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マツモトの街、帰路の出来事

「ハル、レイ、来月頭には量産体制も整うはずだ。商品はカスガイにも必ず届ける。お前たちのことも伝えておくから、店頭で受け取ってくれ!」


 そんな言葉を背に、俺達はオニールの店から歩を進める。

 依頼は問題なく完了し、報酬もレシピ代も受け取った。

 レシピ代はギルドで受け取れる様にギルド口座を開設し、そこに振り込んでおいた。


 後はカスガイまで帰るだけだ。

 問題なく進めば12日、多く見積もっても15日あれば帰れる日程だが、問題はやはり雨だ。


 乾麺が有るだけマシだが、それでもやはり湿気によるカビや腐敗は怖い。

 それに地面が泥濘(ぬかる)めば、当然その分移動速度も落ちる。


 冒険者にとって、梅雨はある意味で休日のようなものだ。

 ギルドに張り出される依頼は極端に減り、湿気のため保存食作りもままならない。


 つまりこの時期は森に狩りに出る冒険者は極端に減り、様々な動物がその行動範囲を広げる。

 と言うよりも、元来狩られる動物が狩られずに放置される。

 その結果、街道も安全ではなくなる。

 だからこそ、その動きが活発になる前に森の中心を抜けてしまいたいのだ。


 今から出れば俺たちの足でも最初の野営地にたどり着けるだろう。

 急ぐべきなのだが───。


「ハル!うまそうなの発見したぞ!」


 ───少し先からレイが呼びかけてくる。


 こいつは旅行好きなのだ。

 昔から旅先で必ずその地の名産品を食べる。

 前世は牛と聞けば伊賀の山奥まで、海老と聞けば鳥羽の漁港まで、寿司のために石川県も行ったっけなぁ。

 もはや、飯のために旅行をしているといっても過言ではない。


 ……こんな事をしてる場合ではないんだけどなぁ……。


「ハル!」


 レイの呼びかけにため息を一つ、仕方なく駆け出す。

 たどり着いたのは蕎麦掻(そばが)きの店。

 そういえばこのあたりは蕎麦や野沢菜、信州味噌の産地だったっけなぁ。


 その店は鳥系の出汁に信州味噌で味付けした蕎麦掻きを出していた。

 確かにうまそうな香りだ。


 まずは出汁をすする───旨味の強い鳥の脂に信州味噌の優しい風味、うまい。

 次に蕎麦掻きを一口───思っていた以上にもっちりしており、蕎麦の香りが食欲をそそる。

 小皿に出された葉物の漬け物をかじる───野沢菜の漬け物だ、口の中がすっきりする。


 気付いたときには残りは出汁だけになっていた。

 最後の一滴まで飲み干し、ほっと一息。

 食後にはあっさりとしたそば茶で口の中の油を洗い流す。


 思った以上にうまかった。

 なんならお代わりまでした。


 満足し二人で店を後にする。




 夕暮れだった。




「……どーすんじゃい」

「お前も充分堪能してただろ」


 俺の問にレイが半眼で返す。


「……とりあえず、宿でも取るか?」


 レイが冷静になって聞いてくる。


「宿か……出費がかさむなぁ……」


 今回の報酬とこれまでの貯蓄、これからの事を考え宿に泊まる余裕があるかを考える。

 この世界の宿は外食5回程度の値段ではあるが、まだ孤児院を出たばかりで蓄えの少ない俺たちには高い。

 パスタのレシピを売った金額は互いの武器を買うために使うと決めている。

 以前から二人で考えている計画にも多額の金がかかることが予想される。

 正直、無駄遣いしている余裕は無い。


「今から出て野営地まで行けると思うか?」


 レイの言葉に夕日を見る。

 後一時間もしない内に日が沈むだろう。

 街道とはいえ夜は真っ暗になり、松明を持ったとしても足下がほとんど見えない。

 さらに、野営地までたどり着けたとしても暗闇の中テントを設営しなければならない。


「無理だよなぁ……」


 そうしている間にも、夕日は山の向こうに飲まれていた。






 ────────────────────────────────────────────────────────────────────────






「で、夜間行軍な訳だが」


 真っ暗な道をランタンの明かりを頼りに二人で歩く。


「だから宿に泊まろうって言ったじゃん」


 俺のつぶやきに対し、レイが半眼で睨む。

 確かに泊まれば朝からの行軍となり、危険も低く速度も上がっただろう。


「今回の依頼料の10%近く使う事になるんだぞ?」


 このあたりの宿屋は高い。

 と言うのも、マツモトは宿場町では無い。

 この世界の日本はどうやら地形が違うらしく、例えば愛知の南側は知多半島などは無く、そもそもその名古屋すら下半分は水没している。

 同じようにマツモトのすぐ北も海となっていて、左右は高い山となっている。

 そして、大きな街は何故か南側に集中している。

 そのため、マツモトはカスガイの街か山梨方面への道しか無い。

 山梨方面からは海沿いに西へ向かう街道が通っているため、マツモトを通る理由がほとんど無いのだ。


「レシピ売った金もあるだろ?」

「前々から計画してた例のあれ、レシピ代を全部つぎ込もうかと思ってな」


 その言葉にレイが足を止めこちらを振り返る。


「じゃあ、腕の良い鍛冶屋を見つけたのか?」


