからと言って、グローサー家に勝ったとは言わないで欲しいものだ。祖父や母は俺以上に強いのだから。でも……
「俺だって誰にも負けるつもりはないさ。たとえ武闘会を二回優勝した姉でさえね」
そういうと、フォルクマーは大きく目を見開いた。俺の発言に驚いたようだ。しかし、直ぐに笑みを浮かべる。
「フッ、そうか。オレも負けないぜ」
「うん? ああ……」
フォルクマーが握り拳を作ってスッと持ち上げる。俺も同様の動作を行った。そしてどちらともなくガン、と拳をぶつけ合った。
こういうのって映画で見た事あるけど、実際にやるんだなぁ……なんだか、照れ臭い半分、嬉しい半分で少し変な感じだ。
そうしてフォルクマーとも更衣室で別れた。フェリシアのおかげで余り汗を掻かなかったが、一応シャワーで汗を流す。後は……
「……これかな?」
シャワールームを出てすぐ傍の壁に、金属の四角い箱の様な物が付いている。その下にあるコックを捻ってみた。ゴオォォと温風が噴き出るが……
「……弱いな」
乾燥の魔導具があるのは貴族らしくて贅沢だな、とは思うが、音がうるさいだけでその機能を低く感じた。いつもハンネに髪を乾かして貰っているからかもしれない。
俺は具現化でドライヤーを創り出し、乾かし始めた。ふと、鏡を覗いてみる。
「結構、伸びてきたな。そろそろハンネに切ってもらおうかな……」
伸びてきた髪を見て、そんな事を呟いた。そうして、身支度を済ませ更衣室を出る。
「あれ?」
「あら? レオンハルト?」
更衣室を出るとお姫様が通りがかった。お互い気付いて軽く挨拶を交わす。
「意外と早いのですね? 女性はもっと時間の掛かるものだと思いました」
「ああ、わたくしはまだシャワーを浴びておりませんので……あ、近寄らないでくださいね? は、恥ずかしいですから……」
「あ、はい」
お姫様は俯き加減にそんな事を言う。こういう所は女の子なんだな……いや、お姫様なんだから当たり前なんだけど。多分、王族専用の部屋に、もっとちゃんとしたシャワーなりお風呂なりがあるのだろう。
「そういえば殿下、大剣を振ってましたけど、得意武器なのですか?」
「ああ、いえ、あれは今日、初めて持ちました。お恥ずかしい話、わたくし体術訓練は王宮でもあまり進んでなくて……何事も経験、と言いますでしょう? 自分でも合わないだろうな、と思いつつ今日は大剣を選んでみたのです。おかげで一つ分かったのは、わたくしには向いてない、でした」
「成る程……」
オストミアの街にある祖父の工房を思い出す。そこに様々な種類の武器を用意してくれていて、扱い方まで教えてくれた。参考になりそうなものは、俺の変身や具現化にどんどん取り入れろ、とか言って……
「それより、レオンハルトはフェリシアと知り合いだったのですか?」
「いえ、今日、初めて話しました。殿下があの人を知ってるなんて、意外ですね?」
「だって、クリストハルト兄様に隙あらば抱きつこうとするのですもの。嫌でも覚えてしまいますわ」
「え? あの人、クリストハルト殿下に抱きつくのですか?」
「ええ、それも人前で。去年からほぼ一年中、お兄様の護衛と側仕えの方は、気苦労が絶えないそうです」
「去年から……あぁ、そういえば講師が補修のために一年中、王都に残っていたとか言ってましたね」
「ええ。お兄様も学園が好きなようで、一年を通してほぼ毎日のように学園へ通うのです。そこで帰り際なんかに待ち伏せされて抱きつかれます。わたくしも何度か見ました。お兄様は困った風でしたけど、それでいて側近の数を増やしません。わたくしも近頃はまんざらでもないのでは? と考えるようになりました」
「そうですか……」
意外とフェリシアの望む、第二婦人や第三婦人になれそうなのか? わからんもんだな……
二人して訓練場の出入り口に向かっていると、お姫様が思い出したように話し出す。
「あ、そうそう、聞きましたわよ、レオンハルト? カサンドラと遊びに行ったのですってね?」
「ええ、ダーツを少々……その後、魔人に襲われたりしましたけど」
「カサンドラとはその日に遊びに行くのに、わたくしとの約束は果たしてくれませんのね?」
「え?」
「以前、猫ちゃんと一緒に、お城へ遊びに来てくれると約束したではないですか」
「あ、ああ……」
お姫様はムッとした表情になる。うへ、あの時、白猫が来てくれるかどうか分からなかったから、明言を避け、話を逸らしたのに、お姫様の中では約束した事になってるんだ……!
