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梅雨の前の護衛任務

「おう、どうした坊主!」


 商人との待ち合わせ場所に行くと、見事に禿げ上がったたくましい体つきのおっさんがいた。

 依頼人か確認するために近寄ったら声をかけられた。


「ここで商人の方と待ち合わせなんです」


 レイが物怖じすることなくそれに答える。


「坊主達が護衛の二人か。俺はオニール、最終目的地はマツモト、道中は村々を回る。移動は荷馬車で日に6時間、一人は御者台でもう一人は荷台から警戒してもらう」


 ここまではギルドで聞いた通りだ。


「昼に二時間ほど休憩を挟むが基本的に移動中は休憩は無しだ。夜番は二人で交互に頼む。村で野営をする際は狩りをしても構わないが、森の中などでは側にいてもらう。食料はしっかり持ってるか?」


「水さえあれば食料は充分にあります」


 レイの言葉に商人は満足そうに頷く。


「今回のルートは川が多いルートだ。休憩場所や野営地は川の側にしよう」


 商人はそう提案するとこのまま出発できるか尋ねてくる。


「こちらの準備は出来ています。何時でも出られます」


 レイが背負っている荷物をチラリと商人に見せ、自信満々に答える。

 俺の方の荷物には干し肉や乾燥させたキノコの他にしこたまパスタが入っており、レイの方には食器や薬、戦闘時に使う消耗品などが入っている。

 最低限の荷物だけだが、徒歩で帰ることを考えると軽いに越したことはない。


「よし、それなら早速行こう。荷馬車はこっちだ」


 先導する商人の後に続くように街を歩く。


「坊主たち若いな、よくギルドから護衛依頼が受注できたな!」


 レイから受注証を受け取った商人は快活そうに笑うと、それを丸めて返す。


「こいつ、耳と感が鋭いんです。森の中で狼が息を殺して近寄ってくるのを見抜きますからね」


 レイが苦笑いしながら俺を指差す。


「その上、図書館に入り浸って入り用な魔術を見つけてくるのも得意で、器用に使いこなすんです。お陰で森での狩りが順調に進んで、つい最近街の外の護衛依頼も受けられるようになったんです」