 俺はその言葉に頷くと、試しに打ってもらったナイフを見せる。


「丁寧な仕事をする人を見つけたから、折り返し鍛造と鉄の種類に関して話したら試しに一本叩いてくれた。性能は今試しているところだ」


 レイは俺からナイフを受け取ると、カンテラの明かりにかざし確認する。


「違いが分からねぇ」

「見て分かるわけ無いだろ」


 相棒の行動にあきれ、再び歩を進める。

 レイは足下から枝を拾うと、ナイフで枝を削り尖らせる。


「確かに切れ味はいいけど」


 レイのつぶやきを聞き流し、カンテラをかざして道を照らす。


「この先の獣道の先に洞窟があるらしい。今日はそこで野営だな」


 俺の言葉にレイが完全に立ち止まる。


「は?獣道!?」


 慌てたようにレイが俺から地図を奪い取る。


「方向音痴のお前の案内で獣道に入るとか、手の込んだ自殺だろ!」


 ……いや、まぁ、確かに前世から方向音痴だが、そこまでいわなくても。

 慌てて地図の確認を始めたレイはここまでの道と地図を照らし合わせ、うなり始める。


「地図上に赤い点が打ってある。なら入口の木に赤い布が巻いてあるはずだ」


 これは冒険者や行商人が指標にするために巻かれる布で、誰かが目印に巻くことが多く、その場合は地図屋などもその目印を地図上に書き込む。

 ごく一般的な目印で有り、利用する人間も多い。


「こっちの黄色い点がさっきの黄色い布だとすると、距離的に通り過ぎてないか?」


 レイが指先で地図の距離を測りつつ、こちらに確認してくる。


「今のところ赤い布なんて見てないし、地図屋の地図の縮尺がズレてるなんていつものことだろ?」


 少なくとも黄色い布を通り過ぎてから3度は獣道を通り過ぎたが、赤い布の目印はなかった。

 目印は目線の高さに最も近い枝にぐるぐる巻にした後に固く結ぶため、風などで飛ばされることは滅多にない。

 それこそ風化するほど放置されたら別だが、この道はカスガイ・マツモト間を行き来する商人たちがよく使うルートだ、目印が古くなっていたのなら誰かが付け替えるはずだ。


 そのまま少し不安になりながらも道を進むとまた獣道が見えてくる。


「おっ、あれじゃね?」


 レイが指差した方に視線を向けると確かに赤い布が見える。


「おー、よかったよかった。とりあえず人心地つけそうだ」


 俺達は見つけた獣道を進み件の洞窟を探す。

 5分も歩かぬうちに山肌にポッカリと空いた洞窟を見つけ、入り口付近に荷物を置き武器を抜く。

 こういった洞窟は動物や盗賊の住処になることも多く、入る際は必ず警戒する必要がある。


 まず最初に酸素があるかの確認のためと、光量確認のためにランタンから焚き火に火を移し、洞窟の中に放り込む。

 松明は燃え続け、その煙は奥に向かって流れていく。

 どうやら気流が発生している様だ。

 奥に向かって流れていくのなら、常に入り口から新鮮な空気が入ってくると言うことだ、毒ガスなどの心配もないだろう。

 松明の明かりで奥が行き止まりになっている事も確認できた。


 ⋯⋯ん?なんだ、この違和感⋯⋯あっ!


「よし、ならささっと飯にしよう」


 レイは呑気に鞄の中を漁り始めたが、それを制止する。


「まてレイ、この洞窟おかしいぞ。行き止まりなら何で煙が中に吸い込まれてんだ?」


 レイは俺の問いかけに手を止めるとすぐに武器を手元に戻す。

 俺は松明を地面に置き、行き止まりの壁を丹念に調べていく。


 そして、右横の壁面を調べているときに唐突な電子音がなる。


『該当データ確認、PRB11015927と一致、入場を許可します』


 手が触れていた出っ張りから合成音声が流れ出し、行き止まりの壁が地中に消えていく。


『おかえりなさい、PRB11015927』


 壁が完全に地面に沈み込むと再び合成音声が流れ、奥の通路に明かりがともる。


 無機質な廊下に人工照明、この世界に来て初めてのリノリウムの床だった。


「おいおいおい、なんだよこれ」


 レイの焦った声が聞こえるが、むしろこちらが聞きたい。

 隠し扉までは期待したが、こんなものは予想外だった。

 科学文明の発展していない世界で合成音声やこんな光景をみるとは思っても見なかった。


「レイ、荷物を持て。奥に進む」


 それだけレイに伝えると俺は自分の荷物を背負い、腰から下げた片手剣を確認する。

 まだ孤児院にいた頃に稼いだ金で作った安物だが、頼れる愛刀だった。

 場合によってはこれの出番かもしれない。


「本気か?」


 レイが荷物を背負いながら聞いてくる。

 本気で進む気なのか尋ねたいのだろう。


「本気だ。放っておけるか?こんなオーパーツ」


「好奇心か、お前の悪い癖だぞ」


 レイは半ば諦めたように呻くと、俺のすぐ後ろにつく。

 感覚の鋭い俺が前で、腕節の立つレイが殿。

 孤児院の頃からのフォーメーションだ。

 と言っても、孤児院の頃なら間に弟達妹達が挟まれていたが。


「すまん相棒。こればっかりは治らねぇ」


 それこそ前世からの悪癖だ。

 好奇心旺盛で知りたがり。


 俺はレイにニヤリと笑うと廊下に向けて歩を進めた。

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