「も、もちろん、行きますよ。ただ、殿下の都合が分からなかったので……それに王族の方にこちらからお伺いするのは失礼かと思いまして……」
自分でも思うが、よくこんなに適当な言い訳が思いつくものだ。忘れてたなんて、絶対言えない……!
「あら、そうでしたの? わたくしは何時でも構いませんが、そうですわね……そういえば、カサンドラはエリザベートの友人と一緒に劇場へ行くそうですね? その日にしませんか?」
「え?」
「だって、一人で宿でお留守番も退屈でしょう?」
「ああ、そう言われると、そうですね」
俺も誘われてるのかと思っていたが、女性ばかりの所に男一人は辛いよな……そう考えると、お姫様の提案に乗っておいた方が、良いのかもしれない……
「では、決まりですね。フフフ、今から楽しみです。……ああ、皆さまお待たせしました」
訓練場の入り口にお姫様の付き人であるソフィアと数人がいた。お姫様は軽く手を振り、俺はお辞儀して別れの挨拶を済ませる。俺と約束したからか、楽しげなお姫様は取り巻きに何か話しながら去っていく。
そして、去り際にキッと俺を睨む茶髪の少年。カサンドラの父親が彼の家に何かしたらしいのに、俺を恨むのは筋違いじゃないだろうか? もしかすると、侯爵家に歯向かうのは怖いのかもしれない。逆に言えば、子爵家、男爵家はナメられてるのかな? そんな事を考えながら、俺も訓練場を後にした。
二限目は予定が入ってないので、学食で時間を潰す。武術修行の一つ、黙念をやろうかと思ったが、どうにも集中できない。フェリシアやお姫様との約束があるからだろう。
ここでスマホは弄れない。そこでカバンから紙とインクを取り出し、変身の新たなる武装を考えてみる事にする。これなら、ただ落書きしているだけだと思われるだろう。
「う~ん、こうじゃないな……」
ペンをグリグリ動かし塗りつぶしてしまう。やっぱり具現化で小さい模型を創った方が、イメージを固めやすいよな……そんな事をやっている内に鐘が鳴り、昼休憩となる。俺は急いで紙とインクを片付け、学食の入口へと向かった。
「あら? レオ? どうしたの、こんなところで。また相談?」
「ううん、姉さんに合わせたい人がいるんだよ」
「また、対決話かしら? アンタのおかげで今年も十分稼げそうだわ」
姉はニコリと微笑みながら、俺の肩をポンと叩いて学友達と学食の中へ歩いていった。対決話ではないのだが……まぁいいか、これまでにも何人か、俺に対決話を持ってきた連中を姉に紹介、というか譲ったしな。一人くらい例外がいても構わないだろう。
「あ、いたいた。ほら、これがレオンハルト・グローサーよ」
程なくしてフェリシアもやってきた。友人であろう女子学生を三人引き連れて……
「フェリシア! グローサー家といえば子爵家で私たちよりも身分は上よ? ちゃんと敬称で呼ばないと……申し訳ありません、レオンハルト様」
友人の一人がペコリと頭を下げると、続けて他の二人も頭を下げる。良かった……フェリシアの友人には貴族の常識はあるんだな……
「いいの、いいの。わたしとレオンハルトの仲なんだから。で、エリザベートはどこ?」
……ホントにこの人を姉に紹介していいのだろうか? 不安を抱えながら、俺は姉達のいる席を探すのだった。