 街の外の護衛依頼は、森で一定の成果を収めた者しか受けられない。

 俺達は毎日のように森に入って春の薬草を収集しつつ、狼や猪、その他の動物を狩りギルドに納品し続けたのだ。


 とは言っても、それらの報酬は様々な日用品やテントなどの冒険用品に消えていったのだが。


「なるほどなぁ」


 商人が顎を(さす)りながら納得しかけていたので、補足をする。


「こんなこと言ってますけど、俺の見つけた狼とかを殺したのはほとんどコイツです。両手剣のくせしてあのすばしっこい狼を片手剣の俺よりも的確に斬り伏せるんですから」


 俺の言葉に商人は目を見開き、レイの方を振り返る。


「なるほどな、どうやらいいコンビのようだ」


 商人は納得すると、今度は黙って目的地を目指す。

 たどり着いたのは庭付きの一軒家だ。

 入ってすぐは店舗になっており、日持ちのする食料品等が売られている。

 庭には厩舎があり、馬だけではなく牽引される馬車もそちらにあった。


「ここが俺の店だ。奥に大量の塩がある、今回の積み荷はそれだ。庭の馬車まで運び入れてくれ」


 商人に続き店の奥に行くと、商人がほかの店員に指示を出し、40日程度留守にする旨を伝えていた。

 どうやら向こうにも店舗を持っているらしく、梅雨が明けてから戻って来る旅程のようだ。

 通りで護衛任務が往復では無いはずだ。


 通常、護衛任務は往復で依頼されることのほうが多い。

 いちいち雇うよりも、纏めて雇った方が安上がりだからだ。

 にも関わらず、今回の依頼は往路のみ。

 そのことがずっと疑問だったのだ。


「ここからここまでの箱を頼む」


 商人の指示で塩の入った箱を次々と馬車の方へ運び出す。

 結構重い、箱自体も含めて15kgくらいだろうか。

 何度か往復し、指示されたすべての箱を積み込んだ。


「よし、じゃあ乗ってくれ、日暮れまでに今日の宿泊地まで行くぞ!」


 俺が商人とともに御者台に乗り込むと、レイは荷馬車の後ろに乗り込む。

 俺が前や街道周囲の森を警戒し、レイが後ろを警戒する。

 事前の打ち合わせ通りのフォーメーションだ。


 こうして俺達初の長期に渡る泊りがけの任務がスタートしたのだ。






 ────────────────────────────────────────────────────────────────────────






 道中、なんの問題もなく一日目の宿泊地に着いた。

 この辺りはまだカスガイの街からも近く、街道に危険な生物が出ることは少ない。

 俺達も何度か利用したことがある宿泊場所───と言っても街道脇にある単なる広場だが───に荷馬車を停め、早速野営の準備を始める。


 俺は荷物を下ろすと、少し離れる旨を伝え森の中に歩き出す。

 目をつむり耳を澄ますと、森の音を聞く。


 遠くで鳥がなく声、きのみが落ちる重い音、猿と思われる動物の甲高い鳴き声、風で葉の擦れる音、川のせせらぎ。


 全神経を集中して耳を傾ける。


 近くに危険な動物はいないか、普段森の中で聞かない音が混じってないか、葉の擦れる音は風とリンクしているか。


 薄く目を開いて呼吸を森に合わせる。

 再び目をつむり耳を傾ける。


 何度か繰り返し、異変がないことを確認する。

 大丈夫だ、異常はない。


 確認したあとは野営地に戻り、危険がない旨を伝えてレイのカバンを漁る。

 鞄の底には格子状に区切られた木枠がはめられていて、その一角にいくつかの小さな瓶と鍋などがしまわれている。


 鍋を手にした俺は先程川のせせらぎを感じた方へと歩を進める。

 レイは商人───オニールの護衛をしつつ、火を起こす担当だ。

 川に着くと鍋を丁寧に(すす)ぎ、並々と水を汲む。


 野営地に戻るとレイのそばに鍋を置き、今度は野草を集めに行く。

 森に入ると大体生えている食用の葉物を見つけ、それを一束刈り取りまた野営地へ戻る。

 この野草は苦みが強いが滋養強壮によく、食べる万能薬として知られるものだ。

 薬膳酒の材料として一般的に使われている。


 俺が戻ると今度はレイが追加の薪を探しに行く。

 その様子を見ていたオニールが感心したように言う。


「流石に手慣れているな、こっちも準備しないと間に合わなくなりそうだ」


 オニールも石でかまどを作り、魔術を火種に火を起こし始める。

 俺の汲んできた水を別けて、小さな鍋に米と干し肉、乾燥させた香草を入れて火にかける。


 あちらは定番、干し肉の雑穀粥らしい。

 こちらはまず、干し肉を細かく裂き、乾燥させたキノコと香草と共に鍋に放り込む。

 出汁が出てきたところでパスタを半分に折り入れたあと、5分ほど煮込む。

 最後に野草と醤油を足し、さらに麺がアルデンテになるまで煮込めば簡易的な和風スープスパの完成だ。


 醤油は徳久利(とっくり)のような形状の金属製の器に蝋を丹念に塗り込んだ布をかぶせ、紐で固く縛った上で鞄の底の木枠にはめ込んで持ってきた。

 わざわざ木枠を作って本当に良かった。


 粥を煮込んでいたオニールもこちらから漂う香りに興味を惹かれ、完成しているパスタを見て驚きの声を上げる。


「もうできたのか!その長細いのは何だ?」


「小麦をねって乾燥させたものです。米よりも安上がりで、煮るのに時間もかかりません」


 レイが丁寧に説明しているのを聞き流しながら早速食べ始める。

 美味い。

 確かに、家で作る料理に比べれば幾段味は落ちるが、野営先でのこれまでの食事に比べれば断然美味い。


 米は雑穀米ですら値段が高く、また、調理にも時間がかかるため俺達のような一般的な冒険者には敷居が高い。


 オニールのように金があって守られる側の人間なら問題はないだろうが、冒険者にとって食事に時間はかけられない。

 しかし、うまい飯は食いたい。

 それらを叶える手段が乾麺だったのだ。


 パン食が一般的なこの世界では小麦は安く、大量に手に入る。

 カスガイの街も外壁の外の穀倉地帯はほとんどが小麦だ。

 野菜などは近隣の村から商人が買い上げるため多少割高だが、香草に関しては基本どの家庭でも庭先で育てている。


 俺達の場合、干し肉は猪を狩った時に足を持ち帰り、俺が庭で燻製しているし、もちろん香草も育ててる。

 キノコに関しては、森での任務時に採取して魔術で乾燥させている。

 それでも足りない分は購入して賄っているが、パスタのお陰でそれも大分抑えられた。


 これ以上の食事となると、それこそウィンナーなどを作って背負っているカバンからぶら下げるくらいしか無いが、戦闘時には地面に置くことを考えるとそんな運び方はしたくない。

 固形コンソメのような物があれば最高の食事にはなるが、流石にそこまでの知識もない。


 結局のところ、今あるもので満足する他ない。

 俺がため息を付いて残りのパスタを掻っ込むと、丁度二人が話しかけてきた。


「この保存食のレシピを是非買い取らせてほしい!」


 オニールはそう言うと、支払い可能な金額を提示してくる。


「申し訳ありませんが、そんな端金ではお売りできかねます」


 俺は強気で突っぱねる。

 というのも、彼が提示した金額は俺達二人の二月分の稼ぎだったからだ。

 このレシピが商人にもたらす財は莫大なものとなるだろう、特に彼のように塩の取引を行っているような安定している商人には。


「では、いくらでなら売ってくれるのだね?」


 これまでの気の良いおっちゃんの顔から商人の顔つきになったオニールがこちらに訊ねてくる。


「まずは提示された金額の10倍、さらにこの先40年間一月に一度、120食分の商品の提供でどうでしょう?」


 正直な話、前半はどうでもいい。本命は後半部分だ。

 俺達が作る手間がなくなれば、仕事日を増やすことができ、その分稼げるようになる。

 その金額は今の俺達の20ヶ月分の稼ぎを上回るだろう。

 ランクが上がればより高額な依頼を受注できるのだから。


「考えたな!」


 オニールはニヤリと顔を歪ませながら必死に損得を計算しているのだろう。

 一食いくらで売れるか、毎月どの程度生産できるか、生産者に支払う給料はいくらになるか、材料費はいくらになるか、(もと)を取るのにどれくらいの年月がかかるか、他の商人が真似るまでどれだけの猶予があるか。

 その辺りのことを考えているのだろう。


「わかった、その契約飲もう!」


 オニールが腕を組んで頷く。

 その後、互いに話し合い契約書を作る。

 違約金に関してはかなりの高額となっている。

 もちろん、俺達は他にレシピを売れない契約だし、もしオニールが俺達にパスタを届けなかった場合も違約金が発生する。

 その辺りの漏れはお互いに無い。


 契約を交わしたあと、レシピを事細かにオニールに教える。

 彼は料理ができないのか、たまに的はずれな質問があったが、問題なくレシピは伝えられたかと思う。


 これで、当面の活動資金も潤った。

 後はこの任務を無事終わらせて、梅雨入りする前に街まで帰るだけだ。

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